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クアルコム、車載無線給電技術の開発状況を説明

新しいコイル技術により3.3kW~20kWの大電力を無線給電可能に

 スマートフォン向けの通信モデムやSoC(System on a Chip)でトップシェアの半導体メーカーであるクアルコムは、11月にWeb電話会議を開催。その中で同社が自動車業界に提案している自動車向け無線給電技術の概要や現状などについて説明した。

 日本市場でも、日産自動車の「リーフ」やテスラモーターズの「モデル S」のようなEV(電気自動車)のほか、トヨタ自動車の「プリウスPHV」のようにハイブリッドカーながら充電可能なPHV(プラグインハイブリッドカー)も出てきている。PHVの“プラグイン”という言葉が示すように、現在はそうした車両に対する給電に有線のケーブルが必要になっており、必ずユーザーが能動的にケーブルを接続する必要がある。

 そうした課題を克服する手段として注目されているのが「無線給電」だ。無線給電技術を利用すると、EVやPHVを駐車場に止めているときに、ユーザーがなにも作業をしなくても勝手に充電が行なわれるので、有線と比べて使い勝手が大きく向上する。また、将来的には、例えば高速道路などのインフラに充電装置を埋め込むことで走行しながらの充電も可能になり、現在のEVが持つ最大の課題と言える走行距離を飛躍的に伸ばすことができ、EVの普及に弾みがつく可能性がある。

持続可能な社会を目指すにはEVやPHVが重要に

 クアルコム ジャパン シニアディレクター ビジネスディベロップメントの小沢幸雄氏は「現在、世界で11億台の自動車が走っているが、今のままで成長していけば2050年には25億台に増えると予測されている。それらすべてをガソリン車でまかなうのは厳しく、EVやPHVなどをこれまでよりも普及させていく必要がある」と説明する。実際に日本市場だけでなく、今や世界最大の自動車市場になった中国でもEVやPHVのニーズは高まっており、出荷台数も増え続けている。日本の場合には、2011年の原発事故に端を発する電力危機もあって「電力の安定供給をどうするか」という議論は残るが、それに目処が立つようであればEVやPHVは持続可能な社会の実現に必要なピースと言える。

 しかし、そのEVやPHVの普及に向けたハードルと言われているのが「給電の問題をどうするか」だ。というのも、現在のバッテリーは容積あたりの蓄電容量に限界があり、それがこれから先も急速に増えるという可能性は低い。バッテリーに蓄えられた電気が尽きたあともガソリンエンジンを動かして走り続けられるPHVは別にしても、EVの場合はバッテリーの電気がなくなる前になんらかの手段で充電する必要がある。

 現在のEVやPHVの場合、有線接続される充電器を利用して電気を供給し、バッテリーに充電する。日本では「CHAdeMO(チャデモ)」方式の急速充電器の規格などがよく知られており、EVやPHVなどに広く採用されている。有線方式が優れているところは充電が確実に行なえるところで、ケーブルを接続すれば誰でも簡単に利用できることだ。

 逆に、その弱点も「ケーブルを接続すれば」という点にある。例えば、自宅に充電器を設置しているEVのユーザーが夜に帰宅して、翌日の出勤に向けて充電しないといけないのに、ケーブルをつなぎ忘れて家の中に入ってしまった場合、翌朝になってバッテリーの充電量が足りず、職場までたどり着けないというトラブルが起こりうる。また、有線では設置されている充電器の近くに車両を止めておかなければ充電できないという点も課題となる。

 無線給電の場合はこうした有線の弱点がカバーできる。自宅の駐車場に無線給電の仕組みを導入しておけば、夜に帰ってきてEVなどを駐車場に入れておけば、無線給電で自動的に充電が行なわれ、翌朝出かけるまでに充電が終わっているという使い方が可能になる。また、例えば高速道路に無線給電の仕組みを導入すれば高速道路を走りながら充電が可能になるし、コインパーキングで無線給電の仕組みを採用すると、追加オプションで充電するといった提案もできるようになるのだ。

スマートフォン向けのSoCやモデムで有名なクアルコムが車載無線給電技術を開発

 そうした自動車向けの無線給電の仕組みを開発しているのが、米国のサンディエゴに本社を構える半導体メーカーのクアルコムだ。クアルコムはスマートフォン向けのSoCやモデムでトップシェアの半導体メーカーで、ITの世界では今や世界最大の半導体メーカーであるインテルと並び称されるほどのトップメーカーとなっている。そのクアルコムは元々ファブレス(工場施設を所有せず、外部のファウンダリーと呼ばれる製造業者を利用して製造する業態のこと)の半導体メーカーで、研究開発費の多くを技術の開発そのものに投資してきた歴史がある。

