ニュース
国際学会「International Symposium on Sustainability」リポート
(2015/10/27 00:00)
- 2015年10月16日~17日(現地時間)
- 会場:ヴェネツィア国際大学(Venice International University、VIU)
ヴェネツィア国際大学(Venice International University、VIU)は10月16日~17日(現地時間)、イタリア ヴェネツィア市にある同大学のキャンパスにおいて、サステナビリティ(持続可能性)に関する国際学会「International Symposium on Sustainability」を開催した。同大学は日本の早稲田大学などを含む世界の16大学が参加している研究機関で、人類学や社会学などのコースを学生に提供している。
自動車のシートや内装の素材として利用されている「アルカンターラ」を提供しているイタリアのAlcantara S.p.A.の後援で行われた同イベントでは、自動車メーカーや世界各国でサステナビリティに関して研究している大学の研究者などが参加して、発表や討論などが行われた。
初日となった10月16日(現地時間)には、アジアにターゲットを絞った発表が行われ、早稲田大学の大聖泰弘教授、中国 清華大学の呉燁(イー・ウー)教授、京都大学 経営管理大学院 特命教授で井之上パブリックリレーションズ 代表取締役社長の井之上喬氏による講演が行われた。
サステナビリティを企業の経営に取り入れていくことが競争上で重要になる
冒頭で開幕の挨拶を行ったヴェネツィア国際大学 学長のウンベルト・ヴァッターニ氏は「2014年にもアルカンターラの協力により同じ国際学会を開催して成功を収めた。そこで、今年も引き続き2回目を開催することにした。自動車業界にとってはサステナビリティを実現していくことが重要な課題となっており、それらに関してさまざまな議論ができればと期待している」と述べた。
サステナビリティというのは、限りある資源を上手に使いながら産業や文明を持続的に成長させていくことと定義できる。例えば、化石燃料はいつか尽きてしまう資源であり、その前になんらかの別のエネルギーなどに移行したり、化石燃料への依存を下げたりしなければ、産業としての自動車産業が成り立たなくなる可能性がある。このため、自動車メーカーはハイブリッド車や燃料電池車などの開発に取り組んでおり、すでに市場に登場している技術も多い。
しかし、どの業界もそうだが、そうした新しい技術が普及するには、常に「鶏が先か、卵が先か」というジレンマに直面する。例えば燃料電池車であれば、普及には水素を供給する水素ステーションというインフラの構築が必要だが、そのインフラが構築されるためには、需要となる燃料電池車が多数必要になる。しかし、最初はどちらもないので普及が進まない……。そんな議論ばかりが起き、先に進まない状況が発生することもある。それをどのようにクリアしていくのかなどについて、さまざまな議論が必要になる。VIUが開催している今回の国際学会では、そうした自動車のサステナビリティに関してさまざまな議論が行われるとヴァッターニ氏は説明した。
次いで登壇したのは、今回の学会のスポンサー企業となるアルカンターラの会長兼CEOであるアンドレア・ボラーニョ氏。アルカンターラはイタリアに本社を構える企業だが、資本は日本の東レが70%、三井物産が30%という日本資本のイタリア企業になる。アルカンターラが製造、販売しているアルカンターラ素材は、自動車のシート表皮、インテリアトリムなどに利用されていることが多い。このアルカンターラ素材は東レが開発して販売している「ウルトラスエード」という人造皮革と同じ技術を起源にしており、それをアルカンターラが独自に発展させて現在に至っている。現在では自動車以外でも、ファッション、家電製品などさまざまな製品に利用されることも増え、自動車ではアウディやメルセデス・ベンツ、マセラティといった高級ブランドで採用されることが多い。
ボラーニョ氏は「アルカンターラはもちろん営利企業で、グローバルな市場で激しい競争をしている。しかし、サステナビリティを追求することが他社との競争にも役立つと考えており、真剣にサステナビリティの追求に取り組んでいる。今回の学会が産業界全体のサステナビリティの理解につながることを期待したい」と述べ、学会で議論されることで、自動車業界全体でサステナビリティに関する理解が進むことが目的であるとしている。
