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シャープ、車載やIoTを意識した“四角ではない”液晶ディスプレイ「FFD」など中小型ディスプレイの取り組みを説明

車載情報システムでの利用をイメージしたFFDの例
2014年7月7日開催

 シャープといえば、液晶パネルや家電製品などの製造・販売を行う総合電機メーカーだが、近年ではとくに液晶ディスプレイパネルの製造で他社に大きな強みを持っており、近年ではIGZO(イグゾー)と呼ばれる酸化物半導体を利用した液晶デバイスを他社に先駆けて量産化に成功。消費電力を大幅に引き下げるIGZOの量産化により、液晶ディスプレイのメーカーとしてグローバルなトップメーカーの1社となっている。

 そのシャープは6月18日、「FFD(Free Form Display、フリーフォームディスプレイ)」と呼ばれる新しい液晶パネルを開発したと発表(http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20140618_653992.html)。7月7日に同社の東京支社においてその技術説明会を開催した。FFDは従来の液晶デバイスでパネル周囲に置かれていた駆動回路を液晶デバイスに内蔵させることで、四角だけではない自由な形状を実現した新しい液晶ディスプレイとなっており、自動車のメータークラスターやスマートウォッチなど、四角以外の形状を必要とする機器に応用可能になると期待されている。

中小型ディスプレイ市場で成長が見込めるのは高精細なスマホ用と自動車用

シャープ ディスプレイデバイス開発本部 開発戦略統括 今井明氏

 説明会では、シャープ ディスプレイデバイス開発本部 開発戦略統括の今井明氏が同社のディスプレイ事業についての説明を行った。同社のディスプレイ事業では「ディスプレイデバイス事業本部」「ディスプレイデバイス戦略本部」「ディスプレイデバイス開発本部」という3つの事業本部が置かれており、このうち今井氏はディスプレイデバイス開発本部で開発選択統括を担当している。今井氏によれば、シャープの中小型液晶の生産拠点は三重県の亀山工場と三重工場、奈良県の天理工場、鳥取県の米子工場の4拠点となっており、三重工場では超高精細スマートフォンや車載向けなどを製造。亀山工場ではスマートフォン、タブレット、ノートPC、テレビ向けを、天理工場ではスマートフォン向けを製造し、米子工場では「MEMS」と呼ばれる新しい形のディスプレイの開発を行うという体制になっているという。

 今井氏は「スマートフォンやタブレット向けは年率14.5%、車載向けは年率8.7%で成長している。なかでもスマートフォン、タブレット向けは高精細化の進展が著しく、2017年には、スマートフォンの44%、タブレットの56%がフルHD(筆者注:1920×1080ドット=2Kの解像度のこと。現在の液晶テレビの標準的解像度。この2倍の解像度を持つテレビがいわゆる4Kとなる)以上の高精細なパネルになると予想されている」と述べ、中小型の液晶パネルの製造では、付加価値の高い小型で高解像度な高精細パネルに力点を置いていくと強調した。同氏によれば、シャープはすでに500ppi(Pixel Per Inch。数字が大きければ大きいほど高精細であることを示す)クラスのWQHD(2560×1440ドット)パネルを三重 第3工場で6月から生産しているほか、普及価格帯にミートするような400ppiクラスのフルHDパネルを亀山 第2工場で7月より生産開始する予定であることを明らかにした。

 その上で、“これからのディスプレイ市場でなにが大事になるのか”について社内で検討した結果として「今後はデザインがなによりも重要になるだろうという結論に達した。そこで“液晶ディスプレイは四角”という常識を打ち破るFFDや、超低消費電力を実現するMEMSなどの新しい技術を開発して、それにより新しいディスプレイの市場を形成していきたい」と述べ、今後のディスプレイ市場でも同社が競争力を維持するための武器として、FFDやMEMSなどの新技術を積極的に開発して市場に投入していきたいと説明した。

