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【インタビュー】インテル 副社長のエリオット・ガルバス氏に自動車向けビジネスについて聞く
IT企業と自動車メーカーは“Transportation as a Service”という同じ方向に向き始めている
2016年10月21日 07:00
インテルは、言わずと知れたPCやクラウドサーバー向けのプロセッサで知られる世界最大の半導体メーカーだ。同社のCoreプロセッサはPCで、Xeonプロセッサはクラウドサーバーなどで利用されており、いずれの市場でも高いシェアを誇っている。
そのインテルが力を入れている市場がIoT(Internet of Things)だ。IoTとは、従来はインターネットに接続されていなかったような機器に、なんらかのインターネットへのアクセス機能が付加された製品と定義されている。例えば、腕時計にインターネットに接続する機能が付加されるとスマートウォッチとなるが、これも広義にはIoTということになる。今後、そうしたデバイスが多数市場に登場する見通しで、インテルでは100億台のIoT製品がインターネットに接続されるようになると予測している。
そのIoTの最たる例になりそうなのが、実は自動車だ。自動車のデジタル化は急速に進んでおり、ナビゲーションがIVI(In-Vehicle Infotainment、車載情報システム)に、メーターがデジタルメーターに、そして安全技術がADASを経て、さらに自動運転に進化しようとしている。
インテルもこれまでに日欧の自動車メーカーでIVI向けのソリューションなどを提供してきたが、8月に米国で開催した同社のプライベートイベント「Intel Developer Forum 2016」で自動運転に向けたさまざまなソリューションを紹介し、インテルも本格的に自動運転向けのビジネスに乗り出していくという意向を示した。そのときの模様については関連記事(Intel、IDFの基調講演においてBMWとの自動運転車プロジェクトを説明)(インテル、「Xeon」「Xeon Phi」「FPGA」を武器に自動運転への取り組みを強化)を参照していただきたい。
今回は、そのインテルで自動車向けのビジネスを統括するインテル 副社長 兼 トランスポーテーションソリューション部門 本部長 エリオット・ガルバス氏にお話を伺う機会を得たので、その様子をお伝えしたい。
ディープラーニングは自動運転の1つのピースに過ぎない
――インテルの自動車向け製品の戦略について教えてほしい。
ガルバス氏:これまでインテルは、IVIやデジタルコックピットなどに投資を行なってきた。しかし、自動車向けの半導体を巡る環境は大きく変わりつつある。自動車メーカーやティアワンの部品メーカーはIVI向けでなく、コンピューティング能力を持った半導体を望むようになってきている。それだけでなく、自動車を巡るビジネスモデルも大きな変革期を迎えている。例えばUberやGoogleのようなIT由来の企業が自動車ビジネスに参入し、自動運転について研究をしている。
より高いコンピューティング性能を持った半導体の登場、ディープラーニングやマシンラーニング、レーダーやライダー、カメラなどのセンサー類などの要素技術がそろいつつある。Uberのような新しいビジネスモデルを提案する企業も出てきて、自動運転は本格的に立ち上がりつつある。
インテルにとって、自動車向けのビジネスでは4つの方向性でビジネスチャンスがあると考えている。1つめは自動車内でのコンピューティングソリューションで、コンピュータビジョンやADASなどが該当する。2つめは通信で、自動運転の時代には自動車は単体で動くのではなく、常にクラウドと連携して動作する。そこで安定した通信を提供するのが重要で、インテルでは5Gのソリューションを提供していく。3つめはIVIやHMIの分野で、自動運転の時代になれば、ドライバーではなく乗客が楽しむソリューションが必要になる。4つめはデータセンターで、マシンラーニングやディープラーニングのトレーニングをクラウド側で行ない、それを自動車側にフィードバックしたりする。
――ディープラーニングを活用した自動運転が大きな注目を集めている。その分野へのインテルの取り組みは?
ガルバス氏:インテルもADASへの取り組みをすでに行なっている。4月にはイタリアの機能安全を提供するベンダであるYogitechを買収した。また、ディープラーニングという観点では、8月にNervana Systemsを買収することを発表した。Nervanaの買収は非常に重要な投資だと考えている。今後も、Xeon、Xeon Phiなどのサーバー向けの製品も含めて投資を行なっていく予定だ。
また、昨年はFPGAのベンダであるAlteraを買収した。現在、FPGAを利用したディープラーニングのソリューションを提案しており、電力効率に優れていると我々は考えている。
ただ、ディープラーニングは自動運転にとって1つのピースに過ぎない。ディープラーニングは画像認識で非常に重要な技術ではあるが、それだけで自動運転が実現できるわけではない。ディープラーニング以外にも、マシンラーニング、パスファインディング(筆者注:複数のルートから最適なルートを見つけるやり方のこと)、センサーフュージョン(複数のセンサーからの情報を1つの情報にまとめること)、高精度マップとのマッチングなども自動運転には必要で、それらの技術を高度に組み合わせて初めて自動運転が実現できる。
――インテルが提供しているSoCはIA(Intel Architecture、いわゆるx86)ベースとなっている。現在、自動車メーカーはARMベースの半導体を採用しているが、IAのメリットは何か?
