日産のレース車両が一堂に会した「ニスモフェスティバル」開催
来年は本社移転のためニスモフェスティバルは中止に

天候にも恵まれたイベントとなったニスモフェスティバル

2011年12月4日開催



 NISMO(ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル)は12月4日、シーズンオフの恒例ファンイベント「ニスモフェスティバル 2011」を富士スピードウェイで開催した。今年はFIA GT1選手権でJRM RACING TEAMがシリーズチャンピオンを獲得したほか、SUPER GTでもMOLAがGT500クラスで優勝、全日本F3選手権でも千代勝正選手が優勝するなど優勝に恵まれた年で、戦勝ムードに包まれた記念イベントといった趣もあり、イベントは大いに盛り上がった。

 当日はコース上でグループCカーや、ル・マンなどに参戦した歴代レースカーのデモ走行や、GT-RやZの歴代マシンやヒストリックカーによるエキジビジョンレースが行われたほか、イベントステージでは日産のレース活動創世記を支えたレジェンドドライバーや、現役GTドライバー、現役チーム監督によるトークセッションも行われた。また、物販ブースもメインスタンド裏からパドック裏まで広く展開され、グッズなどの販売が行われたほか、ニスモフェスティバル名物となっているレース車両の部品などのガレージセールも行われた。

SUPER GT監督によって行われたトークセッションコース上では歴代レーシングマシンのデモ走行やエキジビジョンレースが行われた

イベントステージには歴代のレジェンドドライバーが登場
 今回の見所の1つは、日産/ニスモのレース活動を支えてきたレジェンドドライバーによるトークセッションで、2回に分けられて行われた。1回目のセッションには、1969年にフェアレディZでデビューし、フォーミュラやスーパーシルエットなどで活躍した柳田春人氏、モトクロスから4輪に転向し、フォーミュラやプロトタイプ、ツーリングなどで活躍するとともに日産レーシングスクールで講師も務めている和田孝夫氏、1986年にスカイラインRSで全日本ツーリングカー選手権チャンピオンを獲得し、1983年~1999年までグループAやJGTC、ル・マン24時間にも参戦した鈴木亜久里氏の3名が登壇した。

フェアレディZでデビューし、F3000やS耐の監督経験を持つ柳田春人氏さまざまなカテゴリ-のスプリントや耐久で優勝経験を持つ和田孝夫氏F1ドライバー/オーナーとしても知られる鈴木亜久里氏

当時を懐かしみながらのトークとなった

 トークセッションでは、柳田春人氏からGT500で活躍中のご子息・柳田真孝選手のGT選手権最終戦での観戦が今年一番緊張した出来事だと明かしたほか、ニスモ創設当時に鈴木亜久里氏がF3時代にレースを辞めようと柳田氏に相談したところ、柳田氏がニスモドライバーとして亜久里氏を勧誘、その結果、亜久里氏がその年に優勝し、F1まで上り詰めたことなどが語られた。

 ステージ脇には大型スクリーンを設置し、当時の映像を映しながらトークが行われ、1973年当時の富士スピードウェイは現在と異なる左回りでレースをしていたことや、ぎりぎりの耐久性で作られたマシンがよく壊れたこと、シルエットカーの形が暴走族に真似されて困ったことなどが語られた。

若かりし日の鈴木亜久里氏こちらは和田孝夫氏
当時のレースの模様がステージ脇の大型スクリーンに映し出された暴走族に形を真似されることとなってしまったというシルエットカー
グループAレースの様子

