ポロに搭載のTSIエンジンについて語られた発表会 専門家を交えてパネルディスカッションも |
フォルクスワーゲン グループ ジャパンが5月24日に開催した新エンジンを搭載したポロの発表会。冒頭に同社のゲラシモス・ドリザス社長が「今日はクルマも主役ですが、エンジンも主役です」と言うとおり、発表会の大半をエンジンの話題に費やすものとなった。後半はエンジン開発者や外部の専門家も登壇、TSIエンジンの優位性について語られた。
ミッデンドルフ博士が手がけたEA111 TSIエンジンシリーズ |
■TSIエンジンの産みの親が自ら説明
TSIエンジンの産みの親と紹介された独フォルクスワーゲンAGの開発部門 EA111エンジン開発責任者のヘルマン・ミッデンドルフ博士は、1.2リッターTSIエンジンの低燃費技術などを解説した。
1.2リッターTSIエンジンと従来からある1.4リッターTSIエンジンは、どちらもミッデンドルフ氏が担当するEA111シリーズであるが、「同じテクノロジーで排気量を200cc減らすことは不可能。今回のエンジンで目指したものは、もっともっと上だった」と単に排気量が違うだけではないことを強調、目指したものは「CO2の排出量をさらに低減し、TSI特有の出力を保ちながら、走行の楽しさを実現、さらなるコスト削減と軽量化の実現、静粛性を求めた」とした。
2バルブSOHCとしたことについては「競合も4バルブで、2バルブのコンセプトは市場のトレンドとは違うのではないかと思ったが、燃費を低く抑える方法を検討した結果、2バルブでフリクションを抑えることになり、質量も抑えることができた。結果、低燃費を実現できた」と説明した。
また、燃焼時間ついては、マルチホールのインジェクターの採用により4バルブと同等の燃焼スピードを実現した。「燃焼時間の比較では、1.2リッターのほうが1.4リッターの4バルブよりも少し短い結果となっている。同じか少しよいくらいで、この点でも1.2リッターTSIエンジンは成功」と評価した。
電子制御のウエストゲートを付けたターボチャージャーは「従来より高い効率を出すことができる。アイドルからフルロードまでの圧力の立ち上がりが違い、従来のターボによるロスを抑えることができる」と説明した。
今後は「自然吸気のエンジンもどんどんTSIで置き換えていく」「さらに排気量を下げ、追加のテクノロジーをTSIのコンセプトの中に実現していく。高効率のエンジン、高効率の燃焼プロセスを持ってすれば、この先10年間で、高性能のクルマを市場に出し続けることができる」とし、TSIをさらに進化させていくとした。
1.2リッター TSIエンジンのデータ | 従来のエンジンよりもトルクが増加している | マルチホールのインジェクターによる2バルブコンセプト |
4バルブと同等の燃焼時間 | フリクションロス低減の例 | エンジン重量を削減した場所。合計で24.5kg減 |
電子制御ウエストゲート付きのターボチャージャーの構造 | 電子制御による圧の立ち上がり改善の図 | 競合車種の燃費とエンジン出力の相関図 |
■TSIは可変排気量を実現する小排気量と大排気量を両立する
続いて、東海大学総合科学技術研究所教授の林義正氏による「明るいガソリンエンジン車の将来」と題した講演が行われた。林氏は以前、日産でレース用エンジン「VRH35Z」の開発を担当していたエンジニア。今は学生チームを率いてル・マン参戦を果たしている。TSIエンジンとDSGの「ゴルフ」を試乗した感想として「その低燃費性能に驚いた」と話している。
林氏が最初に掲げたのは優れたエンジンに必要な要素。少しでも多くの質量の空気を吸い込むことが必要で、排気量が大きいことを挙げた。そして、高過給のターボエンジンは大排気量のエンジンと同じようなことが実現できると言う。
また、小排気量エンジンと高過給の組み合わせは可変排気量を実現し、アイドリングや低負荷時は小排気量エンジンとして低燃費を実現、過給を行うと大排気量エンジンなみの吸入空気量が確保できるとした。
