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SIP「革新的燃焼技術」オープンラボで「スーパーリーンバーン」などの新技術を公開

慶應義塾大学 SIPエンジンラボで「単気筒可視化エンジン」も公開

2016年6月1日 開催

説明会に合わせて公開された「単気筒可視化エンジン」

 内閣府の総合科学技術・イノベーション会議が司令塔となり、府省や各分野の枠を超えたマネージメントを行なうことで科学技術の新しい活用法を実現して、日本が世界を先導する力を持つために創立された国家プロジェクトが「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」だ。

 そのSIPには10個のプロジェクトがあるが、6月1日に「革新的燃焼技術」という項目についての説明会が開催された。会場になったのは、計測機器メーカー「小野測器」の神奈川県横浜市にあるテクニカルセンター。

内閣府 総合科学技術・イノベーション会議 常勤議員 久間和生氏

 説明会のプログラムは、内閣府 総合科学技術・イノベーション会議 常勤議員の久間和生氏の挨拶から始まった。久間氏はプロジェクト全体の紹介を行なったあと、会場に集まっている関係者に向けて以下のような激励のコメントを贈った。

「SIPは我が国の産業と社会にとって、なんとしても成功させねばならない重点課題であります。基礎研究から実用化、事業化まで持っていくことを目的としていて、その過程での基盤技術の蓄積、人材育成は当たり前のことであり、研究成果を実用化し、産業競争力を強化すること。あるいは新事業を創出することが必須です」。

 続いて「革新的燃焼技術には年間20億円程度、5年で合計100億円程度の予算を使います。したがって、その開発投資予算に見合った利益の授与効果を期待している」。

 最後に「SIPは3年目に入りました。加速テーマ、減速テーマ、中止するテーマ、あるいは追加するテーマがあれば、前倒しで実施していただきたいということと、現在4つあるオープンラボを、SIP終了後にどのように発展、持続するかも今から検討していただきたい。いろいろとお願いしましたが、燃焼技術は我が国の基幹産業である自動車産業を支える中核技術であり、発電機などほかの産業でも利用される裾野の広い技術です。ぜひとも燃焼技術の高度化と人材育成を両立させ、我が国の産業競争力の圧倒的な強化につなげていただきたいと思います」と、革新的燃焼技術について厳しくもあり、期待度の高さが感じられたコメントだった。

SIP「革新的燃焼技術」プログラムディレクターを務めるトヨタ自動車株式会社 常務理事 杉山雅則氏

 次に登壇したのはSIP「革新的燃焼技術」プログラムディレクターも務めるトヨタ自動車の常務理事である杉山雅則氏。杉山氏からは、この課題の概要についての説明が行なわれた。最初は自動車の内燃機関が直面する3つの課題についてだ。

「今は自動車の電動化が進んでいるが、それでもあと30年後となる2040年ぐらいでも、まだ全世界にある自動車の半数は内燃機関を使用していると予測している。そのために内燃機関の熱効率の向上は非常に重要でありますが、それには非常に高度な先端技術が必要になる。それに対して、いろいろな競争の激化、技術の高度化によって1つの企業で対応していくことに限界が来ているという認識で、その状況で健全な競争と協調を両立するための解決策を探している」ということだが、それに関係するのが産業界と大学などの研究機関との距離感。

「エンジンの研究というのはお金が掛かるということで、大学でのエンジン研究が徐々に衰退してきている半面、自動車メーカーから海外の研究機関への投資は増えつつあった。こういうなかで、研究と人材育成という面で産学連携が急務と言える」と語り、これらの課題についてSIPでは、産学連携を行なっていくということだった。

 SIPでの大きな目標として掲げられているのが、現状は最高でも40%ほどである内燃機関の最大熱効率を5年のうちに50%まで引き上げること。しかし、内燃機関の熱効率向上については、これまでは40年の歳月を掛けて10%ほどの向上に止まっているだけに、これと比べて5年という短い期間での10%引き上げがいかに困難なものか分かるだろう。このプロジェクトはそんな高い目標を達成するために組まれたもので、全国に散らばる大学と、個社では限界目前の企業が一丸となって目標に取り組んでいく体制が取られた。これがSIP「革新的燃焼技術」なのだ。

会場で配布された各種資料

 そのSIPには、約80大学が集結して4つのチームが作られている。それぞれ、慶應義塾大学が中心になる「ガソリン燃焼チーム」、京都大学が中心になる「ディーゼル燃焼チーム」、東京大学が中心になる「制御チーム」、早稲田大学が中心になる「損失低減チーム」だ。SIPに対しては「自動車用内燃機関技術研究組合(AICE)」が連携協定を結んでいて、企業とニーズやシーズ(企業が持つ新しい技術や材料など)の交換を行なって研究を進めているという。