 休憩をはさんだ後は、日本のレース黎明期を支えた4人のドライバーが登場した。2輪世界GPワークスライダーからは、プリンスのワークスドライバーとして1966年には第3回日本グランプリにR380で優勝、日産との合併後はR381、R382 フェアレディZやブルーバード、スカイラインGT-Rなどでレースに参戦した砂子義一氏、2輪世界GPで日本人として初めて優勝し、1965年から日産ワークス入り、スポーツカーやツーリングカー、フォーミュラカーなどさまざまなマシンで活躍、1977年にはF2000チャンピオンを獲得し、現在はチーム国光の代表を務める高橋国光氏、2輪世界GPから4輪へ転向し、1960年代に高橋国光氏と日産ワークスドライバーとして活躍、ハコスカGT-RやR380/R381/R382などをドライブ、星野一義氏とグループAなどへの参戦経験もある北野元氏、1964年に大森ワークスドライバー、1969年からは日産ワークスドライバーとしてマイナーレーシングで活躍、FJ1300、F2などフォーミュラカーレースや、R31スカイラインでのJSS参戦、R32 GT-RでN1耐久でのチャンピオン獲得経験もある都平健二氏の4名が登壇した。

2輪GPライダーから転向し、プリンス時代からワークスドライバーを務めた砂子義一氏1999年まで現役で走り続け、現在はチーム国光代表を務める高橋国光氏
1960年代にワークスドライバーとして数々の優勝を勝ち取った北野元氏R32 GT-Rなどでチャンピオンを獲得した通称“トッペイさん”こと都平健二氏

 ロシア帽にサングラスという出で立ちで現れた砂子氏は、レース活動を始めたのはもう半世紀前になると述べ、登壇した4人のドライバーはいずれも最初にメーカーからスポンサードを受けてレース活動をしたプロドライバーであると語った。国光氏も、レースを始めて約50年が経ち、サーキットに来たファンから「お父さんがファンでした」と聞くととてもうれしいと語っていた。

 また、砂子氏はR381が左右独立式の可変ウイングを採用したとてもすばらしいマシンで、「女性に例えるとレディ・ガガだ」と、現代のミュージックシーンに詳しいところも披露。当時はまだフルフェイスのヘルメットがない時代で、レーサーはジェットヘルメットをかぶってレースに挑んでいたことなども語られた。また、R381は当時ストレートでは350km/h以上出て、当時の富士スピードウェイにあった30度バンクで1.8Gほどがかかること、可変ウイングを採用したR381が速かったため、レギュレーションで可変ウイングが禁止されってしまったが、日産のレースカーはそれを技術でカバーしたことなどが語られた。

赤いウイングのR381を押す高橋国光氏黄色いウイングのR381を押すのは北野元氏当時のレースの様子
若かりしころの北野元氏砂子氏が79歳、高橋国光氏が71歳、北野氏と都平氏は70歳と全員が70歳以上

 次いで、2011年にSUPER GTを戦った現役ドライバーによるトークセッションが開催された。今年は、MOLAのロニー・クインタレッリ選手/柳田真孝選手が優勝したこともあり、トークセッションは和やかなムードで始まりつつも、優勝を逃した他チームの選手達からは来年こそは自分たちが優勝を、というライバル心が垣間見えるものとなった。なお、ステージ裏で急遽司会することが決まったというTEAM IMPULの松田次生選手は、司会もしながらのトークセッションとなった。

司会も務めながらのセッションとなったTEAM IMPULの松田次生選手松田選手のチームメイトである“JP”ことTEAM IMPULのジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ選手NISMOの本山哲選手
NISMOのブノワ・トレルイエ選手コンドーレーシングの安田裕信選手コンドーレーシングのビヨン・ビルドハイム選手
今年チャンピオンとなったMOLAの柳田真孝選手MOLAのロニー・クインタレッリ選手トークセッションの様子

 今季、SUPER GTで3回優勝したNISMOの本山哲選手は、雨の開幕戦はラッキーで優勝したが、中盤のレースはタイヤの選択等で苦労したと言い、しかしそれがなければMOLAの優勝はなかったと語った。また、松田選手は「ロニー選手が優勝してから感じが変わった、カートにも誘ってくれないし、着る服も歩き方も違う」と暴露すると、ロニー選手は「最近本山選手と一緒に仕事をする機会が多く、それは本山選手の影響」とし、終始笑いの絶えないセッションとなった。

