トヨタとマイクロソフトの戦略的提携の背景を考える
業界トップの2社が組むことのメリット


米国で共同発表を行った、マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEO(左)とトヨタ自動車の豊田章男社長(右)

ITと自動車はもはや切り離すことはできないと、豊田章男社長
 トヨタ自動車と米マイクロソフトは4月7日(現地時間)、米国で記者会見を開催し、次世代テレマティクスプラットフォーム構築に関する戦略的提携を行っていくことを発表した(ニュースは関連記事参照)。

 この発表の要旨は下記のものになる。

1.2012年に市販予定の電気自動車(EV)とプラグインハイブリッド車(PHV)のテレマティクスの展開にあたり、クラウド用OS「Windows Azure」を採用、2015年までにグローバルクラウドプラットフォームの構築を目指す。

2.トヨタのスマートグリッドの取り組みである「トヨタスマートセンター」のグローバル展開を、両社が構築するグローバルクラウドプラットフォームを利用して行う。

3.トヨタの顧客向けITを提供する子会社の「トヨタメディアサービス」が10億円の増資を行い、トヨタのグローバルクラウドプラットフォームの構築を行う。この増資にはトヨタとマイクロソフトが出資するが、出資比率は現時点では未定。

 トヨタに限らず自動車メーカーはITへの投資を加速している。実際、マイクロソフトとの記者会見において、トヨタの豊田章男社長は「ITの世界の魅力を加味することで、無限の広がりが出てくる。ITと自動車の世界が1つになって、新しい価値をお客様に提供していく」と、ITは今後の自動車に不可欠なものだという認識を明らかにしており、自動車とITは切っても切れない関係になっていると言ってよい。

 例えば、自動車メーカーは、本田技研工業の「インターナビ」やトヨタの「G-BOOK」のようなサービスを数年前から行っており、それらに対応したカーナビを搭載した車の走行情報(プローブデータ)などをサーバーで集めている。それらのデータから、VICSよりも詳細でリアルタイムな渋滞情報を提供したり、自動車のメンテナンス情報をサーバー側で管理したりしている。

 こうしたサービスは今後も拡大し、かつ今後は自動車側の端末にスマートフォンのような、ユーザー側でアプリケーションを追加して機能を増やすなどのプログラマビリティすら備えるようになると考えられている。実際、トヨタは米国でEntuneと呼ばれるLinuxベースのマルチメディアシステムを発表しており、今後そうしたIVI(In-Vheicle Infortainment)システムを搭載する自動車メーカーは増えていくと考えられている。

 そうした時代が来たときには、インターネット上に置かれるサーバー群、いわゆる“クラウド”と呼ばれるようなサーバーの処理能力や、その上で走るサーバーアプリケーション群が重要になってくる。というのも、IVIで採用されているようなプロセッサー(CPU)は、パソコンに搭載されるCPUのような強力な処理能力は備えていないからだ。このため、スマートフォンなどがそうであるように、ローカル(自動車搭載端末)での処理はできるだけ少なくし、データ処理などの多くは、通信回線経由でインターネットに接続し、インターネットにあるサーバー側で処理するようなクラウド型のコンピューティングの仕組みが想定されている。

コスト食いのデータセンターはIT企業にアウトソース
 ここで問題になってくるのが、このクラウド環境の構築だ。これまでの手法では、サービスを提供する会社がデータセンターと呼ばれる物理的なサーバーを置く施設を建設し、その上に自社で開発したソフトウェアを走らせるというインフラの整備を行う必要があった。そこには、データセンターの構築にかかるコストが発生する。建物にかかるコスト、物理的なサーバーにかかるコスト、電気代などの維持費など、データセンターを構築、維持するコストは非常に上がってきており、ITが本業ではない自動車メーカーにとって、今後それが重荷になってくる可能性があったのだ。

 そうした時に浮上してくるのが、IT企業が外部企業に展開している様々なクラウドサービスだ。例えば、グーグルはGoogle Apps Engineというクラウドサービスを提供しており、企業はそれを利用することで、自社で物理的なサーバーを持たなくても、従業員や顧客にITサービスを提供することが可能になっている。同じようなサービスはセールスフォース・ドットコムも行っているほか、今回トヨタとの提携を発表したマイクロソフトのWindows Azureというクラウドサービスを提供しているのだ。

 こうした、クラウドプラットフォームサービスを利用するメリットは、クラウドにかかるインフラのコストを複数企業でシェアできるため、自社で1から構築する場合に比べて低コストで利用できることだ。自社でデータセンターなどを持つ場合には、建物も回線もすべて自前で持つ必要があるが、こうしたクラウドプラットフォームを利用する場合には、それらのコストを同じプラットフォームを利用する他社とシェアできるため、低コストになるのだ。

今回の戦略的提携によって構築されるクラウドプラットフォームサービス(筆者予想)

 右図は今回の提携を図にしたものだが、クラウドのITインフラとしてマイクロソフトが提供するWindows Azureを利用し、その上で動かすサーバーアプリケーションをトヨタの子会社であるトヨタメディアサービスが開発し、顧客にサービスを提供するという構図だ。

 なお、今回の提携発表では、クライアントとなるIVIに関する発表は何も含まれていない。このため、IVIのOSに関してはマイクロソフトが提供するWindows Automotiveになるのか、それとも別のモノになるのかは明らかではない。マイクロソフトはすでに米国ではフォードと「Sync」というIVIシステムを開発し実際に市場に投入しているが、トヨタは米国でEntuneと呼ばれる別のシステムを発表していることを考えると、おそらくそれをベースにしたモノになると考えるのが妥当だろう。


トヨタ、マイクロソフトの双方にメリットがある今回の戦略的提携
 こうした観点から今回の戦略的提携を見ていくと、マイクロソフトのサービスを利用するトヨタという構図になるだろう。つまり、今後トヨタはマイクロソフトにサービスの対価を払って利用する顧客という立場だ。

 マイクロソフトにとっては顧客獲得であり、ほかのクラウドプラットフォーム(例えばグーグルやセールスフォース・ドットコムなど)に先駆けて将来の巨大な顧客を獲得したということをアピールするためにこうした発表会がセットされたと考えるのが妥当だろう(だから、マイクロソフトのある米国で発表会が行われたのだろう……)。

 一方でトヨタにとっても、豊田社長の言うとおり、自動車へのITの導入はスマートグリッドなどにより地球環境への配慮や顧客サービスの向上、自動車安全性の向上などの課題を解決するために必要なものだ。しかしながら、自動車メーカーにとっての本業はITではなく、自動車を作ることだ。そう考えれば、本業とは異なるコスト構造のITのインフラは自社で持たず、他社との差別化に必要なアプリケーションだけを自前で開発するというのは理にかなった選択と言えるだろう。

 トヨタは、他社に先駆けてマイクロソフトとの戦略的提携を決めたことで、マイクロソフトからもよい条件を引き出せたはずで、トヨタメディアサービスへのマイクロソフトの投資を実現できたのもその1つではないだろうか。

(笠原一輝)
2011年 4月 7日