ニュース

クアルコム、DSRCを利用した安全技術とEVのワイヤレス充電技術に関する事業戦略説明会

スマートフォンと自動車が自動で通信し、歩行者の安全を実現する日

Qualcomm 戦略開発担当副社長 クリス・ボローニ=バード博士
2013年10月16日開催

 Qualcomm(クアルコム)は、スマートフォン向けのSoC(System On a Chip)市場でトップシェアを誇る半導体ベンダだが、近年では自動車向けの事業展開も検討しており、自動車メーカーなどと共同でさまざまな取り組みを行っている。

 そのQualcommで自動車向けの研究開発を統括しているQualcomm 戦略開発担当副社長 クリス・ボローニ=バード博士が、ITS東京2013に参加するため来日したのに合わせて記者会見を10月16日に開催し、同社が現在進めている自動車向けの研究開発事業に関する説明を行った。

欧米市場向けの5.9GHz帯のDSRCを利用した自動車とスマホが自動で通信する実証実験

 Qualcommは、スマートフォン向けのSoCのトップベンダとして知られている。Qualcommを知らないユーザーでも、同社の製品をすでに持っている可能性は高い。と言うのも、iPhone以外のスマートフォンに採用されているSoCはほとんどが同社製だからだ。例えば、Samsung ElectronicsのGalaxyシリーズ、ソニーモバイルのXperiaシリーズの日本向け製品のほとんどは同社のSoCであるSnapdragonシリーズを採用しており、現在日本で現行機として販売されているiPhone以外のスマートフォンのほとんどは同社のSnapdragonシリーズを採用しているのだ。もちろん日本以外でも状況は同じで、特に先進国向けのハイエンドスマートフォン向けの市場ではほぼ独占的とも言ってよいほどのシェアで他社を大きく引き離している。

 そうしたQualcommが目を向けている次の市場が自動車向けの半導体だ。というのも、自動車は現在情報化の過程にあり、今後インターネットに接続してさまざまな情報をやりとりする情報システム化が進むと考えられているからだ。平たく言えば、現在スマートフォンやタブレットでできているようなことが、自動車の中でできるようになる、ということだ。このため、スマートフォン向けのSoCのトップベンダであるQualcommにとっても、親和性の高い市場だと言える。

 そのQualcommで自動車向けの研究開発を統括しているQualcomm 戦略開発担当副社長 クリス・ボローニ=バード博士は「当社では現在いくつかの分野で自動車向けの技術を開発している。大きく分けると、当社の強みである無線技術を利用した情報や安全を自動車にもたらす研究、そしてもう1つが無線を利用した電気自動車(EV)の充電技術の研究だ」と述べ、同社が現在力を入れて研究している2つの分野に関しての解説を行った。

 バード博士が最初に説明したのは、無線を利用した安全技術についてだ。バード博士は「現在ホンダなどいくつかの自動車メーカーと共同で、スマートフォンを利用したV2Pと呼ばれる自動車と歩行者間で自動で通信を行うことで、歩行者の安全性を高める実証実験を行っている」と述べ、その具体例についての解説を行った。

Connected Vehiclesと呼ばれる、インターネットに接続された自動車には新しいビジネスチャンスがある
DSRCに対応したスマートフォンが道路に近づいていることを検知すると、そのことをドライバーに通知する
ドライバーにブレーキを踏むように通知を出すだけでなく、自動で停止させることもできる
歩行者が持っているスマートフォンには、自動車が近づいていることがアラートとして表示され注意が促される
イメージとしてはこのようにスマートフォンと自動車がDSRCを通じて自動で通信をする
自動車が後退してくる状況で歩行者が気がついていなくても、歩行者にアラートで注意を促す

 バード博士によれば、道路での事故で亡くなった歩行者は全世界で120万人にも達しており、そうした事故を減らすことは交通事故を減らすという観点から非常に重要なのは言うまでもない。そこで、現在Qualcommが米国のデトロイト近郊で行っている実験では、DSRC(Dedicated Short Range Communication)という規格の無線を利用して、自動車と歩行者が持っているスマートフォンが自動で通信し、歩行者が近づいていることを自動車に通知し、自動車は自動で停止したり、逆に歩行者のスマートフォンに自動車が近づいていることを知らせたりして注意を促す仕組みになっている。

 バード博士は、現在の自動車全体のうち1年間で新車になる割合が5~10%程度だとし「一般的に考えれば、すべての自動車が新車になるまで10年かかるので、こうした新しい技術が普及するのには10年かかることになる。しかし、DSRCはアフターマーケットの機器という形で後付けすることが可能なので、もっと速いペースで普及させることができる」と述べ、アフターマーケットで機器を提供できることもメリットの1つだとした。

 QualcommではこのDSRCの機能を、同社が提供するスマートフォン向けWi-Fi(無線LAN)のコントローラに組み込んでプロトタイプのスマートフォンを作り、実証実験をしているという。なぜそのようなことが可能なのかと言えば、DSRCで利用されている無線技術は、IEEEという米国の標準化団体で規定されており、Wi-Fiの規格であるIEEE802.11の拡張規格となるIEEE802.11pとして規定されているからだ。このため、Wi-Fiのコントローラにちょっとした改良を加えて、アンテナをDSRCが利用する周波数に対応させることでサポートできるからだ。