 なお、セッション終了後にはあらかじめ入札が行われていたチャリティオークションの受け渡しとサイン会が行われ、各選手が出品したグッズなどを落札した幸運な来場者は1人ずつ壇上に上がって選手から直接品物を受け取った。なお、このチャリティオークションの収益金は総額212,500円で、ニスモより日本赤十字社に東日本大震災復興支援モータースポーツ義援金として送られる。

チャリティオークションでは各ドライバーが出品した品物が8人に直接手渡された
トークショー終了後はサイン会&撮影会も開催された

星野一義監督、近藤真彦監督も参加したSUPER GT監督トークセッション
 さらに、SUPERT GT監督によるトークセッションも開催された。セッションに参加したのはMOLAの大駅俊臣監督、コンドーレーシングの近藤真彦監督、TEAM IMPULの星野一義監督、NISMOの鈴木豊監督と、日産系チームのまとめる柿元邦彦総監督が登場した。元ドライバーだった星野一義監督や、ドライバー経験もありタレントでも活躍する近藤真彦監督が登場するということもあって、トークセッションには多くのファンが集った。

SUPER GT監督トークセッションの様子。終始笑いの絶えないセッションとなった柿元邦彦総監督NISMO鈴木豊監督
TEAM IMPUL星野一義監督コンドーレーシング近藤真彦監督MOLA大駅俊臣監督

 柿元総監督は、8戦中5戦をGT-Rが優勝した今シーズンを振り返り、今年は最高の年だったと語った。シーズン前は非常に不安だったそうだが、富士スピードウェイで行われた第1戦の予選が終わったとき、上位6台の中に4台のGT-Rが入ったときに手応えを感じたという。星野監督は、「今年のMOLAはすばらしかった。そのよいところをどんどん盗む」と言いつつ、MOLAの大駅監督に「なんか秘密ない?教えろよ!俺は先輩だぞ!」と言って会場を沸かせた。また近藤監督は、雨の第1戦ではタイヤのマッチングがよく、スタートも決まって最初はすべてがうまくいっていたが、窓ガラスが曇ってしまうというトラブルに見舞われたエピソードを披露。また、シリーズチャンピオンを獲得した大駅監督は、「昨年までに開発してきた車両やタイヤの貯金を上手に使えたと思う」と、その勝因を語っていた。

 そのほか、イベントステージでは、NDDP(Nissan Driver Development Program)から全日本F3選手権ナシ ョナルクラスでチャンピオンを獲得した千代勝正選手、佐々木大樹選手と、長谷見昌弘監督によるトークショーや、レースクイーンステージ、レジェンドドライバーによるサイン会なども行われた。

スタンド裏やピットビルでも注目のイベントが
 メインスタンド裏にある物販コーナーの一角では、ニスモの一部門であり、レースエンジンの設計やメンテナンスを行う大森ファクトリーによるエンジン分解デモンストレーションも行われ、来場者の興味を集めていた。

 デモンストレーションでは、市販エンジンとレーシングエンジンとの構造や加工の違いが解説されながらエンジンが分解され、デモンストレーション終了後は、分解したエンジンの各パーツに触れることができ、熱心なファンからさまざまな質問が寄せられていた。なお、当日分解されていたエンジンは3.5リッターのVQ35HR改3.8リッターエンジンで、380RS用にチューンされたもの。ST1やスーパー耐久、昨年のニュルブルクリンク24時間レースでも使用されたものだと言う。

