ニュース
ルネサス、価格5~8万円の車載ソフトウェア開発キット「R-Car スタータキット」2種類を発売
「R-Car H3」互換の普及価格帯向け「R-Car M3」もサンプル出荷開始
2016年10月19日 22:39
- 2016年10月19日 発表
半導体メーカーのルネサス エレクトロニクスは10月19日、東京都内で記者会見を開催し、同社の車載向け半導体となる第3世代R-Carのメインストリーム向け製品「R-Car M3」を発表し、OEMメーカー向けにサンプル出荷を開始したことを明らかにした。
R-Car M3は既に出荷されているハイエンドの「R-Car H3」と互換性を持った普及価格帯向けの製品で、ミドルレンジクラスの車両に向けた製品となる。
R-Car M3の導入と合わせて同社は、R-Car H3/M3を搭載した開発ボードの廉価版を開発。車載ソフトウェア開発用の第3世代「R-Car スタータキット」として、同社の代理店を経由して11月より提供を開始する。価格は、R-Car M3を搭載した「R-Car スタータキット Pro」が約5万円(税別、参考価格)、R-Car H3を搭載した「R-Car スタータキット Premier」が約8万円(税別、参考価格)で提供される。
開発キットを低価格で提供することにより、同社はこれまで自動車産業に関わっていなかった、IT業界のプログラマコミュニティなどに向けてアピールし、そうしたプログラマーの自動車向けソフトウェア開発への参入を促したい意向だ。
また、自動運転向けのHAD(Highly Automated Driving)ソリューションキットを発表し、2017年2月から販売を開始することを明らかにした。HADではR-Car H3を2つ搭載しており、ASIL Dの機能安全に対応した車両コントロールマイコンの「RH850/P1H-C」を搭載しているなど、カメラなどのセンサーと組み合わせて利用することでディープラーニングを含む自動運転の機能を車両に実装することが可能になる。
自動車のソフトウェア開発はさらに大規模で高度になり、ITの世界のプログラマーの力が必要
ルネサス エレクトロニクス 執行役員常務 兼 第一ソリューション事業本部長 大村隆司氏は「ルネサスの車載向け製品は『見る』『考える』と、『感じる』『操作する』という自動運転で必要になる要素のうち、『感じる』と『操作する』に関しては、いずれも市場シェアが1位で、OEMメーカーからも高い評価を受けている。その一方、『見る』と『考える』に関しては出遅れているのではないかという指摘を受けることが多い。しかし、実際には、その分野でもデザインウインは多数とれている。そうした4つの分野すべてに渡ってマイコンとSoCを持っており、それぞれがどうつながっていくかを理解している半導体メーカーだと自負している」と述べ、ルネサスがコンシューマ向けのコンピューティング機能を持つ半導体を提供している半導体メーカーと比べて、自動運転の取り組みに遅れているのではないかという”空気"に対して、実際にはそうではないのだと強調した。
大村氏は「今後はソフトウェアの開発がさらに大規模かつ高度になっていく。今後クルマの価値を支配するのはハードウェアからソフトウェアになり、優れたソフトウェアをどのようにクルマに取り込んでいくかが鍵となる。そうした課題解決には自動車のエコシステムにいるソフトウェアエンジニアだけでなく、コミュニティを越えて集まる場を作りたい」と述べ、今後は自動車メーカーやティアワンの部品メーカーなどで働いているプログラマーだけでなく、PCやスマートフォン、さらにはクラウドといった、いわゆる"IT"と呼ばれる自動車産業以外で働いているプログラマーも取り込んでいかなければならないと指摘。そうしたプログラマーに自動車に興味を持ってもらい、実際にプログラムを作ることを可能にする環境として第3世代R-Car スタータキットやHADソリューションキットなどを提供していきたいと説明した。
誰でも買えて、誰でも使えて、簡単にカスタマイズできる第3世代R-Car スタータキット
引き続き、ルネサス エレクトロニクス 第一ソリューション事業本部 シニアエキスパート 吉田正康氏が、第3世代R-Car スタータキット、HADソリューションキット、R-Car M3について説明を行なった。
吉田氏は「当社も従来から開発キットを提供していた。しかし、それらは自動車メーカーをターゲットにしたもので、一般のプログラマーの方などには入手性などで課題があった。そこでスタータキットでは、代理店経由での販売とし、誰もが買えて、誰もが使える、誰もがすぐカスタマイズできるということにこだわって開発した」と述べ、従来の自動車メーカー向けの開発キットとは異なり、低価格で手軽に使えるということにこだわってスタータキットの開発を行なったと説明した。
第3世代R-Car スタータキットでは、R-Car M3を搭載したProが499ドル(日本円では約5万円。税別/参考価格)と、R-Car H3を搭載したPremierが799ドル(日本円では約8万円。税別/参考価格)と価格設定するとともに、ルネサス販社、特約店という従来のルートだけでなく、AVNETとマルツエレックという2つの半導体販売に強いディストリビューターからも販売される予定。
自動車産業にはあまり関わりがないソフトウェアベンチャーや個人のプログラマーでも入手しやすいように配慮されている。
