ニュース

【インタビュー】アルカンターラCEOにサステナビリティに取り組む意味を聞く

Alcantara S.p.A. 会長兼CEO アンドレア・ボラーニョ氏。国際学会「International Symposium on Sustainability」が行なわれたヴェネツィアの街をバックに撮影

 Alcantara S.p.A.(以下:アルカンターラ)は、「アルカンターラ」のブランド名で素材を提供しているメーカーで、自動車のシートや内装の素材として採用されている。

 アルカンターラは日本の東レが1970年代に開発したスエード調人造皮革に源流があり、それをアルカンターラがイタリア発のブランドとして発展させて現在に至っている。

 同じ技術から発展した東レ自身のブランドである「ウルトラスエード」がより幅広い価格帯を狙っているのに対して、アルカンターラは高級路線を狙ったブランドになっており、「アウディ」や「ランボルギーニ」「メルセデス・ベンツ」といった高級車に多く採用されているのが特徴となっている。アルカンターラは当初はイタリアと東レの合弁企業としてスタートしたが、現在は東レ70%、三井物産30%が株主となっている日本資本のイタリア企業となっている。

 そのアルカンターラを率いるのがアルカンターラ 会長兼CEO アンドレア・ボラーニョ氏。ボラーニョ氏はイタリアブランドとサステナビリティ(持続成長性)を前面に押し出す経営を行なっており、10月の半ばにはその後援によりヴェネツィア国際大学で国際学会「International Symposium on Sustainability」を開催するなど、積極的な取り組みを進めている。そのボラーニョ氏に、アルカンターラの経営方針などについて伺ってきた。

http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20151027_727487.html]" id="contents-section-2">
国際学会「International Symposium on Sustainability」リポート[http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20151027_727487.html
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20151113_730506.html]" id="contents-section-3">
国際学会「International Symposium on Sustainability」リポート(2日目)[http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20151113_730506.html

東レが開発したスエード調人工皮革の技術が源流となるアルカンターラ

アルカンターラを使用したシートの例

 アルカンターラの歴史は1970年代にさかのぼる。日本の素材メーカーである東レの研究者 岡本三宣博士がスエード調人工皮革の技術を開発し、その特許を1970年に取得した。そして、その2年後となる1972年にアルカンターラの前身となるアントールがイタリア資本と東レの合弁企業としてイタリアに設立され、岡本博士が開発したスエード調人工皮革をアルカンターラのブランド名で製造、販売を開始したのだ。その後、アルカンターラへと社名を変更し、1995年に資本比率が現在の東レ70%、三井物産30%へと変更され、東レの子会社として運営されるようになり今に至っている。

 では、アルカンターラは東レが自前のブランドで展開している「ウルトラスエード」と一緒でブランド名が違うだけなのかと言えば、「そうではない」とボラーニョ氏は説明する。

「技術の源流は岡本博士が開発したもので、スタートの時点では完全に一緒だった。しかし、その後弊社の中で技術開発や特許などを開発したことで、独自の素材へと進化している」とボラーニョ氏は述べ、スタート時こそ一緒だったが、その後独自に発展したものだとした。

 その最大の違いはそのターゲットとなるマーケットだ。ボラーニョ氏は「ウルトラスエードとは技術、性能面、ブランドの点で異なっており、東レも2つのブランドが共存することを認め、我々がアルカンターラとして別の方向性でやっていくことを望んでいる」とする。

 実際、東レのウルトラスエードがより幅広い価格帯を臨んだブランドになっているのに対して、アルカンターラは高級路線を目指したブランドになっている。例えば、自動車では、アウディやポルシェ、ランボルギーニ、メルセデス・ベンツといった高級車に採用されることが多く、普及価格帯のメーカーでもよりプレミアムなスポーツカーに採用されるなど、「アルカンターラと言えば高級なブランドの素材」というイメージが消費者にも根付いており、東レとしても2つのブランドが存在することに意味があると考えているのだろう。

 自動車で言い換えれば、同じトヨタ自動車の自動車であっても、普及価格帯のトヨタブランドと高級車のレクサスブランドに分かれている、そうした違いのようなものだと考えれば分かりやすいだろう。

写真は2013年に開催された記者発表会で撮影されたもの。ランボルギーニ ガヤルド LP 560-4のステアリングやシートにアルカンターラ素材を使用

"メイドインイタリー"を今後も守り続け、海外への工場移転の予定はなし

アルカンターラ素材の例(写真は2013年に撮影)

 そうした高級車向けのブランドというイメージを守るため、アルカンターラではイタリア発のブランドであることにこだわっているという。ボラーニョ氏は「我々のアイデンティティはイタリアにある。イタリア以外で生産しないのかと聞かれることも多いが、イタリア以外で生産するつもりは今のところない」と述べ、イタリア発のブランドであるということに今後もこだわり続けるとした。