シャープのディスプレイ事業の事業部構成
中小型液晶の生産拠点は、三重県の三重と亀山、奈良県の天理、鳥取県の米子の各工場
シャープの液晶工場の現在の概要。主力の三重工場、亀山工場以外に、天理工場、米子工場がある
中小型液晶の需要動向、スマートフォンやタブレットは年率14.5%の成長率で、自動車用は年率8.7%で急成長すると見られている
鍵は急速に高精細化が進むスマートフォン、タブレット市場への対応
三重 第3工場では超高精細なパネルを、亀山 第2工場では普及価格帯の高精細パネルを生産開始
同社の主力製品であるIGZOを利用した液晶パネルの強みは低消費電力
今後はFFDなど新しい付加価値を製品に追加していく

自動車のメーターや車載情報システム、IoTなどに応用可能なFFD

シャープ ディスプレイ開発本部 表示モード開発センター 所長 伊藤康尚氏

 続いてシャープ ディスプレイ開発本部 表示モード開発センター 所長 伊藤康尚氏が、同社が開発した四角ではない形状を実現するFFDについて解説した。伊藤氏は「シャープは1973年に電卓用の液晶で市場に参入してからさまざまな液晶製品を世に出してきた。FFDを開発したのは、液晶の用途拡大を目指していきたいから。我々が積極的に投入してきたIGZOの技術や設計手法などにより実現することができた」と述べ、同社が他社に先駆けていち早く量産化に成功したIGZOを利用するなどによってFFDが実現できたと強調した。

 伊藤氏によればFFDが実現可能になったのは、同社が開発してきた狭額縁化を応用した技術を使ったことによるという。一般的な液晶パネルでは、パネルの周囲に駆動回路と呼ばれる液晶の素子などのON/OFFを切り替える回路を搭載している。ノートPCの液晶ディスプレイなどがその端的な例だが、パネルの周囲にベゼルと呼ばれる枠の部分が用意されており、一般的にはパネル部分の左右がこの駆動回路を納めるスペースとなっている。

 しかし、中小型液晶が採用されるスマートフォンやタブレットなどではデザイン性が重視されるため、このベゼル部分をできるだけ小さくしたいという端末メーカーからの声が大きく、液晶デバイスベンダ各社はこの駆動回路の小型化に取り組んできた。現在は液晶のガラス部分に駆動回路を小さく搭載できるようになっており、従来と比べてベゼルが小さい製品が増えている。しかし、このままではパネル左右に回路が置かれている構造に変わりがないので、依然として長方形でしかディスプレイは製造できない。

 今回シャープがFFDで採用した技術はそこからさらに一歩進み、駆動回路を非常に小さく分割することにより、液晶デバイスの内部に分散して配置することにしたのだ。これにより、ある程度の制約はあるものの、液晶デバイスを任意の形状で製造できるようになる。例えば、現在の液晶では丸型や切り込みが入った形は不可能だが、この駆動回路を液晶デバイス内部に配置する新しい技術を利用すれば、そういった形状も可能になる。

 また、現在話題を呼んでいるIoT(Internet of Things)の代表として「スマートウォッチ」があるが、現在出まわっているスマートウォッチは四角い形状ばかりとなっている。これはやはり、液晶の駆動部分を左右に置かなければならないという製造上の制約が理由となっているのだ。また、一見丸型に見える製品はベゼル部分が非常に厚いという製品がほとんど。つまり、実際には四角い液晶を使っていながら、デザイン上の工夫で丸く見えるようにしているため、そうした形状になってしまうのだ。しかし、新しいFFDの技術を利用すればそうした制約から解放され、丸型やネズミ型など多彩な形状の液晶が作れるようになる。

 伊藤氏によれば、同社が応用事例として想定しているのは、前出のようなIoT機器などだけではなく、メータークラスターや車載情報システムなどの自動車向けのほか、従来のように四角ではないスマートフォンやタブレットなどさまざまな応用例が考えられるという。伊藤氏は「我々よりもメーカーのエンジニアの方などが想像力をかき立てられるようで、さまざまな応用例が考えられると思う」と述べ、FFDが持つ可能性は非常に大きいと強調した。