 今回クアルコムが解説を行なった自動車向けの無線給電技術もそうして開発されたもので、クアルコムが開発し、自動車メーカーや「ティア1」と呼ばれる部品メーカーに採用を呼びかけている技術となる。クアルコム ジャパンの小沢氏は「クアルコムはこれまで要素技術の開発を続けてきた。その要素技術の開発がかなりいい段階に来ており、今回ホワイトペーパーの形で公開することにした」と説明する。

 クアルコムの本業はスマートフォン向けのSoCやモデムといった半導体事業だが、この車載向け無線給電技術はなんらかの半導体を作ってそれを販売するという形ではなく、「あくまで技術を開発し、それを提供していく形となる」(小沢氏)ということなので、どちらかと言えば、自動車メーカーに対して、IPのような形で提供していくビジネスモデルになる可能性が高い。

バッテリーよりも前、特に電磁誘導のためのコイルの技術開発を進める

 今回クアルコムは車載向け無線給電技術に関する複数の発表を行ない、大きく3つの観点からまとめた以下のホワイトペーパーを公開している。

(1)Wireless Charging Ready for Burgeoning Mass Market in EVs(邦訳:ワイヤレス給電、急拡大するEV量産市場への準備万端 PDF)
https://www.qualcomm.com/documents/wiseharbor-spotlight-report-1-efficacy

(2)WEVC Requires Many Technologies with Well-Integrated Systems and Supply(邦訳:WEVC開発には様々な要素技術と洗練された統合化技術、そして業界へのこれら技術ノウハウの提供が必要 PDF)
https://www.qualcomm.com/documents/wiseharbor-spotlight-report-2-system

(3)Wireless EV Charging made Safe with Foreign Object Detection and Living Object Protection Systems(邦訳:EV ワイヤレス給電を安全にする異物検出、生体保護システム PDF)
https://www.qualcomm.com/documents/wiseharbor-spotlight-report-3-safety

(1)は無線給電の概要について、(2)はクアルコムが開発して自動車メーカーや業界などに提案している要素技術について、(3)は充電器と自動車の間に異物や動物などが入り込んでしまった時の安全装置についての説明となる。自動車メーカーのエンジニアなど詳細にまで興味がある方にはリンク先をご覧頂くとして、ここでは概要を紹介していきたい。

クアルコムが開発している車載無線給電技術の範囲。(1)~(5)の分野を技術開発し、自動車メーカー各社が取り組んでいる(6)バッテリーに供給する(出典:クアルコム)

 クアルコム ジャパン シニアエンジニアの河島清貴氏によれば、スライドで示している(1)~(6)のうち、(6)のバッテリーはすでに自動車メーカーがEVやPHV、ハイブリッドカーなどで取り組んでおり、そこはクアルコムとして取り組む必要がないと考え、(1)~(5)の要素技術の開発にフォーカスしているという。特に注力しているのは、図で言うと(2)の送電側パッド(路面側に設置される電気を送る送信装置)、(3)の電磁融合結合、(4)の受電側パッド(自動車側に設置されて電気を受ける受信装置)の3つに力を入れているという。河島氏は「クアルコムが力を入れているのは特にコイル部分の開発。DDコイル、バイポーラコイルと呼ばれる技術を20年に渡り開発してきた」と説明する。

 クアルコムが採用している無線給電の技術は、いわゆる「電磁誘導方式」と呼ばれる方式。電磁誘導方式による無線給電は、2つのコイルの間に磁束(磁場の流束のこと)を発生させ、それを媒介にして送電する仕組みになっている。

クアルコムが公開した、DD(ダブルディー)コイルとバイポーラコイルのイラスト。従来のサーキュラーコイルと比べて倍の効率を実現している(出典:クアルコム)

 河島氏によれば、DDコイルというのは車両側の受電パッドに使われるコイルで、2つのコイルが8の字のような形で1つのコイルになっている形状のこと。これによりパッドのサイズが同じであると仮定すれば伝送できる容量が2倍になり、逆に送電できる電力を同じにすればパッドのサイズを40%小さくできる。また、伝送効率の改善で素子やケーブルの選定などによりコストも10%程度の削減が可能になるという。

 バイポーラコイルはDDコイルを応用したもので送電側パッドに利用される。やはり2つのコイルが8の字に搭載されており、DDコイルおよび従来型の受電側コイルになるサーキュラーコイルに対しても送電可能であることが特徴となっている。

 また河島氏は「無線給電ではクルマの進行方向だけでなく、位置や高さに対して余裕を持つかが重要になる。そうしないと位置ずれの許容度が下がってしまうからだ」と述べ、パッドとパッドが多少横方向にずれたり、あるいはSUVのように車高の高いクルマ、スポーツカーのような車高の低いクルマが来ても対応できることが大事だと語る。このためクアルコムの無線給電技術には、位置のずれを検知するとユーザーに効率よく通知するアルゴリズムや電力の伝送をシステム全体で制御するアルゴリズムなどが入っており、それらによって効率をより高めることができるという。