 こうして、産と学が一対一ではなく「産産学学」の体制を取っていることもSIPの特徴だが、さらに産学が集ってさまざまな検討をする場として「オープンラボ」という方式も取っている。このオープンラボはSIPそれぞれのチームにあり、そこには最新の設備が備え付けられていて、専門家もいるので学生も安心して参加できるという。さらにデータが共有されているので、産と学がデータを持ち寄って議論することも可能で、こうした経験や企業の第一線を知ることで学生の人材育成にもつながっていく。

SIP「革新的燃焼技術」の概要について解説するスライド
日産自動車 常務執行役員の平井俊弘氏。SIPと連携している自動車用内燃機関技術研究組合(AICE)の理事長も務めている

 続いては、SIPと連携しているAICEから平井俊弘氏(日産自動車 常務執行役員)から、AICEからの支援内容について説明された。

 AICEは約2年前に技術力の確立と人材の育成を理念として作られた組合。自動車会社8社と1団体でスタートしたが、現在は自動車会社9社と2団体、さらに賛助会員60社という規模になっている。

 現時点で2つの国家プロジェクトにAICEは関係している。1つは経済産業省の支援を受けている「クリーンディーゼル技術の高度化に関する研究開発」で、もう1つが今回の主題である内閣府や科学技術振興機構(JST)と連携しているSIP「革新的燃焼技術」だ。AICEがSIPに行なっている支援はいくつかあるが、一番大きいのものが人材の派遣。AICEにも燃料研究委員会というものがあり、そこには「ガソリン燃焼」「ディーゼル燃焼と制御」「CAE・PM」「排気エネルギー活用」「摩擦損失低減」という5つの分科会があり、それぞれがSIPの各チームに協力するという体制になっていた。

 将来的にはAICEの活動により、サイエンスとエンジニアリングの融合という奥深い理論を伴った、極めて深く繊細な技術開発ができるという日本の特徴を生かした連携モデルを確立し、技術で世界をリードすることを目標にしているとのこと。そのためには「産」「学」「研」「官」の協調を取ることが不可欠なので、AICEの取り組みを有機的に広げていくと説明された。

AICEに参加する企業の一覧
AICEの理念や取り組みについて

 SIPでは各チームがラボを持って研究しているが、慶応義塾大学のチームが使用している研究スペースは、計測機器メーカーの小野測器が神奈川県に持つテクニカルセンター内にある。また、京都大学のディーゼル燃焼チームの実験センター、計測機器メーカーの堀場製作所 本社・工場内に設けられている。そこで今回の説明会では、小野測器から代表取締役会長の小野雅道氏、堀場製作所から専務取締役 開発本部長の足立之氏が参加してそれぞれ挨拶も行なっている。

株式会社小野測器 代表取締役会長 小野雅道氏
株式会社堀場製作所 専務取締役 開発本部長 足立之氏
ガソリン燃焼チームリーダーである慶應義塾大学 特任教授の飯田訓正氏

 プログラムの後半には、SIP各チームから研究内容について紹介が行なわれた。最初はガソリン燃焼チームからとなり、発表はチーム責任者である慶應義塾大学 特任教授の飯田訓正氏が行なった。

 内燃機関における熱効率の変化は、オットーサイクルの時代から約100年の年月をかけて40%くらいの数値まで来たが、今回の研究では現在40%のものを、たった5年で10%アップの50%にしなければならない。そんな飛躍的な向上を実現するためには、どうしても革新的な燃焼技術が必要になる。そこでガソリン燃焼チームが研究しているのが「スーパーリーンバーン」という技術だ。

「現状の燃焼ガスは、シュッと燃やすため空気と燃料を過不足なく供給しています。2400ケルビンから2500ケルビン、あるいは2600ケルビンという温度ですが、これだと熱が外に逃げてしまうので熱損失が多く発生しています。そこで一気に1800ケルビンまで究極に温度を下げて、ギリギリで燃やせば熱損失が減るだろうということです。そのために、必要な空気をこれまでの2倍投入して半分の濃さで燃やします。これによって実現できる低温燃焼が熱損失を減らして、目標値の50%を達成するというものです」と飯田氏は説明。

 ただし、ここまで空気と燃料の比率を変えてしまうと、過去に燃焼に成功した例はないということだった。この超希薄燃焼のことを、従来のリーンバーンとは異なる燃やし方をすることから、リーンバーンと区別するためSIPガソリン燃焼チームではスーパーリーンバーンと呼んでいる。