さらに、地道な技術としては徹底的なフリクションロスの低減が必要だとした。林氏は「よい燃費を達成するためにはフリクションロスを減らすこと。これを実現するのはダウンサイジング」とし、これらはTSIエンジンのコンセプトと合致しているとした。
林氏はまた、ガソリンエンジンをさらに発展させる新技術として、TSIエンジンでは採用されていない、多点点火や超リーンバーン、アイドリング回転の低下、ロスを少なくする可変質量フライホイールの実現などが重要とし、多点点火による燃焼速度を速める点について詳しく解説した。
最後に林氏は「TSIエンジンは将来のエンジンとして、まだまだ伸びていくところにある。行き詰まっていた進化がブレイクスルーした」と讃え、講演を終了した。
林氏による優れたエンジンの3要素 | 可変できればメリットのあるエンジンの3要素 | 小排気量とターボで可変排気量を実現する |
過給が有利になる点 | 林氏が進化の技術として期待する多点点火と超リーンバーンを採用したエンジン | 林氏が評価するTSIエンジン+DSGの組み合わせ |
左からフォルクスワーゲン グループ ジャパンのゲラシモス・ドリザス社長と、ディスカッションに参加したDr.ヘルマン・ミッデンドルフ氏、東海大学総合科学技術研究所教授の林義正氏、ボッシュの専務取締役 押澤秀和氏 |
■パネルディスカッションでは、各氏が持論を展開
発表会の最後はパネルディスカッション。「TSIの進化と今後のパワートレインの進化の可能性」と題し、ミッデンドルフ博士、林氏に加え、ボッシュの専務取締役 押澤秀和氏、モデレーターとしてモータージャーナリストの山口京一氏が登壇した。
押澤氏はパワートレイン市場の進化について解説。「石油自体が限られた資源で、次第に電気のほうに向かっていく。最終的には電気自動車だが、いつになるか分からない」と述べ、当面はガソリンエンジンが増えていくとした。
ミッデンドルフ博士は、1.2リッターTSIエンジンの2バルブ化について「フリクションロスを下げることができる、燃焼効率を上げるといったことから、たどりついた結論が2バルブで、このエンジンにぴったり合うソリューション」と理由を述べた。
講演で紹介した多点点火や超リーンバーンの自動車への応用を問われた林氏は「エミッションに適合しないといけない。リーンバーンで作動する三元触媒がマスト」と述べ、それに対してミッデンドルフ博士は「リーンバーンには懐疑的になっている。世界的に厳しい排出基準が求められ、実現が難しい」と答え「リーンバーンよりもダウンサイジング、シリンダーの排気量、本数も減らすかもしれない」と今後の見通しを語った。
ハイブリッドについては、ミッデンドルフ博士がTSIエンジンとの相性に触れ「非常にうまく補完しあうもの。ベストな効率が期待できる。コンセプトとしても優れている。パフォーマンスも燃費も達成できる」と述べ、レースに参戦している林氏は「競技の世界でもハイブリッドが出てくると思う。電気によるパワーアシストがあるとエンジンは相当楽になる、レースの世界でも燃費を稼げる」と期待を寄せ「ル・マン24時間レースにもハイブリッドが出てくる。私もベンチャー企業と一緒に考えている」と具体的な計画を進めていることを明らかにした。
また、ディーゼルがエミッションの問題などから不利ではないかと問われた押沢氏は「リーマン・ショックで小さいクルマにシフトしたことがヨーロッパで落ちた原因」と反論、「ガソリンはダウンサイジングがあるが、ディーゼルも全く同じ傾向で、しばらくは伸びていく」と答えた。
最後に、TSIエンジンの現在の課題を問われたミッデンドルフ氏は「生産設備を増やさないと追いつかない。それだけ成功した」と自信を見せ、課題としては「燃料の質が悪い国や地域でエンジンコントロールや安全性を維持すること」と答え、パネルディスカッションは終了した。
ボッシュの押澤氏が考えるパワートレインの進化秀和 | 市場におけるパワートレイン別の数量や比率の変動予測 | 各地域別1km走行あたりのCO2排出目標 |
(正田拓也)
2010年 5月 25日