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世界最大級の「リファレンス機メーカー」サンダーソフトの自動車戦略
フィンランドの車載UI開発大手Rightware買収の狙いとは?
2016年12月29日 09:00
スマートデバイス等の回路設計、製造、プラットフォーム開発を手がけるサンダーソフト(本社:中国・北京)は、12月19日(現地時間)にフィンランドの車載システム用UIソフトウェア開発大手Rightwareの買収を発表した。
サンダーソフトという社名は一般の消費者にとってはあまりなじみがないかもしれないが、スマートフォンやタブレットのメイン基板の設計・製造、組み込み機器の製造、OS開発を請け負う“黒子”のような存在として、日本はもちろん世界に数多ある端末メーカーが同社と関わっている。クアルコムやインテル、アームなどとも協力関係にあり、そのチップメーカーらが端末メーカーに提供するいわゆるリファレンス機の回路設計・製造も事業の柱の1つだ。スマートデバイス以外にもドローンなどIoT機器の開発も行なっており、この分野でもリファレンスとなるベース製品をOEM提供している。
一方のRightwareは、車載用デジタルメーターパネル、インフォテイメントシステム、ヘッドアップディスプレイなどで表示する、UIの開発に用いるソフトウェアプラットフォーム「KANZI」が主力製品。
ADAS(先進運転支援システム)や自動運転のような高度な機能を有する自動車が増えつつあるなか、それらが扱う多様な情報を統合的かつデザイン性に優れた形でディスプレイ表示する手法が求められており、KANZIはそうしたニーズを満たしながら短期間でUI開発できるソフトウェアとして、すでに自動車メーカー15社以上が採用。毎年売上が倍増しているという成長著しい企業だ。
システム全体を統合した「コンプリートな提案」が可能に
これまでスマートデバイスの開発を主な事業としていた、いわば「リファレンス機メーカー」のサンダーソフトが、なぜ自動車分野に進出するのか。サンダーソフトの日本法人であるサンダーソフトジャパン 代表取締役社長の今井正徳氏は、自動車におけるUIの重要性が今後ますます高まるであろうことを理由の1つに挙げる。
従来、車載システムはメーターパネル、カーナビゲーションシステム、カーオーディオ(インフォテイメント端末)などがほとんど別の仕組みで独立して動作していた。しかし、インターネットにつながるコネクテッドカーや、高度なADAS、自動運転車に向けたさまざまな取り組みが進むにつれ、大量の情報を効率的かつ統合的に扱えるディスプレイやUIの開発が急務になってきた。
RightwareがもつKANZIは、そのような車載システムのUI開発において、デザイナーとエンジニア(プログラマー)という役割・立場の異なるメンバー間でスムーズに共同作業できる、複数のコンポーネントからなるソフトウェアファミリーだ。デザイナーが「KANZI STUDIO」でインターフェースをデザインし、そのデータをエンジニアが「KANZI RUNTIME」に流し込んでコーディングを行ない、実車両で採用している車載システムプラットフォームに適合する形で動作させられる。その他、パフォーマンス計測用の「KANZI PERFORMANCE ANALYZER」や、ネットワーク接続をサポートする「KANZI CONNECT」などのコンポーネントも利用できる。
自動車メーカーと車載システム開発を担当する協力企業との間で、幾度となく繰り返されるUIの実開発、レビュー(動作検証)、そして修正。それらを1つのプラットフォーム上で完結し、効率的な開発が行なえるようにするのがKANZIなのだ。
サンダーソフトは、これまで自動車向けとしては車載オーディオとナビゲーションシステムの開発に携わってきたのみ。しかし、Rightwareの買収によって今後重要性が高まるであろうUIを手に入れることで、同社がスマートデバイスの開発で得たチップをはじめとするハードウェアに関する知見と、V2X(車車間・路車間通信)にも関わるWi-Fi、Bluetooth、LTEといったネットワーク技術の蓄積、それらを稼働させるソフトウェアプラットフォーム開発のノウハウとを合わせ、「統合コックピットとして、コンプリートな提案がしやすくなる」(今井氏)としている。
中国に本社があるサンダーソフトとの連携は、欧州に本拠を置き、今後自動車の需要が大きく増加すると見込まれるアジア地域への進出を計りたいRightwareにとってもメリットがある。将来性の高い自動車分野への進出を本格化させたいサンダーソフトと、拡大が見込まれるアジア市場を狙うRightware双方の思惑が合致し、今回の買収に結び付いたという。
自動車産業もスマートフォンと同じ水平分業へ?
サンダーソフトの日本法人であるサンダーソフトジャパンでは、親会社のサンダーソフトが開発したハードウェアやソフトウェアプラットフォームを、日本のメーカーに最適な形で提供するための開発、情報共有を行なっている。自動車分野においても同様の体制で関わっていくことになると思われるが、世界的な自動車メーカーが多数集結する日本はサンダーソフトにとって最も重要度の高い市場と言える。
UIを含む車載システムの開発は新たなチャレンジとなるものの、「我々は日本の市場で長くやってきた実績がある。互いの信頼や一緒に解決していく力というものが、日本における物作りで重要なことも理解している。そこは車載システムの開発にも活かせる」(今井氏)と意気込む。「従来の自動車産業は、15年前の携帯電話のような自社内だけで完結する垂直統合的な開発手法がメイン。携帯電話はスマートフォンへと移り変わって水平分業のスタイルになったが、クルマもそうなっていくだろう」とも話し、同社がスマートデバイスで培った協業のスタイルが自動車分野にも活用できると見ている。
とはいえ、統合された車載システムの開発に携わる以上、ADASや自動運転技術とは無関係ではいられない。これについて今井氏は、同社がそれらの技術を直接的に開発することはないとしつつも、人工知能やディープラーニングを用いた物体認識、人物の表情認識などの研究は進めており、2017年中にはAI開発のフレームワークが完成する予定。
「私たちの強みは、Android/Linuxのプラットフォーム開発に関わる技術をたくさん持っていること。今、日本のティア1ベンダーや車載機ベンダーなどでは、システム開発の人手、リソースが足りないと言われているが、私たちはそれらの技術と豊富なリソース、そしてHMI(ヒューマンマシンインターフェース)のテクノロジーによって、迅速な製品開発のお役に立てる」と今井氏は語った。