 アルカンターラの本社はイタリアの経済的な中心都市であるミラノにあり、生産工場は南イタリアに位置しているという。ちょっと考えればすぐ分かることだが、イタリアを始めとした欧州の人件費は、中国や東南アジアなどに比べると決して安くはない。工場で何かを製造するという場合に、最大のコストは人件費ということになるので、単純に考えれば中国や東南アジアで生産する方がコストも安価にできるはずだ。しかし、それでもイタリア生産にこだわりをもって続けるというのは、やはりイタリア発のブランドというアイデンティティを大事にしているからだと言うことができるだろう。

 イタリアという国に対して我々が抱くイメージは、やはりファッションに強い国というイメージが強いと思う。アルカンターラに対しても、そうしたイタリアの素材メーカーというイメージを重ねて見る顧客は少ないはずで、そのイメージを大事にしたいとボラーニョ氏は考えているようだ。

 そうしたアルカンターラは日本メーカーへの売り込みも行なっている。むろん、日本は東レの本拠地であり、東レのウルトラスエードも自動車メーカーへの売り込みを行なっているのはそこは競合するが、既に述べた通り、アルカンターラはより高級ブランドのイメージがあるので、高級車を展開する自動車メーカーなどに対しての売り込みを続けているとのことだった。なお、日本でのアルカンターラは、アルカンターラ自身がマーケティングを担当し、ディストリビューションは30%の株主でもある三井物産が担当しているということだった。

写真は2013年にアンドレア・ボラーニョ氏が来日して示したアルカンターラ素材の例

サステナビリティへの取り組みで他社と差別化。ブランド価値は2006年と比較して15倍に

アルカンターラの後援で行なわれた国際学会「International Symposium on Sustainability」

 そうした現状のアルカンターラだが、冒頭でも述べたように、同社ではサステナビリティ(持続成長性)に全社を挙げて取り組んでいる。サステナビリティとは、限りある地球の資源を効率よく活用し、産業全体が持続的に成長していくという取り組みのことを意味している。自動車であれば化石燃料という限りある資源を中心に使っているので、ハイブリッドカー、電気自動車、燃料電池車などの普及を目指す取り組みなどがそれに該当するだろう。

 アルカンターラはそうしたサステナビリティへの取り組みを、リーマンショックを契機に始めたのだとボラーニョ氏は説明する。「2008年のリーマンショックの影響による景気後退で、弊社の売り上げも下がることになった。それを契機として、弊社のブランドバリューに何らかの追加が必要であると考えた。そこで他社に先駆けてサステナビリティへの取り組みを開始し、それを競合他社との差別化ポイントにしていこうと考えた」とボラーニョ氏は述べ、他社との差別化、そしてブランドに対してバリューを持たせるためにサステナビリティの取り組みを始めたのだという。

 だが、ボラーニョ氏によれば、実際に始めてみるとそれ以外のメリットもあったという。アルカンターラではサステナビリティの取り組みを、自社だけでなく材料を同社に納入する下請けなども含めてサプライチェーン(原材料の調達や製造、配送などを含めた流れのこと)でも進めている。このため、同社に原材料を納入する材料メーカーなどの工場なども含めてCO2の削減といった取り組みを行なっている。ボラーニョ氏によればその結果として、サプライチェーン全体でコスト削減となり、トータルで見ればコスト削減になった部分もあるという。アルカンターラではこうした取り組みを文章にまとめて、毎年サステナビリティレポートとして公開している。

 ただ、問題はそうした取り組みが最終顧客であるエンドユーザーに届いているかどうかだ。というのも、アルカンターラにとっての直接の顧客は自動車メーカーなり服飾メーカーであって、直接エンドユーザーがアルカンターラの製品を購入することはないからだ。このため、アルカンターラでは欧米や中国などでエンドユーザーを対象にしたイベントを行なったり、10月にヴェネツィア国際大学で開催された国際学会「International Symposium on Sustainability」の後援企業になったりと、エンドユーザーに対してアピールする機会を積極的に設定しているとボラーニョ氏は説明した。

 そうした努力もあり、ブランドの価値を測定するインターブランドによる調査によれば、同社のブランド価値は2006年に比べて15倍になっていると評価されているという。もちろん、サステナビリティの取り組みだけがその理由ではないだろうが、サステナビリティに取り組んでいることもその1つになっているとボラーニョ氏は評価しているそうだ。

 ボラーニョ氏は「サステナビリティは弊社だけでなく業界全体で取り組まなければいけないこと。私はエンドユーザーはその価値を評価してくれると考えている」と述べ、今後もサステナビリティに対して積極的に取り組み、それを業界全体に広げていきたいと意気込みを語ってくれた。

(笠原一輝)