ガルバス氏:IAを採用するアドバンテージは、自動車からデータセンターまで1つのソフトウェアで実現されるといった、一気通貫でのソフトウェアソリューションを提供できることだ。それにより、顧客のソフトウェア投資は守られる。
――インテルはADASに対して投資しているとのことだが、IVI向けの半導体はすでに提供されているが、ADASや自動運転向けの半導体はどうなっているのか?
ガルバス氏:現在までのところ、ADASや自動運転向けの製品に関してはリリースしていないが、もちろん計画はしていて、顧客にはその計画を説明している。ご存じのとおり自動車の開発には時間がかかり、4~5年かかることも少なくない。
――自動車メーカーにとって機能安全を実現することは最優先の課題だ。コンピューティングの機能を実現する場合、どのように実現するのだろうか? 例えば同じSoCを2つ搭載するといったことになるのか?
ガルバス氏:それはユースケースによって変わってくる。ハイエンドカーと普及価格帯のクルマでは実装が変わってくると思う。例えば、宇宙船や飛行機などでのコンピューティング機能は、3系統の冗長性が確保されている。すべてのクルマでそこまでできればいいが、それは難しいと思う。従って、自動車メーカーがコストと相談しながら製品に合わせて冗長性の確保を行なっていくことになるのではないだろうか。
自動運転が実現すると、自動車は「サービス」として提供される時代になる
――自動運転を普及させるトリガーはなんだと考えているか?
ガルバス氏:強調したいことは、自動運転が実現するのは、ただロボットが自動車を運転するということだけではないということだ。自動運転社会では、言ってみれば“Transportation as a Service”(交通はサービスとして提供される)とでも言うべき社会が来るということだ。
フォードによる投資家向けの説明会では非常に面白い試算が公開された。それによれば、現在の顧客が支払うコストは、タクシーの場合は1マイルあたり6ドルだが、それがUberでは1マイルあたり2.5ドルに下落した。これがフル自動運転のタクシーになると、1マイルあたり1ドルに下落する。さらに、現在のバスは1マイルあたり30セントだが、Uber POOL(筆者注:複数の乗客が1台のUberの車両をシェアする方式。それぞれ半分の乗車賃で済む仕組み)の仕組みを活用すると、自動運転のタクシーのコストは1マイルあたり50セントになる可能性があり、ほぼ近づくことになる。そうなれば、これまでの常識が大きく変わる可能性を秘めている。
また、現在グローバルでは年間で130万人が交通事故で亡くなっている。社会にとって多大なロスになっており、それを自動運転で大幅に減らせるとしたら社会的な意味合いも大きい。
加えて、自動運転になれば運転手はいなくなり、すべて乗客になる。そうなると、車内エンターテイメントなどがこれまでよりも重要になり、その市場が成長する可能性がある。エンターテインメント業界にとっては新しいビジネスチャンスとなる可能性がある。
――インテルは今年2月に行なわれたMWC(Mobile World Congress)や8月のIDFで5Gへの対応をアピールしている。自動車向けの戦略は?
ガルバス氏:5Gに向けては積極的に投資している。実際に自動車メーカーとも話し合ってどのようなアプリケーションが必要なのかを議論している。また、業界標準化の取り組みも行なっており、QualcommやEricssonといった業界のほかのプレーヤーや、NTTドコモのような通信キャリアと一緒に「5GAA(5G Automotive Association)」という業界団体を設立して、業界一体で開発を行なっている。
すでに述べたとおり、自動運転ではクラウドとの連携が重要で、そこで鍵になるのが5Gのような広帯域の通信だ。5Gでは、車両とクラウド、車両と車両(V2V)、車両と路面(V2I)などさまざまな通信が必要になる。また、自動車メーカーにとってはソフトウェアのアップデート手段として5Gを使うことが考えられる。すでにテスラはそのようなサービスを提供している。
なお、インテルは2018年に韓国の平昌で行なわれる冬期オリンピックにおいて、5Gの機能を搭載した自動車のデモを実施する予定だ。
――インテルはMWCやIDFなどで基地局側のデモを行なった。5Gでは自動車側の製品を提供する計画はあるのか?
ガルバス氏:計画はあるが、現時点では発表できることはない。
――現在、自動車メーカーは垂直統合でクルマを作っている。自動運転の時代には水平統合へと変わっていくのだろうか?
ガルバス氏:すでに自動車メーカーも、多くの部品メーカーから納入された製品を組み立てているという意味では水平統合へと舵を切っている部分もあり、多様化するだろう。しかし、それよりも重要なことは、自動運転の時代には、自動車メーカーは単に自動車メーカーのままではいられないだろうと自動車メーカー自身が考えているということだ。“Transportation as a Service”の時代には、自動車を使うということがハードウェアを購入するという形ではなく、サービスを購入するという形になる可能性が高い。それを見据えているからこそ、Googleは自動運転の技術を開発しているのだろうし、GMはLyftに出資し、Uberの自動運転車はボルボが開発している。このように、すでにIT系の企業と自動車メーカーは、“Transportation as a Service”という同じ方向を向き始めている。
インテルはこれまでも、そしてこれからも、さまざまな企業にADASや自動運転に必要な半導体、ソフトウェアをプラットフォームとして提供していきたいと考えている。