 この難題を解決するために考えられている解決手法は、大きく分けて4つある。1つは燃料が薄く、なおかつ燃焼室内の極めて速いガスの流速によって着火しないことに対応する強力な点火システムを作ること。次に、火がついても消えてしまう、燃え広がりにくいことに対応する高効率のタンブルポートや燃焼室形状の改良。そして圧縮比15以上での希薄燃焼という条件で発生しやすくなるノッキングを防ぐ燃焼室内の温度制御、EGRの活用法など。最後に、燃焼室の壁面を抜けて逃げてしまう熱損失を低減するための燃焼室表面形状改良、テクスチャーという新しい技術を採用することなどだ。

 これらの課題について、チーム内に4つの班を作ってそれぞれで研究が進んでいるということで、「無理」や「火がつかない」というところからスタートしたが、現在はそれらを克服して実験用エンジンで図示熱効率45%に成功している。

「目標である50%、図示で言うと52%となる高い目標に対してはまだまだと言う状況ですが、このコンセプトを進めていけば目標は達成できるという見通しがある」ということだった。

ガソリン燃焼チームの発表と報告
ディーゼル燃焼チームの研究責任者である京都大学 大学院教授の石山拓二氏

 次にディーゼル燃焼チームの研究責任者である京都大学 大学院教授の石山拓二氏から、高速、低冷損、静音のディーゼル燃焼技術が紹介された。ディーゼル燃焼チームの目標は熱効率50%のほかに、CO2排出量を30%削減するという内容も含まれている。

 石山氏からはまず「ディーゼルエンジンは1990年代に直噴式燃焼技術、コモンレール式燃料噴射装置が導入されたことで、いったん熱効率は大きく向上しました。ですが、最近の状況は排気エミッション対策もあるので、従来の技術では要求に対応できません。そのためにも、この研究によって新しい燃焼技術を開発していくことが重要になっています」と現状の説明があり、それから今後に行なう熱効率向上の考え方について語られた。

 こちらの内容はというと「効率を上げるには短い時間で燃焼させる、つまり燃焼速度を高速化させることと、燃焼室の壁を抜けて冷却水側に逃げてしまう熱損失を低減させる必要があります。また、噴霧火炎に早く空気を取り込んで希薄化と低温化ことも必要です。ところが、燃焼スピードを上げると必ず燃焼騒音が大きくなるので、その音の低減にも取り組むことにしています」ということだ。

 これらの課題への取り組みは、まず燃焼時間についてでは、燃料噴射が終わったあとに緩やかに燃え残ってしまう「後燃え」と呼ばれる現象がネックになるので、ここを噴射リズムの制御、あるいは乱れを与えるといった手法を使って後燃えをなくす方法を考えているという。

 冷却損失については、噴霧火炎が勢いよく燃焼室の壁に当たることによって発生するので、この噴霧火炎の発達を積極的に抑えることが重要になる。これには空気の導入を調整することで実現するという。燃焼の超希薄化については350MPaの超高圧燃料噴射を用いる。騒音に関してはエンジン構造自体の改善と、位相差燃焼という技術で対応するという。

 これらの研究についてもそれぞれの項目ごとに専門で受け持つ研究グループを作り、そのまとめなどを堀場製作所 本社・工場内にエンジン実験センターを持つリーダー大学の京都大学が行なうという体制になっている。

ディーゼル燃焼チームの発表内容
東京大学 大学院教授 金子成彦氏

 3人目は東京大学 大学院教授の金子成彦氏が率いる制御チームの紹介だ。このチームのテーマは革新的燃焼技術を具現化するモデリングと制御というもの。そのミッションは2つあり、1つめは制御に力によって新燃焼方式をより堅牢で外乱に対しても対処できるものにするということ。2つめは50%という燃焼効率を実機ではなくて計算で示すというもの。この2つを合わせて「モデリングと制御」というタイトルが与えられている。

 制御について最初に語られたのは、その方法について。ここでは従来の制御と新制御の比較が行なわれたが、このなかで注目されたのが、従来の制御にある運転のための補正マップ。新制御でも同様の補正が必要になるのだが、これを補正マップで対応する場合には膨大な数になり、かなり大変な作業になるという。そこでこの工数を減らす方法が考えられ、ここで使用するのが「フィードフォワード制御(モデル)」と言われる技術。エンジン内の燃焼自体がモデル化されていないと、ここが数式に載ってこないという。