ほとんどオイルリング部分しかないピストンを観客に見えるように掲げながら解説。多くの観客が真剣に分解を見守っていたエンジンのネジを外すには、エンジンをゆがませないように順番があることを説明
通常エンジンの各パーツは手が切れるほど鋭いものが多いが、バリがエンジンに入るとブローの原因となるほか、軽量化のためにもバリをとって角を落としてあると言う
ピットビル3階では、9/10代目スカイラインの開発責任者である渡邉衡三氏と日産自動車テストドライバーである加藤博義氏によるサイン会が行われ、多くの来場者がサインを求めにやってきていた
大森ファクトリーのブースではレーシングエンジンなどの展示も行われていた

 そのほか、スタンド裏ではレースで破損した使用済みレーシングマシンのパーツやホイールを販売するガレージセールのほか、現行GT-R全ラインアップや日産の市販車両の展示、キッズカートが体験できるコーナーもあった。

もっとも人気の高かったGT-R Black EditionGT-R Pure EditionGT-R EGOIST
ガレージセールコーナーでは早朝から行列ができていた使用済みのパーツやホイールなどを販売していた。モータースポーツファンにとっては宝の山だ
広いスペースを使って通常の市販モデルも展示ワンピースとのコラボレーションカー「サウザンド・セレナ号」も展示された
KTCキッズカート体験コーナー。レーシングカートの体験やエンジン分解などにもチャレンジできたSUPER GTチームオークションの出品リストは写真で展示されていた
パドックでは多くの用品・パーツメーカーの展示や物販が行われていた横浜ゴムは、GT500マシンと市販スポーツタイヤの展示
GT500クラスのチャンピオン獲得を支えた、ミシュランのブース市販タイヤの展示や、チャンピオン獲得記念タイヤの展示
ダンロップはタイヤ転がしの実施のみで、市販タイヤの展示はなし模型メーカーであるタミヤのブース
オートスポーツ誌で知られるイデアのブースR31スカイライン本を先行販売

コース上では各種エキジビジョンレースや体験同乗走行会なども開催
 そのほか、コース上ではサーキット専用モデル「GT-R クラブトラックエディション」や、新たにAT車クラスも新設されたZ33/Z34のナンバー付き車両によるエキジビジョンレースに加え、B110/B130型サニーや、KPGC10型ハコスカ、H510型ブルーバードなどの懐かしのヒストリックカーによる模擬レース、日産の歴代レーシングカーによるパレード走行、GT-RやZのレース車両による実戦さながらのGT-R & Zオールスターバトルが開催された。

 なお、ニスモフェスティバルでは間近でピットストップ作業が見られる「エキサイティングコーナー」なども設けられており、このコーナーには多くのファンが集まっていた。

コースのチェック走行と同時に、プロのドライビングをレースカーの助手席で体験できるレーシングカー同乗走行、SUPER GTマシンが疾走する姿をバスの中から見学できるサーキットサファリ、プロドライバーの運転する市販車に同乗できるサーキットタクシーなどが行われた
サーキット専用車のGT-R クラブトラックエディションによるエキジビジョンレース。ドライバーはクラブトラックエディションのオーナーが務めるZ33/Z34によるエキジビジョンレース。今年からATクラスが追加された
ヒストリックカーエキジビジョンレースの様子カーナンバー2のB110は影山正美選手がドライブしてレースに参戦

NISSAN RACING DNA RUN

1992年にデイトナ24時間レースに参戦したNISSAN R91CP1992年にJSPCに参戦したカルソニック ニッサン R92CP1969年にJAF GPに参戦したスカイライン 2000 GT-R
1989年にグループAに参戦したリーボックスカイライン1998年にル・マン24時間レースに参戦したNISSAN R390 GT1こちらは1972年のスカイライン 2000 GT-Rショーモデル
1973年に日本GP TS-aレースに参戦したサニー 1400クーペKPB1101999年にル・マン24時間レースに参戦したR391
2011年に発表された電気自動車(EV)のレースカーNISSAN LEAF NISMO RCピット作業も公開され、観客はピットの中で作業を見られるようになっていた
グリッドウォークでは、GT500チャンピオンのサインをもらうこともできた。ロニー・クインタレッリ選手(写真左)と、柳田真孝選手(写真右)

