NASVA(自動車事故対策機構)は、国土交通省と連携して実施している自動車などの安全性能評価試験「自動車アセスメント」、「チャイルドシートアセスメント」のテスト状況を毎年1回報道陣向けに公開しており、1月17日に行われた今年度分ではチャイルドシートアセスメント試験などについて集中的に紹介を行った。
「自動車やチャイルドシートの安全性はコストや商品性といった観点とは異なり、数ある製品同士を比較することが容易ではありません」とコメントするNASVAの鈴木秀夫理事長 今回の公開内容について、NASVAの鈴木秀夫理事長は「少子化の社会情勢でチャイルドシートに対する関心は高まっています」と語り、NASVAではチャイルドシートアセスメントの結果を紹介するパンフレットを、昨年30万部用意して配布したと言う。
しかし、その一方で2012年に警察庁とJAF(日本自動車連盟)が合同で行った調査では、チャイルドシートの使用率は58.8%にとどまっており、さらに車両にチャイルドシートを用意している場合でも、全体の約6割で固定が甘かったり装着方法が間違ったりなどのミスユースが報告されている。
鈴木理事長は「せっかく安全性の高いチャイルドシートを購入しても、正しく装着されなければ正規の効果は得られない」と述べ、今年度の試験公開でチャイルドシートの正確な利用方法についてアピールすることになった理由を説明した。
自動車アセスメントでは2001年からチャイルドシートの安全性について調査を行っており、今年で12年を数える チャイルドシートの使用率は2007年以降は増加傾向となっているものの、適切に装着されなければ本来の性能が発揮できない チャイルドシートアセスメントの前面衝突試験のテスト方法 乳児用のベッド型と後ろ向き型、幼児用の3種類でテストが行われ、子供の胸部にかかる力や頭部の移動量などが計測される 自動車事故の削減に向けた自動車アセスメントでは、来年の平成26年度から被害軽減ブレーキ(対車両)、横滑り防止装置について評価を始めることも紹介された チャイルドシート前面衝突試験
まず紹介されたのは、チャイルドシートアセスメントの前面衝突試験のテスト風景。本来なら子供のダミーを乗せたチャイルドシート側が前方に移動する形だが、テストではより効率的に調査するため、台座に固定された試験用シートに装着されたチャイルドシートが、後方側に向けて打ち出されるような形態で実施されている。
このときのテストでは幼児用チャイルドシートが試験用シートに固定され、そこに「Hybrid-III 3YO」と呼ばれる身長945mm、体重15.5kgの幼児ダミーが乗せられていた。
テスト実施前の様子。このときはISO FIX(共通取付具)式チャイルドシートがシート上方からテザーストラップを使って試験用シートに固定されていた。テザーストラップではなくサポートレッグ(脚部固定装置)を使う製品の場合は台車側にカーペットが設置される インパクトの瞬間を撮影したハイスピードカメラの映像。ダミーの胸部にかかる圧力、頭部の前方への移動量などが計測されている 圧縮空気で金属製のシリンダーが打ち出され、自動車が55m/hで壁に衝突したときの衝撃が再現される チャイルドシートの取り付け方法が適切でない状態での前面衝突試験
続いて行われたのは、チャイルドシートの取り付け状態による差を紹介するテスト。通常のアセスメントでは行われていない内容だが、チャイルドシートを正しく装着する重要性をアピールするため特別に行われた。
テストでは、1台の車両のセカンドシートに2台のチャイルドシートを設置。助手席側のISO FIX式チャイルドシートは正しく取り付けられているが、運転席側のチャイルドシートは固定で利用するシートベルトが緩んでチャイルドシート自体が動いてしまうような状態となっている。この2つのチャイルドシートにそれぞれ幼児ダミーを座らせ、55m/hのスピードでリジッドバリアにフルフラップ前面衝突させる内容で実施された。