 そのため、制御チームは制御の専門家と燃焼の専門家を交えて話をしているというが、それぞれの分野ごとに考え方やもののとらえ方が違っているので、そのあいだに金子氏が入り、各専門家のアイデアや意見を融合。そして今後は、ここで生まれたアイデアなどを形にして、刻々と状況が変化する路上走行のなかでも敏感に反応する新制御を完成させていくとのことだ。

 そのほかの目標は、制御の元になり、制御状態をチェックするうえでも重要になる精度の高いシリンダー内解析ソフトの開発だが、これはすでに完成済みとのこと。ちなみにこれまでもシリンダー内解析ソフトはあったが、これはスライドの説明にもあるように、CADでシリンダー、燃焼室、バルブなどの形状を作り、そこから解析データのための計算メッシュを作って、そこで燃焼状態をシミュレートするという解析フローだったが、このなかの計算メッシュを作るには数週間からひと月ほどの時間が掛かるため、研究の速度アップが難しい面もあったという。そこで今回は、メッシュの作成なしで直接流体解析ができるソフトを開発して研究の速度アップを実現した。この解析ソフトでは燃焼室内に発生する小さな渦や不安定流動なども実現できるので、かなり詳細な部分までエッジの立った解析ができるという。

 また、直噴エンジンでは冷間始動時に起こるPM生成のメカニズムについて研究。PMがどのようの発生するのかは未解明なのだが、ここについてもモデル化をしてシミュレーションツールを作っていくとのこと。

制御チームの発表内容
損失低減チームの早稲田大学 理工学術院教授の大聖康弘氏

 最後に登壇したのは損失低減チームの早稲田大学 理工学術院 教授の大聖康弘氏だ。残念ながら時間が押していたので、このチームの発表は短いものになってしまった。発表された内容は、排気エネルギーの有効利用と機械摩擦損失の半減について。この項目における熱効率50%を達成するための課題だが、排気エネルギーについてはターボを活用して、ターボの高効率領域を現状より高めることで解決法とする。それに加えてもう1つは燃料の改善で、これは排気による熱を利用して燃料自体をほかの成分に変えてしまうというもの。これは電場、触媒を使って比較的温度が低い状態や、空気の多いリーンバーンの環境でも燃えやすい燃料にするなどを目指す。また、熱を電気に変換するための熱電素子を開発し、それをより高性能化していく。現在の熱電素子は、排気温度約400℃という比較的低い温度からでも発電が可能になりつつあるところまで来ているそうだ。

 機械摩擦損失については、エンジンの主要なコンポーネントで発生する摩擦をそれぞれで低減していくというもの。これは非常に基礎的なところから応用的なエンジンの評価まで行なっていく。さらにそのなかでナノからマクロに渡る摩擦モデルを構築していく。

 この摩擦モデルの現状については、ピストン表面の超低摩擦化に成功している。この技術では摩擦係数が0.007という値になっているが、これを0.001まで持っていくように取り組んでいるとのことだ。

 これでSIPの各チームからの発表は終了。これまでの時代はジワジワとしか高まってこなかった熱効率だが、SIPの活動が始まってからは急速に進化しているとはっきり数値でも分かる内容となっている。それにしても、最初に紹介した「産と学」の組み合わせをきちんと行なえれば、日本はまだまだ強い国であるということを再認識できた発表会でもあった。とくに自動車の世界はグローバル化が進んでいるので、「日本車」という面は以前より薄まってきている印象だが、今回の話を聞いていくと「やはり日本車はすごい」という気持ちになった。

 説明会の最後には、会場になった小野測器テクニカルセンター内にある慶應義塾大学SIPエンジンラボが集まった記者に対して公開されたので、こちらの様子もご紹介する。ここの目玉は、燃焼室内で混合気がどのように燃えているかを可視化できる「単気筒可視化エンジン」で、実際に燃焼室内で燃焼が起きている様子を見学することもできた。

細長いボックスがレーザー光線を使うPIVシステム。この設備には2機のダイナモと1基のメタルエンジン、1基の可視化エンジンがある。なお、SIPのすべてのラボでは安全性を第一に研究が進められているとのこと
右の写真にあるのが可視化エンジンの実物。左の写真にあるのが可視化エンジンの構造図やメタルエンジンの主要諸元
PCを使って可視化エンジンの制御や、発生している各種出力の計測などが行なわれている
さまざまな企業や研究・学術機関が「産産学学」体制で連携しているのがSIPの特徴。日本の力を世界に見せるための国家プロジェクトとなっている