インプレッション

ベントレー「フライングスパー W12 S/V8 S」(2017年モデル)

スポーティな高級サルーンをよりスポーティに

 仕事柄、いろいろなクルマに乗れるのが我々の業界のよいところ。さすがに高価なクルマになるほどその機会は少なくなるわけだが、そんな中でもベントレーは、こうしてときおりミニ試乗会を開催してくれるおかげで、我々もたまに触れる機会があるのがありがたい。

「フライングスパー」というのは、かつて1950~1960年代にも存在したベントレーの高性能サルーンに与えられた名称だ。そして長いインターバルを経て、ベントレーがフォルクスワーゲングループの一員となってしばらく経った2005年に世に送り出された新生フライングスパーも、往年と同じく“スポーティな高級サルーン”という性格が与えられていた。ところが、実際にはリアシートに乗るオーナーの比率が高く、あえてスポーティに味付けしていた足まわりやシートに対し、ベントレーにとって不本意な指摘を受けることが少なくなかったそうだ

 そこで、2013年に登場した2世代目では足まわりを柔らかくしたり、シートの作りを見直すなどして、ショーファードリブンとしての要望にも応えた。とはいえ、やはりフライングスパーのオーナーが求めているのはスポーティな高級サルーンであることを受けて、W12エンジンやSモデルをラインアップするなど、原点に立ち返ってスポーティなキャラクターを復活させて現在にいたる。フライングスパーというのはあくまでドライバーズカーであり、運転する楽しさを持ち合わせた高級サルーンとしての性格をより強めたSモデルこそ、まさしくフライングスパーの本命といえる。

 今回ドライブするのは、登場して間もない「W12 S」と、2016年に登場した「V8 S」だ。価格はそれぞれ2665万円と2100万円。エンジン最高出力はそれぞれのナンバープレートのとおり、635PSと528PS。いずれも相当にハイパワーだ。

ベントレーの4ドアモデルとして初めて最高速325km/hに達したモデルとなる「フライングスパー W12 S」(2017年モデル)。ボディサイズは5315×1985×1490mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース3065mm。車両重量は2540kg。価格は2665万円
足下はオプション設定となるブラックの21インチダイレクショナルスポーツアロイホイールにピレリ「P ZERO」(275/35 ZR21)の組み合わせ
ボディカラーとコーディネートされたパープルカラーのインテリア。パネルまわりはピアノブラックを採用する
V型8気筒4.0リッターツインターボエンジンを搭載するホワイトサンドカラーの「フライングスパー V8 S」(2017年モデル)。ボディサイズはW12 Sと共通で、車両重量は10kg軽い2530kg。価格は2100万円
撮影車はオプションの21インチ マリナードライビングスペック ブラックホイールを装着。タイヤはW12 Sと同じくピレリ「P ZERO」(275/35 ZR21)を履く
V8 Sのインテリア。パネルまわりはブライトアルミニウムとピアノブラックのコンビネーションになる。トランク容量はW12 Sと共通の475Lを確保する

12気筒と8気筒で異なる個性

 風格と威厳に満ちたスタイリングは、他を圧倒する存在感がある。よく見るとディテールの造形まで非常に緻密に形づくられていることが見て取れる。美しいリアフェンダーまわりの形状は、1世代前のフライングスパーから大きく変わった点でもある。今回の「W12 S」がまとう黒紫のボディカラーと凝ったデザインのホイールの組み合わせは、ただならぬ空気を放っているのは見てのとおりだ。

 高級素材をふんだんに用いた豪奢なインテリアは、クラフトマンシップとともにSモデルらしい精悍さをも持ち合わせている。これほど大柄なサイズゆえ、むろん後席の居住空間は相当に広く、トランクはゴルフバッグが縦に積めるくらいの広さがある。

 ドライブしても、Sモデルがただの高級サルーンでないことは感じ取ることができる。そして「W12 S」と「V8 S」では味付けが差別化されていて、それぞれの個性があり、けっして12気筒が主役で8気筒が廉価版というわけではない。

「W12 S」は複雑に響く、低く太い音を奏でながら、アクセルを踏んだ分だけ即座に怒涛のトルクで押し出していく印象であるのに対し、「V8 S」はいかにもV8らしいビートの効いた感性に響く音質のサウンドで、出力特性も高回転型だ。そんないずれも印象的なエンジンサウンドを、高級サルーンらしく外界とは隔離された静寂な空間でもあえて強調して聞かせようとしているあたりも、フライングスパーのSモデルならではである。

 フットワークについても、「W12 S」がドッシリと安定していて少々のことではビクともしないようなスタビリティを感じさせるのに対し、「V8 S」はジェントルながらもヒラリヒラリと軽快さすら感じさせるような味付け。12気筒モデルと8気筒モデルでこうして価値の優劣ではなく異なる個性を与えて、幅広くオーナーの求めるものに応えていこうということだろう。

W12 Sに搭載されるW12気筒6.0リッターツインターボエンジンは、最高出力467kW(635PS)/6000rpm、最大トルク820Nm/2000rpmを発生。0-100km/h加速は4.5秒、最高速は325km/h
V8 Sに搭載されるV型8気筒4.0リッターツインターボエンジンは、最高出力388kW(528PS)/6000rpm、最大トルク680Nm/1700rpmを発生。0-100km/h加速は4.9秒、最高速は306km/h

特等席はあくまで運転席

 サスペンションの減衰力は4段階に調整できるようになっていて、どれを選んでも乗り心地が快適であることはあまり変わらない中で、ダンピング特性ははっきりと変化し、ハードにすると引き締まった乗り味になり、より姿勢変化も抑えられる。

 この仕事の冥利につきる夢のような時間はあっという間に過ぎてしまったが、そんな中であらためて感じたのは、ベントレーというのはモータースポーツに根ざしたスポーティなブランドであるという主張だ。その意味では、双璧であるロールス・ロイスとは似て非なるというよりも、むしろ対極に位置するブランドであるとも言えそう。そして、それをより色濃く感じさせるのが今回のSモデルである。ロールスも非常に高性能だが、この類いのモデルはない。際立つルックスとドライビングの楽しさを身に着けたラグジュアリーサルーンであるこのクルマにとって、特等席というのはあくまで運転席というわけだ。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:高橋 学