GT-R & Zオールスターバトル

GT-R & Zオールスターバトルでは、グリッドにクルマが並べられた後、グリッドウォークも実施された2011 FIA GT1世界選手権で優勝したNISSAN GT-R2010年に発売されたプロダクションレースカーNISSAN NISMO GT-R RC
2011年SUPER GTに参戦したMOTUL AUTECH GT-R2011年SUPER GTに参戦したカルソニックIMPUL GT-R2011年スーパー耐久ST3に参戦したB-MAX Z33
2011年SUPER GTで優勝したS Road MOLA GT-R2011年スーパー耐久ST3に参戦したasset テクノ Z34
歴代GT-RとZによる実戦さながらの迫力あるバトルが展開された
ピットでは観客の目前でタイヤ脱着のデモが行われた間近でピットを走るクルマが見られるエキサイティングコーナーも設置GT-R & Zオールスターバトルを制したのは、FIA GT1世界選手権を制したミハエル・クルム選手がドライブする23番のNISSAN GT-R

ピット内展示車両

自社開発の6リッター V12 DOHCエンジンを搭載した「NISSAN R382」(1969年 日本GP仕様)は600PSを誇った
シボレー製5.5リッターV8 エンジンを搭載した「NISSAN R381」(1968年 日本GP仕様)。左右別々に機能するリアウィング「エアロスタビライザー」を装着することから“怪鳥”の異名を取った
直列6気筒DOHC 2リッターエンジン「GR8」を搭載する「NISSAN R380-II」(1967年)。最高出力は220PS以上、車重は650kg
初代マーチのイメージキャラクターであった近藤真彦氏用にニスモが製作した「マーチスーパーシルエット」(1982年グループ5仕様/K10型)。最高出力160PS/8,000rpm、最大トルク17.5kgm/6,400rpm
1979年から始まった富士スーパーシルエットレースで星野一義選手がドライブした「ニチラシルビア」(1983年グループ5仕様/S12型)。1981、1982年に各1勝、1983年に2勝した
1979年から始まった富士スーパーシルエットレースで長谷見昌弘がドライブした「トミカスカイライン」(1983年グループ5仕様/R30型)。1982年に2勝、1983年に5勝した
1999年のル・マン24時間制覇を目的に開発された「NISSAN R391」(1999年ル・マン24時間 LMP900 仕様)
1998年のル・マン24時間で星野一義/鈴木亜久里/影山正彦組によって総合3位に輝いた「NISSAN R390 GT1」(ル・マン24時間 LM-GT1仕様)
全日本選手権に1戦出場したのみでその役目を終えた「NISSAN NP35」(1992年グループC仕様)。車両規則の変更で1993年からグループCカーはターボが禁止になったため、3.5リッター自然吸気エンジンを搭載した
1992年のグループCで6戦中5勝という快挙を成し遂げた「NISSAN R92CP カルソニック」。最高出力800PS以上/7,600rpm、最大トルク80kgm以上/5,600rpmを誇った
「MOTUL AUTECH Z」(2006年 GT500仕様 Z33型)。開幕当初はミハエル・クルム/山本左近組で参戦するも、第4戦から山本選手に代わりリチャード・ライアン選手が復帰して参戦した
2004年の全日本GT選手権開幕戦に、Z33型フェアレディZでのGTデビュー戦で優勝を果たした「XANAVI NISMO Z」
「MOTUL PITWORK GT-R」(2003年 GT500仕様 R34型)
1998年JGTCをエリック・コマス/影山正美組で戦ったニスモのワークスマシン「ペンズオイル・ニスモGT-R」(1998年 GT500仕様 R33型)
1969年5月3日に行われたJAF グランプリの優勝車両「スカイライン 2000 GT-R」(1969年 PGC10型)を忠実に再現したレプリカ
1972年の東京モーターショー用の展示モデル「スカイライン2000 GT-R」(1972年 ショーモデル KPGC110型)。日産の社員有志の手により走行できるようにしたと言う
第30回サファリラリーで総合優勝した「バイオレット GT」(1982年 サファリラリー仕様車 A10型)。L20BベースのDOHCエンジン(グループ4仕様)を搭載し、最高出力220PS/7,600rpmの出力を誇った
1958年の豪州ラリーに富士号とともに参戦した「DATSUN 桜号」(1958年 モービルガス・トライアル参戦車)。結果はAクラス4位だった。直列4気筒1リッター OHVエンジンのスペックは34PS/4,400rpm、6.6kgm/2,400rpm
市販車のスタイリングを残しつつ、低くワイドにデザインされたボディーをカーボンモンコックに架装した「NISSAN LEAF NISMO RC」(2011年 ZE0型)。コクピット後方に量産車と同様のモーター、バッテリー、インバータを搭載する
「ZEXEL SKYLINE GT-R」(R32型)は、アンデルス・オロフソン/服部尚貴/デイビッド・ブラバム組が1991年のスパ24時間で総合優勝を果たしたときの車両
1990年、1993年にグループAでチャンピオンに輝いた「カルソニックスカイライン」(R32型)。搭載するRB26DETTの出力は550PS以上/7,600rpm、50kgm以上/6,000rpmを誇った
ホモロゲーション取得のために800台限定で販売されたスカイラインGTS-R「リーボックスカイライン」(1989年グループA仕様 R31型)。搭載するRB20DETは400PS/7,200rpm、42kgm/6,000rpmを発生。1988年の第2戦から長谷見昌弘/高橋健二組で参戦している

