トヨタも取り組む、オープンアーキテクチャ“Linux”ベースの車載システム 「Automotive Linux Summit 2011」リポート |
IVI(In-Vehicle Infotainment:車載情報システム)やアクティブセーフティーなど、ITを応用した自動車関連技術の開発は、機能の進化にあわせて年々複雑化し、自動車メーカーにとって開発コストの削減や開発期間の短縮は大きな課題となりつつある。そうした中で、自動車メーカーにとって他社と差別化する必要のない部分を他社と統一化し、他社と競争する必要があるHMI(Human Machine Interface)やユニークな機能などを低コストに実装することができる環境として、Linuxが注目を集めている。
LinuxはもともとPC用のホビー向けとして開発されたオープンスタンダードで作成されたOS(Operating System:基本ソフトウェア)だが、現在では世界中のボランティアの開発者により開発が続けられているOSとして、クラウドと呼ばれるインターネット上で展開されるサービスを支えるバックエンドサーバーのOSなどに利用されている。コンシューマに身近なところでは、スマートフォンのOSとして知られるAndroidは、Linuxをベースにして作られている。
そうしたLinuxの普及を促進する業界団体であるLinux Foundationが、パシフィコ横浜において、自動車関連産業の関係者を対象にした技術説明会である「Automotive Linux Summit 2011」を11月28日に開催。自動車向けLinuxの各種ソリューションや技術トレンドなどを紹介した。
■IT化が進む自動車業界にとって、オープンなLinuxこそが最適解
冒頭の講演に登場したLinux Foundation 上級部長 ジム・ゼムリン氏は、「自動車に求められるニーズは変わりつつある。すでにスマートフォンが当たり前の製品になったことで、ユーザーはスマートフォンレベルの機能を自動車にも求めつつある」と述べ、スマートフォンの普及が自動車のニーズにも大きな変化をもたらしつつあり、自動車メーカーや自動車産業はそのニーズに応える必要があると強調した。その上で、Linux Foundationが推進するLinuxは、自動車メーカーが必要とするOSであると強調した。
その理由としては、「インターネット上では、すでにソフトウェアやサービスへ課金するモデルは終わりを告げつつある。これからはサービスで利益を生むビジネスモデルが主流になるだろう。そうした時にLinuxはそのモデルに上手く対応できるだろう」と述べ、スマートフォンのAndroidがその最たる例であるように、新しいサービスが次々に登場する状況に対応するためにも、Linuxがよい選択であると紹介した。
ゼムリン氏はこれからのインターネットは、ハードウェアやソフトウェアに課金するモデルから、サービスで利益を生むビジネスモデルへと変わっていくと指摘 | そうした新しいビジネスモデルにもLinuxは対応しやすいと説明 | オープンソースで開発されるソフトウェアで指摘されてきた訴訟リスクにも、それを避けるためのコンサルタントなどが充実してきていると紹介 |
ゼムリン氏は「10年前であればLinuxを組み込み向けに利用するといえばジョークでしかなかったが、今や状況は大きく変わっている。例えば法的な問題に関しても、以前は利用する企業自身が解決する必要があったが、現在ではLinuxに基づいた製品を開発する企業に法務サービスを提供する企業も存在するなど環境は大きく変わりつつある」と言い、オープンソースコミュニティ(世界中のプログラマーがボランティアで開発する仕組みのこと)が開発するLinuxが抱えてきたと言われる、特許を巡る紛争への懸念などに関しても、もはや過去のモノになりつつあるという見解を示し、詰めかけた自動車産業の関係者にアピールした。
トヨタ自動車 第1電子開発部 主査 村田賢一氏 |
■「トヨタもIVIやICTなどの開発にオープンソースのソフトウェアを採用していくべき」
続いて壇上に登ったトヨタ自動車 第1電子開発部 主査 村田賢一氏は、同社のIVI戦略について説明した。村田氏は、トヨタに入社する前はソニーにおいて組み込み機やデジタルテレビ、PlayStation 3の汎用OSプロジェクトの開発をリードするなどIT畑の出身で、2008年からトヨタに移り現在はIVIやテレマティクスの開発などを主導している立場にあると言う。
先日、トヨタと半導体メーカーのIntelが共同でIVIなどの開発を行っていくというプレス発表が行われたが、その時にトヨタ側でコメントを出したのがこの村田氏だ。
村田氏はこれまでトヨタがIVI/テレマティクスの分野で取り組んできた歴史をチャートで示し、「これまでトヨタは確実に一歩一歩進めるという形で取り組んできたが、それなりの結果を残すことができた」と述べ、G-BOOKなどテレマティクスやナビゲーションへのさまざまな取り組みを自己評価し、今後取り組んでいくべき課題としてリモートサービス、ITS、IVI、スマートグリッドの4つを挙げた。
その上で村田氏は、トヨタが作成した映像クリップ「トヨタスマートセンター20XX年 ~君がいてよかった...~」(http://www.youtube.com/watch?v=BMlVyY2EpLA)を上映し、その中でリモートサービス、IVI、ITS、スマートグリッドをそれぞれ上手く利用することで、よりリッチなカーライフを実現できるという未来を示した。「このビデオを見れば夢みたいな話と感じると思うが、我々は真剣にこれを実現しようと考えている」と、村田氏は述べた。