アルカンターラはサステナビリティについてかなり力を入れて取り組んでおり、国際機関の認証ガイドラインも取得して全社でサステナビリティの実現に取り組んでいる。例えば生産量が5%増えていながらエネルギー消費の増加を2%に抑えるといったエネルギー効率の改善、サプライチェーンまで含めた環境への改善取り組みなどを行って「サステナビリティレポート」としてまとめ、外部にも公開している。そうした取り組みを行っていることもあり、今回の学会でも後援を務めることになったということだ。
政府、自動車メーカー、研究機関が共同してエミッション削減を実現
早稲田大学 理工学部の大聖泰弘教授は「Far-Reaching Environmentally Friendly Motor Vehicle Technologies Eying 2030 and Beyond(2030年以降を見据えた環境適合自動車技術の展望)」と題した講演を行い、サステナビリティを実現するのに必要な自動車の技術やインフラの構築などに関する説明を行った。
大聖教授は、自動車産業でサステナビリティを実現するには3つの論点があると指摘した。1つ目はガソリンやCO2排出量などの削減を既存のガソリンやディーゼルエンジンで実現する技術。2つ目はハイブリッドカー、燃料電池車、EV(電気自動車)などの自動車の開発。3つ目はIT技術の活用などでより効率の高い交通インフラの構築であると語り、それぞれについて解説した。
最初のガソリンエンジン、ディーゼルエンジンの燃費やエミッション低減という効率改善という点では、日米欧でさまざまな取り組みが行われていることを紹介し、特に中国、インドという現在も発展を続けている市場における取り組みが重要になると指摘した。その具体的な改善例として、直噴、ミラーサイクル、リーンバーンなどの新しいコンセプトを持つエンジンや、CVTやDCTなどの新型トランスミッションなどを使い、自動車メーカーにより改善が続けられていると説明した。また、日本での取り組みについて、政府などの補助によりそうした技術の開発が進んでいるとした。さらなる改善の余地としては、熱交換に取り組むことが効率アップにつながると説明している。
2つ目のハイブリッドカーなどの現状の取り組みについての解説では、現在のグローバルでの平均燃費が20km/Lであると紹介。2050年には50km/Lを実現するべく、さまざまな燃費向上技術を検討すべきだと指摘した。大聖教授はそれぞれ自動車のパワーユニットの技術を紹介するなかで、どれか1つが決定的に優れているということはなく一長一短であり、2050年の段階でもガソリン、ディーゼル、ハイブリッド、プラグインハイブリッド、燃料電池といったパワーユニットが混在することになると予想するデータを紹介した。
また、ガソリン消費量の削減、エミッション(CO2や排出ガスなどのこと)の削減といった目標を達成するには、自動車メーカーだけの努力だけでは実現できないと大聖教授は指摘し、「政府、自動車メーカー、そして大学などの研究機関の3者が協力して研究を進め、ガソリン消費量の削減やゼロ・エミッションを実現する必要がある」と述べ、3者が協力してIT技術やインフラなどを拡張しながら実現していく必要があるとした。
自動車だけでなく発電所まで含めたエネルギー供給システム全体で考える必要がある
中国 清華大学 環境学院のイー・ウー教授は、中国における自動車産業の現況やエネルギー削減、CO2排出などを削減する取り組みを説明した。
ウー教授は「中国の自動車台数は右肩上がりで増えている、2020年には2億台から2億5000万台に達し、2030年には3億5000万台~5億台に達するだろう」という見とおしを明らかにし、今後も中国の自動車市場が伸び続ける予測であることを明らかにした。ただし、その半面で中国が直面している問題も多数あると述べ、現時点ではエネルギー安全保障上の問題として、エネルギー消費全体に対しての石油への依存率が59%と高く、CO2やN2Oなど気候に影響を与えるエミッションの排出量が増え続けており、日本でも話題になっているPM2.5の問題など、サステナビリティの観点からは大きな問題を抱えていると指摘した。例えば、石油への依存という観点からすると、このまま自動車が予想どおりに増え続けていくと、エネルギー消費全体に対する石油への依存が70~80%に達してしまうことなどを指摘した。