 このDDコイルとバイポーラコイルを利用すると、3.3kW~20kWといった大電力の送信が可能になるとクアルコムでは説明している。

異物検出、生体保護の2つの仕組みを導入。検知するとすぐに停止する安全装置

FOD(異物検出)、LOP(生体検出)という2つの安全装置(出典:クアルコム)

 そしてもう1つの重要なポイントが、無線給電時の事故を抑止する安全装置だ。というのも、「Qi」や「AirFuel」といった小型電子機器向けの無線給電の仕組み(現在販売されている製品は大きくても10W程度)と比較して、自動車の無線給電は3.3kW(=3300W)~20kW(=2万W)と、小型電子機器向けの無線給電から2桁~3桁も大きな電力を送電するので、小型電子機器では問題にならない程度の異物が混入した場合、あるいは生体(例えば動物とか人間とか)がパッド間に入り込んでも安全性が担保される必要がある。

 河島氏によれば、クアルコムが提案している無線給電には、FOD(Foreign Object Detection、異物検出)、LOP(Living Object Protection、生体保護)という2つの仕組みが入っているという。前者は金属などが送受信パッド間に入り込んでしまった場合への備えで、後者は生体(人間や動物など)が送受信パッド間に入り込んでしまった場合の備えになる。

FODの仕組み。パッドに電気ループのアレイが作られ、異物が来るとループの電流値が変わって検知する(出典:クアルコム)

 FOD(異物検出)では地上の送電側に電気ループのアレイが作られており、ループの電流値が変わることで異物の存在をパッドが検知する。河島氏は「アレイを作るだけではダメで、検知したいものの大きさによってアレイの数なども変わるといったノウハウが必要になる」と述べ、具体的などんなものを検知したいかによって設計が変わるという。

LOPでは動物や人間などが来たときに、それを電磁場の解析で検知する(出典:クアルコム)

 LOP(生態保護)では電磁場解析で人体や動物などを検出するという。河島氏は「クアルコムはモバイル機器での経験があり、人体への影響を調査することは得意分野で解析が進んでいる」と述べ、スマートフォンなどでの経験がLOPの開発に役立てられていると説明する。

 なお、クアルコムのシステムでは、FODやLOPで異物や生体が発見されるとすぐに送電を停止して安全性を確保する。ただし、その異物なり生体が排除されて安全が確認できたときに自動復帰することを目指してアルゴリズムの開発を進めているとのことだった。

自動車メーカーは標準規格の策定を待って実用化を目指す

車載向け無線給電技術は1つの要素技術だけでは実現できない。複数の技術を組み合わせて実現していき、規格の策定やインフラ構築など取り組むべき課題は多い(出典:クアルコム)

 こうしたクアルコムの車載向け無線給電の仕組みだが、冒頭でクアルコム ジャパンの小沢氏が述べたように技術的にはかなり成熟しつつあり、実用化に向けて進んできているというのが現状になる。

 ただし、今後の実用化に向けてはいくつかの課題がある。例えば自動車メーカーがどのようなビジネスモデルを作っていくのか、あるいは普及には避けて通れないインフラの整備(駐車場での送電側パッドの設置など)を誰のコストで行なうのかなどが課題になる。特に後者は、常に“鶏と卵の議論”になりがちな部分なので、政府などがイニシアチブをとって進めていく必要があるだろう。そのためには、無線給電が必要だということを世論に対して訴えていくことがなによりも重要になる。

 現在自動車メーカーは標準規格が策定されるのを待っている段階だと小沢氏は説明する。「米国ではSAE、欧州ではIEC/ISOなどで標準規格の策定が進められている。クアルコムからもメンバーを参加させており、規格策定に積極的に関わっている」として、クアルコムも規格策定を後押ししているとのことだった。

 EVやPHVなどの本格的な普及に、無線給電が後押しになることは論を待たないと思う。今回紹介したクアルコムの例のように基本的な技術は成熟しつつあり、あとは規格が決まればそれを元にして、自動車への搭載やインフラ側の普及などが始まっていくと考えられる。

 例えば都心のマンションなどの場合、駐車場がタワーパーキングになっていることが多く、個々のトレイを有線の充電器に対応させるには技術的な困難が多い。しかし、それが無線になれば低コストでの対応が可能になると考えられるだけに、そうした理由からEVやPHVなどに乗り替えられないというユーザーニーズに対応できる。そうした意味でも無線給電は日本のユーザーにメリットが多い技術とも言えるだけに、今後の動向に期待したいところだ。

(笠原一輝)