村田氏は、「すでに現代の自動車は、Mobile Information Device(携帯情報機器)であると言うべき」と述べ、今後自動車開発には様々な情報機能を実装していくことが大事だと強調した。
それを実現するために、ソフトウェアを含めたさまざまな開発が必要になるが「ITの世界の進化は非常に速い。それに対して自動車メーカーはIT企業ではないのでそれを追いかけていくのは不可能だし、ソフトウェアは複雑になりすぎている」と村田氏は述べ、自動車メーカーがソフトウェアすべてを自社で開発しようと考えるのは不可能だと指摘した。
そこで、自動車業界として「我々はオープンスタンダードな技術やオープンソースソフトウェアを使用していく必要がある。それらを上手く活用することで自分達の持っているアイディアを実現していくのだ」と訴え、自動車メーカーのビジョンを現実にするためにも、オープンソースのソフトウェアを活用していく必要があると述べた。
村田氏自身の経歴。以前はソニーでPlayStation 3などの開発にも従事していたのだと言う | トヨタのテレマティックスやナビゲーション関連の開発の歴史 |
IVI関連では、米国でEntuneというLinuxベースのシステムをすでに発表、導入している | スマートグリッドへの取り組み |
「トヨタスマートセンター20XX年 ~君がいてよかった...~」 |
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トヨタのスマートセンター構想をビデオにしたもの |
現代の自動車はMobile Information Device(携帯情報機器)である | なんでも自分でやろうとするのではなく、ある部分はオープンスタンダードなものを利用し、必要なモノだけ自前で開発するなど考え方を変えることが必要 |
■競争に必要のない部分は標準ミドルウェアで、競争に必要な部分は自分で開発がトレンド
続いて、GENIVI(ジェニヴィ) 会長を務める、BMWグループのゲルハム・シュメトラスト氏は、GENIVIが進めるオープンソースのソフトウェアプラットフォームに関する説明を行った。GENIVIとは、自動車メーカー、IT企業、自動車パーツメーカーなどを中心に設立された業界団体で、自動車向けのオープンソースのソフトウェアの仕様を策定し、それを業界に対して提案している。GENIVIが作成しているIVI向けの仕様は、OSとしてLinuxを採用しており、今回のセミナーに参加した。
シュメトラスト氏は「自動車業界は大きな問題に直面している。エンドユーザーはスマートフォンが実現しているような機能の実装を低コストで求めており、それを実現するのは非常に難しい」と述べた。
そこで、それを実現する手段として「標準のミドルウェアの利用を検討していく必要がある。言うまでも無く自動車業界は競争が激しく、自分で独自の仕様を作るのではなく、業界標準のものを利用することでマルチベンダーで展開することができ、コストも削減できる」と述べ、2016年にはほとんどの自動車においてオープンソースのソフトウェアを採用したIVIが搭載されることになるだろうと予想した。そしてGENIVIはオープンソースコミュニティと協力して標準的な仕様のソフトウェアを開発していると述べ、GENIVI仕様のLinuxは80%が標準的なコードで、20%がGENIVIでカスタマイズしたコードであると説明した。
さらに、GENIVIの役割について触れ「我々の役割は差別化の必要のない部分を標準化することだ。自動車メーカーの差別化の部分は自動車メーカー自身がやればよい」と述べ、あくまでGENIVIは標準化の部分だけを担当しており、HMIなどメーカーが差別化のポイントとすべき部分に関してはメーカーが自由に作ることができると言う、開発コストや開発期間の削減にGENIVIを利用することが役立つとアピールした。
■半導体メーカーのIntelは、ハードウェアだけでなくソフトウェアのソリューションも提供
半導体メーカーIntelの日本法人であるインテル 取締役副社長 宗像義恵氏が、インテルの自動車向け事業への取り組みなどについて説明した。宗像氏は「インテルはもともとPC向けのプロセッサを供給する会社として知られてきた。しかし、今インテルは、すべてのコンピューティングに対して半導体を供給する会社として変わりつつある」と述べ、PCだけでなく、さまざまな機器にプロセッサを供給する会社だとアピールした。
宗像氏は「現在自動車産業は転換点にあり、インターネット、メディア、通信などさまざまな要素が取り込まれようとしている。特にその中でもソフトウェア開発は大きな部分を占めており、そこへの対応が必要になっている」と述べ、自動車産業の関係者に対して、ITの側からどのように取り組んでいくのかということを提案していきたいと述べた。
さらに宗像氏はオープンソースコミュニティとの協力が重要であると指摘。「インテルはここ数年Linuxをはじめとするオープンソースコミュニティとの協力を積極的に行ってきており、そうした取り組みから自動車産業に対して多くの提案ができると思う」と述べ、ハードウェアだけでなく、ソフトウェア面でも顧客に対してさまざまな協力ができるとアピールした。
インテル 取締役副社長 宗像義恵氏 | 自動車業界は転換点を迎えている |
インテルは長年オープンソースコミュニティと協力してきており、経験を蓄積。それがアドバンテージになっている | 自動車産業に対してさまざまな点で協力ができるとアピール |
(笠原一輝)
2011年 12月 2日