シャープの液晶開発の歴史
新しい液晶ディスプレイ市場の創出を目指す
モバイル機器の液晶ディスプレイで採用されている新しい駆動回路。駆動回路を小さく左右に搭載することで薄いベゼルを実現
従来は左右に搭載されていた駆動回路を液晶の内部に分散して配置
左右に駆動回路がない超狭額縁の液晶や、四角ではないデザインの採用も可能になる
FFDの応用例。自動車やIoTなどがターゲットになりそうだ
今後も新しいディスプレイで付加価値を創出していく

IGZOとうまく組み合わせたことがFFD実現の鍵

 なお、質疑応答ではFFDを採用する場合のデメリットなどについて質問が出たが「駆動回路の配線部分が表示領域に入ってしまうので、開口部が犠牲になる。このため、バックライトを調整するなど消費電力が増える可能性はあるが、それはIGZOと組み合わせることで回避できる」と述べ、IGZOがあるからこそFFDが実現可能になったと強調した。

 IGZOは、言ってみれば液晶デバイスを製造するときに利用される半導体の素材で、従来の低温ポリシリコン(CGS/LPTS)やアモルファスシリコン(a-Si)などと比べて、トランジスタと呼ばれる半導体の基本単位を小型化することが可能で、より高精細化が容易になっている。また、IGZOでは電流がOFFの状態でも一定期間画像を保持できる仕組みになっており、ほかの素材を利用した場合と比べてディスプレイ全体の消費電力を大幅に削減できるというメリットがある。

 一般的なIGZO液晶では、その低消費電力化のメリットを同じ明るさで消費電力を下げる方向に利用する。しかし、今回のFFDでは駆動部分の配線などを液晶デバイスの内部に引き回す必要があるため、開口部と呼ばれるバックライトの光を通すスペースが犠牲になる。しかし、IGZOを採用することで液晶デバイスの消費電力が下がっているため、その分、バックライトの光を若干上げても(より消費電力を増やしても)トータルではあまり変わらない程度の消費電力ですむということだと理解できるだろう。逆に考えれば、ほかのメーカーが同じような製品にトライしようとしても、どうしても消費電力が増えてしまう結果になるので難しい。そこにIGZOで先行しているシャープの強みがあると言える。

車載情報システムでの利用をイメージしたFFDの例。通常こうしたデザインでは液晶デバイスは四角になっており、ベゼルなどでデザイン的にこのような形に見せるのだが、シャープのFFDは液晶デバイスそのものがアナログメーターのカーブに合わせた形状になっていることが枠から外してみると分かる
こちらはメータークラスターをイメージしたFFDの実装例
「MEMSディスプレイ」と呼ばれる液晶を利用した新型ディスプレイ。シャッターを利用しており、バックライトの光を減衰させる偏光板やフィルターなどを必要としないため、消費電力を従来タイプと比べて最大で1/2まで削減できる。車載やタブレットなどに応用が考えられる

 伊藤氏によれば、量産が進めば製造コストや歩留まり(生産した製品のうちどれだけが製品として出荷できるかを示す率。この数値が高いほど製造しやすいことを示す)は現在の液晶とほぼ同程度になるが、形が四角ではないためマザーガラス(通常では液晶は1枚の大きなガラスとして製造され、カットして1つ1つの製品となる)から切り離すときにどうするかが課題の1つになるとした。

 また、他社が同じような取り組みをするのではないのかという質問も出たが、「シャープとしてかなり厳密な特許のポートフォーリオを組んでおり、それ以外の技術も組み合わせているので、すぐに他社が追随するのは難しいのではないか」(今井氏)と述べ、他社が追随するのは簡単ではなく、しばらくは他社に対して成功できるだろうという見通しを明らかにした。

(笠原一輝)