 ただし、今回Qualcommが利用しているDSRCの周波数は5.9GHz。この5.9GHzは米国と欧州で承認されている周波数となり、日本のDSRCを利用したITSスポットの5.8GHzとは周波数が異なる。Qualcommの関係者によれば、現在日本のITSスポットでは今回のQualcommが実証実験しているような使い方は認められていないという。従って、今後日本でも同じような実験を行う場合や、将来的に実用化する場合には、周波数の割り当ても含めて議論していく必要があるとのことだった。このため、今回の記者会見に関しても、日本のユーザー向けというよりは、グローバルにビジネスを展開している日本の自動車メーカー向けという狙いがあると考えることができる。

 バード博士は「実際に実証実験をしてみていくつかの課題が見えてきた。例えば、スマートフォンにDSRCの機能を実装するのはよいが、実装した結果バッテリーが持たなくなってしまったり、それによって値段が上がったりしてしまったら使ってもらえない。また、建物の中にあるスマートフォンに対しては危険性がないのでアラームを出す必要がないが、現在の技術では無線が建物の中にも入ってしまうので、反応してしまう。それ以外にもGPSは郊外であれば機能するが、都市部では大きなビルがあるので正確な場所をつかむのは難しい。今後はこれらの課題に対して1つ1つ対処していく必要がある」と述べ、実際に見えてきた問題について説明した。

すでに自車の周囲の状況をチェックするカメラなどの装着は進んでいるが、自動車と自動車、自動車と歩行者というソリューションはこれから
DSRCの研究は日米欧の3つの地域で研究が進んでおり、日本では5.8GHz帯を利用したITSスポットとして、Qualcommが研究しているのは欧米で利用される5.9GHz帯での実証実験
スマートフォンを利用したDSRCの実験では、スマートフォンにDSRCを搭載してどのような影響があるのかチェックしている
DSRCの周波数をサポートするスマートフォンを試作して実証実験を行っている
DSRCをスマートフォンに実装するにはコストや消費電力などいくつかの解消すべき課題も見えてきた。現在はその課題を解消すべく研究開発が進められている
解決策としては、スマートフォンに機能を増やしたり、DSRCの機能をWi-FiやスマートフォンのSoCに組み込んだりといったことなどが検討されている。さらにはGPSやWi-Fiを利用した位置精度も向上させる必要がある

EV向けワイヤレス充電技術「Halo(ヘイロー)」とは

 バード博士は、Qualcommが力を入れて研究している自動車向けの技術として、ワイヤレス充電の仕組みについても説明を行った。バード博士は「現在もガソリン価格の高騰は続いており、今後もその傾向は変わらないだろう。また、地球温暖化への影響もあり今後も電気自動車への興味は高まっていくと考えられている。そこで、我々は電気自動車のワイヤレス充電についての研究を進めている」と述べ、同社が研究開発を進めるHalo(ヘイロー)と呼ばれるワイヤレス充電を紹介した。

 バート博士はHaloのビデオを紹介した後で「我々のHaloは自動車メーカーが求めるワイヤレス充電の基準を満たすものとなっている。具体的には安全性、効率などを追求している。例えば、異物や動物が入った時に自動で停止する機能などを追加している」と述べ、同社のワイヤレス充電の概略を説明した。また、同社がスポンサーとなって来年から開始される予定の電気モーターを動力源としたフォーミュラーカーレース「Formula E」についても言及し、同社のワイヤレス充電の技術がそうしたレースシーンでも実証実験に利用されているとアピールした。

 バード博士は「ワイヤレス充電の短期的なメリットは、言うまでもなく電気自動車をケーブルから解放できること。そして中期的には、公共スペースから充電ステーションをなくすることができるので、街をより綺麗にすることができることだ。さらに長期的な観点からは道路におけるワイヤレス充電を実現することで、電気自動車に搭載するバッテリーを小さくすることが可能になる」と述べ、今後は単にワイヤレスの充電を実現するだけでなく、街中、そして道路にもワイヤレス充電を実現することで、よりスムーズな交通環境を実現できるとした。

Qualcommのワイヤレス充電「Halo(ヘイロー)」
イメージとしてはこのようにケーブルなしでステーションから電力を充電することができる
給電側のイメージ
将来的には道路の中に給電ステーションを埋め込んでいく
Qualcommが考えているワイヤレス給電の条件。基本的には現在自動車メーカーがケーブルで実現している電気自動車の充電をワイヤレスに置き換えていく
異物や動物が入った時に自動で充電が停止する仕組みなど安全にも配慮した仕組みに
FIAが来年より始める電気モーターを動力源としたフォーミュラ-カーレース「Formula E」にQualcommはテクノロジーパートナーとして参画する

(笠原一輝)