少し見づらい写真となってしまったが、右の助手席側が正しい装着状態、左の運転席側はミスユースでしっかり固定されていないチャイルドシートとなっている 運転席側のチャイルドシートは「TAKATA04-smartfix」を使用。正式なチャイルドシートアセスメントでは乳児・幼児ともに最上位の「優」評価を獲得しているが、今回は固定するシートベルトが見ただけで分かるほど緩んだ状態となっている 車内側のルーフには小型カメラが設置され、衝突時のダミーの動きかたや移動量が記録されるようになっている 助手席側のチャイルドシートはISO FIX式の「TAKATA04- i fix」。本体とベースの着脱ボタン、サポートレッグの長さ調整ボタンの両方にグリーンのシールが見えており、きちんとロックされていることが一目瞭然。こちらの製品もチャイルドシートアセスメントで乳児・幼児ともに「優」評価を獲得している フルフラップ前面衝突の瞬間。取り外されたスライドドアの開口部から、運転席側のチャイルドシートの幼児ダミーが運転席のシートバックにぶつかりそうなほど大きく前方に動き、次の瞬間にはその反動で宙に浮き上がっているのが確認できる 衝突の瞬間を真横から撮影したハイスピードカメラの映像。奥側に映る助手席側ダミーの手と運転席側ダミーの肘がほぼ同じ位置にあるのが確認できる 衝突試験後はNASVAの職員によって車両の状態撮影や、車両に搭載された計測機器からのデータ収集が行われた 運転席側チャイルドシートは大きく前方に投げ出されたあとシートバックまで跳ね返り、クッションでバウンドして最終的に座面中央あたりまで移動している 助手席側チャイルドシートには衝突前と大きな差は見られない。チャイルドシートアセスメントの試験結果と同様の乗員保護効果が出ているはずだ 55m/hでのフルフラップ前面衝突の破壊力を物語るテスト車のフロント部分 このほか、テスト中の準備時間を利用して、自動車アセスメントが行われている日本自動車研究所で使用されるダミーについての解説も実施された。
基本的にダミーは前面衝突、後方衝突、側面衝突の3種類で、さらに前面衝突ダミーは体格別に男性用と女性用の2種類があり、現在では「Hybrid-III」という名称のダミーが世界統一で使われている こちらは側面衝突試験用の「EuroSID-1」ダミー。SIDは「Side Impact Dummy」の略 中央にある腕のないダミーは古い世代の側面衝突試験用ダミー。当時は側面から衝撃を受けたときに腕の当たりかたによって測定結果に誤差が出てしまうことからこの形式となっていた ダミーはマネキンのような見かけだが、実際には詳細なデータを測定する計測機器。衝突試験時には大きな負荷がかかるため、1回試験に使われるたびに分解して壊れている部分がないかチェックされ、再構成した後はきちんとデータを計測できるかの校正チェックが実施される 胸部の圧力センサーをチェックする校正機器。振り子のように決められた角度で鉄球を胸に当て、センサーの出力するデータを確認する 校正チェックの順番を待つダミーたちの足パーツ。1体のダミーが使用後に分解、再構成、校正チェックを受けて再使用可能になるまで約1週間かかる チャイルドシート不使用時の挙動体験
最後に、各参加者がクルマに乗って乳児ダミーを抱き、そのまま40km/hからフルブレーキングする体験会も用意された。単純な感想としては、動かず硬いダミー人形を支えること自体は不可能ではなかった。横抱き状態では重い頭が振り子のように不安定な挙動を示してひやりとしたが、急制動で前方にいった力が戻ってくるタイミングで、幼児ダミーの頭部が胸に飛び込んできて痛い思いをしたぐらいだった。
しかし、これが生身の人間の場合、子供が起きていればじっとしているケースのほうが珍しい。また、不用意に力を入れるとどこかをケガする危険性もある。さらにブレーキングで回避できずに衝突となれば、瞬間的に発生する加重は支えきれない大きさになるだろう。その逆に、急速に普及し始めた被害軽減ブレーキで事故を回避できても、子供が車内で怪我をしてはせっかくの先進機能が宝の持ち腐れになってしまう。現在は6割未満というチャイルドシートの使用率が高まるのを期待せずにはいられない1日となった。
40km/hからのフルブレーキングで幼児にかかる力の大きさを体感する試み(写真でダミーを抱いているのはNASVAのスタッフ) 使用されたのは身長708mm、体重9.0kgの乳児後ろ向きダミー「TNO P3/4」 体験会場に置かれたモニターではさまざまな状況下でのブレーキング時の映像が流されており、幼児ダミーがつかまり立ちしたような姿勢のときには助手席シートバックに頭をぶつけるシーンも紹介された このほか、衝突試験場には3種類のISO FIX式チャイルドシートが用意され、装着体験も行われていた