【インプレッション・リポート】
アウディ「RS 5」

Text by 武田公実


ビッグ・クワトロへのオマージュ
 このほど日本でも発表されたアウディ「RS 5」に、早くもテストドライブのチャンスが訪れた。RS 5は、アウディA4と基本コンポーネンツを共用する美しきクーペ、A5シリーズの最高峰に位置するスポーティモデル。また、アウディ100%出資の子会社として、アウディのハイパフォーマンスモデルの開発・生産を担い、現代アウディのエクスクルーシブな部分を一手に引き受けるクワトロGmbHが、TT RSに次いで送り出した最新作でもある。

 現代アウディの創る“A”シリーズおよび“S”シリーズは、あくまで都会的でクールなイメージを身上として、大成功を収めてきた。しかし、それらをベースとするはずの“RS”シリーズは、アピアランスからしてまったく別モノ感が強い。それは今回のRS5でも、もちろん変わらない。アウディを世界のデザインリーダーの座に押し上げた功労者にして、現在ではVW/アウディ・グループのデザイン責任者の地位にあるヴァルター・デ・シルヴァ氏をして「自分がデザインに関わった中でも最も美しいクーペ」と言わしめたA5は、深いスポイラーや前後のブリスターフェンダーなどのコスメティックチューンで、格段にワイルドな姿に変貌することになったのだ。

 例えばTTのようなバウハウス的、あるいは機能主義的なイメージでなく、若干のラテン風味の入ったA5系のエモーショナルなスタイルには、“風穴”が盛大に開けられた大型スポイラーに代表される、ジャーマン・チューニングカー然としたハードなアピアランスがよく似合うというのが、筆者の正直な感想。ノーマルのA5では少々お行儀がよすぎるように感じる、ちょっとワイルドな趣味の方ならば、あるいはグッと迫力を増したRS 5のルックスの方がしっくりくるかもしれない。

 そして、極太タイヤに対応したフェンダーのワイド化を図るための方策として、前後のフェンダーは大胆なブリスタースタイルとされるが、これは今年でデビュー30周年を迎えるオンロード用スポーツ4WD車の開祖で、その偉大さから「ビッグ・クワトロ」と称されるアウディ・クワトロのイメージも継承したものと言えるだろう。

 さらにインテリアでは、シルクナッパレザーを使用したRS専用のスポーツシートのほか、油温表示やラップタイム計測なども可能とするDIS(ドライバーインフォメーションシステム)、リアルカーボンを贅沢に使用したデコラティブパネル、バング&オルフセン製のオーディオシステム、そして地デジチューナー付きHDDナビゲーションシステムなどを搭載するなど、性能に相応しいスポーティさに加えてプレミアム感も演出する。超高性能スポーツクーペとはいえ、コンフォート性や高級感を犠牲にしないのもやはりアウディらしい、あるいはRSらしいとも感じられよう。


吼えるV8
 ヨーロッパを中心とするスクープ系メディアが、S5に続いてRS 5の開発も進行中と報道していたのは昨年ごろ。RS 5用のパワーユニットとしては、S5用V6+スーパーチャージャーの過給圧をアップしたエンジンが選ばれる可能性が最も高いのでは? などと、まことしやかに語られていた。

 ところが、クワトロGmbHの選んだチューニング法は、それらの予想を大きく覆すものだった。VW/アウディ・グループ自身がけん引してきた、現代のダウンサイジング・トレンドとは一線を画し、大排気量+自然吸気の超高回転でパワーアップを図るという、実にエンスー的な手法を選んできたのだ。

 たしかに、これはスポーツカー好きにとっては堪らない選択ではあるものの、小排気量+過給器の組み合わせで、低回転からフラットなトルクを出すことによって燃費とCO2の軽減を図るという現代のセオリーからすれば、前時代的とも受け止められるかもしれない。しかし、こんな世知辛いご時世には貴重なエンスージアスト的なスーパースポーツを、しかも世界の自動車トレンドをリードするアウディが世に問うたことには、あくまで個人的にはもろ手を挙げて歓迎してしまいたいとも思うのだ。