ウー教授によれば、中国でもそうした問題への認識は官民ともに高く、すでにEVやEVバスなどの導入が進んでいるとのこと。例えば、EVやプラグインハイブリッドカーは2014年から急速に普及が進んでおり、2015年はすでに前半の段階で2014年とほぼ同じ程度の台数を販売。これに合わせて行政側の取り組みも進んでいて、充電器を設置するなどのインフラの充実に取り組んでいることなどが説明された。
今後、EVやプラグインハイブリッドカーなどの導入が急務となっている中国だが、現実問題としては、発電所の方式なども考慮に入れながらEVやプラグインハイブリッドカーを導入していかなければ意味がないとウー教授は指摘する。中国の発電所は現在でも多くが石炭を使う火力発電となっており、例えば北京がある中国北部ではほとんどの電力が石炭火力発電所由来になっている。逆に上海がある南部では、石炭火力発電への依存度が低くなっているという。このため、例えば北京地方でEVやプラグインハイブリッドカーを増やしてもエミッションの削減という観点では効果が小さく、逆に上海のように石炭火力発電への依存が小さいところではエミッションの削減が期待できるとした。
ウー教授は「EVやプラグインハイブリッドカーを増やせば(それだけで)石油依存やエミッションを減らせるということではない。社会のインフラを含めてトータルで考えなければサステナビリティは実現できない」と述べ、自動車メーカーだけでなく、その地域にあわせたEV、プラグインハイブリッドカー、燃料電池車などの割合を考えていくべきだと指摘した。
江戸時代から続く日本のサステナビリティの取り組みを紹介
京都大学 経営管理大学院 特命教授で井之上パブリックリレーションズ 代表取締役社長の井之上喬氏は、「Japan's Tradition of Sustainability」(日本の伝統的なサステナビリティ)と題する講演を行った。
井之上氏は日本が直面する自然の脅威として、台風、地震、火山などを挙げ、日本がそれらに適合しつつ持続可能な社会を作ってきたと紹介した。例えば江戸時代では人糞を畑の肥料として使ったり、中古の服を仕立て直して売買したり、紙を再生紙として和紙に再利用するといったリサイクルの仕組みを確立していたと説明した。また、現代でも「都市鉱山」という言葉に代表されるように、使えなくなったIT機器(PCやスマートフォンなど)から希少金属を回収して利用する取り組みなどを行ってきた歴史を紹介した。
このほかに日本の企業が古くから存続している例として、578年創業で現存するなかでは世界最古の企業とされる日本の建築会社「金剛組」を紹介し、578年に聖徳太子の命によって四天王寺の建築に関わり、その後も戦禍などで四天王寺が焼けるたびに修復に関わってきたという歴史などを紹介した。その上で「今後、大量消費はサステナビリティに置きかえられ、経済性と環境性、そして社会性が共存する社会になっていくだろう」と述べた。さらに、2011年の東日本大震災の後に、トヨタ自動車の子会社であるトヨタ自動車東日本が宮城県大衡村に建設した新工場について触れ、1600人もの雇用を産み、地域再生に貢献していることなどを説明した。
その上で、日本政府の燃料電池車への取り組みなどについて説明。水素ステーションの整備について2015年に100ステーション、2020年までに1000ステーション、2030年までに5000ステーションが計画されており、日本国内で燃料電池車への興味が高まっていることなどを説明した。また、すでにトヨタが燃料電池車「ミライ」の販売を開始し、本田技研工業もFCV販売を開始する予定であることなどを説明した。
トヨタ「ミライ」の開発責任者がビデオレターで登場
最後に、トヨタ自動車 MIRAI開発責任者 田中義和氏のビデオメッセージが流された。同時期にドイツでのミライ発表会に参加していたという田中氏は「持続可能なモビリティ社会の実現は、自動車産業にとって大事なこと。トヨタの環境に対する哲学は、我々の創始者である豊田佐吉の言葉『企業での役割の上下なく社会に貢献する』に基づいており、1990年代からプリウスの販売を開始するなど社会に受け入れられる代替エネルギーによる自動車の開発に取り組んできて、現在では30車種に登るハイブリッドカーを発売している。ミライはそれに続く取り組みで、燃料電池を利用して約550kmもの航行距離を実現している。トヨタでは次の100年を見据えてインフラの構築にも力を入れており、6000にのぼる特許を公開することを決定したほか、水素ステーションの設置などにも力を入れていきたい」と述べ、今後もトヨタ自動車としてサステナビリティの実現に力を入れていくと説明した。