現在予約が開始されており、11月に出荷開始予定。なお、11月からは在庫があれば即納できるような体制で販売していきたいと吉田氏は説明した。また、ソフトウェア開発環境やOSに関しても、GENIVIやAGL(Automotive Grade Linux)などのオープンプラットフォームや、QNXなどの車載向けOSが利用できるという。
HADソリューションキットに関しては、第3世代R-Car スタータキット Premier(R-Car H3)が2つ、さらに車両コントロールマイコンのRH850/P1H-Cを1つ搭載しており、カメラなどの各種センサー、車載イーサネット、HDMI出力端子、CANなど車両制御系への接続端子などが用意されており、自動運転のソフトウェア開発環境として利用できる。価格は未定で、2017年2月発売予定となっている。
吉田氏は「R-Car H3に搭載されているルネサス独自の画像認識エンジンを利用することで、ディープラーニングを利用した認識を高速化できる。正解率を高めることができるほか、秒あたりの処理量や電力効率を77倍に改善することができた」と述べ、ディープラーニングをするときに、推論の前の画像認識をR-Car H3のIMPに任せることで、ディープラーニングに必要なCPUの負荷を大幅に減らして、ディープラーニングを利用した自動運転をより効率よく実現できるとアピールした。
CPUやGPUのコア数、メモリバス幅などを抑えてメインストリーム向けとしたR-Car M3
また、吉田氏はルネサスが2つの開発キットと同時に発表したR-Car M3を説明した。R-Car M3は、昨年発表されて既に市場に投入されているR-Car H3に続く製品で、R-Car H3がハイエンド向けと位置づけられているのに対して、「R-Car M3はグローバルメインストリーム向け、世界戦略製品となる。どのクルマでも使える幅の広いSoCとなり、H3と完全な互換性があるため、ソフトウェアの再利用が可能」(吉田氏)との特徴を備えている。
R-Car H3とR-Car M3とのスペックの違いは以下の表に示した。
R-Car H3 | R-Car M3 | |
---|---|---|
パッケージ | SiP(1255ピン、0.8mmピッチ)/FCBGA(1384ピン、0.5mmピッチ) | SiP(1255ピン、0.8mmピッチ)/FCBGA(1022ピン、0.8mmピッチ) |
CPUコア | ARM Cortex-A57(4コア、48KB命令+32KBデータL1、2MB L2) | ARM Cortex-A57(2コア、48KB命令+32KBデータL1、1MB L2) |
ARM Cortex-A53(4コア、32KB命令+32KBデータL1、512KB L2) | ARM Cortex-A53(4コア、32KB命令+32KBデータL1、512KB L2) | |
ARM Cortex-R7(デュアルロックステップ対応、32KB命令+32KBデータL1) | ARM Cortex-R7(デュアルロックステップ対応、32KB命令+32KBデータL1) | |
GPU | Imagination Technologies PowerVR Series6XT GX6650 | Imagination Technologies PowerVR Series6XT GX6250 |
メモリ | LPDDR4-1600MHz(32ビット×4、12.8GB/秒-4ch) | LPDDR4-1600MHz(32ビット×2、12.8GB/秒-2ch) |
外部バス | PCI Express 2.0(1レーン)×2チャンネル | PCI Express 2.0(1レーン)×2チャンネル |
大きな違いは、CPUコアがH3はA57(クアッドコア)+A53(クアッドコア)であるのに対して、M3はA57(デュアルコア)+A53(クアッドコア)という構成になっていること、さらにGPUがH3はPowerVR Series6XT GX6650(OpenCL対応)であるのに対して、M3は PowerVR Series6XT GX6250(OpenCL未対応)となる。
また、メモリの構成も異なっており、H3はLPDDR4-1600MHzの32ビット×4という構成であるのに対して、M3はLPDDR4-1600MHzは同じだが32ビット×2となっている。前者のシステム全体でのメモリ帯域が51.2GB/秒であるのに対して、後者はその半分の25.6GB/秒にとどまることになる。
CPUやGPUのコア数などやメモリコントローラのバス幅が少なくなることで、その分SoCとしてのダイサイズは小さくなっており、低価格で提供することが可能になる。
質疑応答では、ディープラーニングのソリューションなどを盛んに訴えているNVIDIAやIntelに対する、ルネサスの強みについても質問が出たが、大村氏は「説明したとおり、我々の強みはすべての種類のマイコンやSoCをラインアップしていること。もちろん彼等のソリューションとも共存することが可能で、彼等が車体を制御するには我々のマイコンが必要になる。1つのソリューションではなく全体的なソリューションを提供できるのがルネサスの強みとなる。ただ、これまで彼等はコンシューマ向けで非常に長い間ビジネスをしており、開発環境が充実しているのに、ルネサスはそこが弱かった。そこを充実させていくというのが、R-Car スタータキットの狙いになる」と述べ、R-Car スタータキットのような開発環境を積極的にアピールしていくことで、自動車業界にITのプログラマーを呼び込んでいきたいとした。