2012年のニスモフェスティバル開催はいったん休み
 フィナーレでは、歴代車両によるパレード走行が行われた後、グランドスタンド前で今季優勝を獲得したドライバーを祝福した。まずは、NDDPからFormula 3に参戦しチャンピオンを獲得した千代勝正選手、次にFIA GT1選手権でチャンピオンを獲得したミハエル・クルム選手、そしてSUPER GTで優勝したMOLAの柳田真孝選手とロニー・クインタレッリ選手、大駅俊臣監督のそれぞれに花束が贈呈された。

まずは歴代車両でパレードランが行われた。写真は1968年に日本GPに参戦したNISSAN R3811991年にスパ24時間レースに参戦したZEXEL SKYLINE GT-Rコース上に全ドライバー都監督が集合
Formula 3でチャンピオンを獲得した千代勝正選手FIA GT1選手権でチャンピオンを獲得したミハエル・クルム選手SUPER GTで優勝したMOLAの柳田真孝選手とロニー・クインタレッリ選手、大駅俊臣監督

 次に、NISMOの宮谷正一取締役社長から挨拶が行われた。FIA GT1選手権、SUPER GTでの優勝への感謝を述べた後、ニスモの機能強化のため、2012年12月に本社所在地が現在の大森から日産自動車横浜工場のある横浜市鶴見区に移転することが明らかにされた。それに伴い、2012年のニスモフェスティバル開催をいったん休止し、2013年にアップデートして再開することが発表された。会場からは「えー」との声が聞こえたが、宮谷社長は「今の“えー”という声は心にグサッと突き刺さりましたが、頑張りますので見捨てないで。ぜひよろしくお願いします」と締めくくった。

 イベントの最後には、コース上からグランドスタンドに向かって、当日参加したドライバーや監督からグッズプレゼントが投げ込まれ、イベントは閉幕。なお、当日の入場者数は昨年比119%の32,000人だった。

ニッサンモータースポーツインターナショナル株式会社の宮谷正一取締役社長亜挨拶ドライバーや監督によるグッズの投げ込みプレゼント当日は天候にも恵まれ、盛況のうちに閉幕となった

(Photo:清宮信志/平 雅彦)
2011年 12月 7日