 RS 5のためにアウディが選んだエンジンは、先代RS 4や現行R8にも搭載されるV型8気筒4カムシャフト4.2リッターを大幅にリファインしたもの。クワトロGmbHの「マイスター」的な熟練工たちが、助手に相当する同僚とともに手作業で組み立てる。シリンダーブロック/クランクケースともにアルミ合金製。また鍛造クランクシャフトに鍛造スチール製のコンロッド、高強度アルミ合金製鍛造ピストンなどの採用により軽量化にも成功していると言う。もちろん直噴ヘッドが組み合わされるが、レブリミットは8500rpm、そして8250rpmで331kW(450PS)の最高出力を発生するという、現代車としては驚くほどの高回転型エンジンである。

 超高性能クーペという、極めて限られたマーケットで覇権争いすることになるBMW M3用V8は4リッターで420PSを発生するが、同じく高回転型のBMW・M製V8に比べると、RS 5のクワトロGmbH製V8には、若干ながらドライな印象を受けた。RS 5のエンジンは8000rpm以上まで一気呵成に上りつめていくのだが、吹け上がりのフィールはドラマティックなパワー感というよりは、あくまでスムーズネスを追求した感じ。どことなくマルチシリンダーの日本製高性能リッターバイクを思わせる。しかし、これは現代のレーシングカー用ユニットに近いフィールとも言えるもので、コンテンポラリーな感覚を重視するアウディらしいテイストと言えるかもしれない。

 一方エンジンサウンドについては、これも有力なライバルとなるだろうAMGメルセデスC63用6.2リッターV8のごとく“ドロドロ感”を強調したアメ車的バリトンではなく、これも現代のレーシングV8のような、「カーン」と乾いた咆哮を存分に聞かせてくれる。回転フィールと同様、BMW M3ほどに扇情的なサウンドではない代わりに、いかにもアウディ的に緻密な調律を感じさせる。好みはそれぞれ分かれるだろうが、少なくとも筆者自身はこのV8ミュージックにすっかり魅了されてしまったことをお伝えしておきたい。

 またトランスミッションについては、2ペダルのロボタイズド7速MTのみの体制となるアウディR8の「Rトロニック」がコンヴェンショナルなシングルクラッチ式であるのに対し、こちらにはアウディ自慢のデュアルクラッチ式AT「Sトロニック」、つまりフォルクスワーゲンで言うところのDSGが採用されている。RS 5に装着されるのは、アウディQ5で初導入された7速のウェット(湿式)クラッチタイプで、RS 5への装着に際しては高出力&高回転型エンジンに対応するべく、ムービングパーツの強度を高めるとともに、オイル管理システムの見直しなどが図られた。これによって大トルクに対応するほか、ギアボックスの許容最高回転数を9000rpmまで引き上げていると言う。

 この7速Sトロニックの変速スピードはシフトアップ/ダウンともに、まさに電光石火。超高回転&超レスポンシブなエンジンと合わせて、シフト操作が本当に楽しい。また、微低速時や坂道発進を含む変速マナーも素晴らしいもので、ニューモデルが登場するたびに必ずと言ってよいほどアップ・トゥ・デートを盛り込んでくるアウディの技術力には感嘆を禁じえないところである。

ニュートラルステアのクワトロ
 RS 5の駆動系には、ある意味エンジンやトランスミッションよりも注目すべき新機軸が数多く投入されている。中でも最大のポイントとなるのは、前輪に最大70%、後輪には最大85%のトルクを配分する、クラウンギア式のセルフロッキングセンターデフと、左右の後輪トルク配分を制御する「スポーツディファレンシャル」、そして理想的なトルクを4輪に伝える「トルクベクタリングシステム(インテリジェントブレーキマネージメントシステム)」。内輪をブレーキで一瞬だけ制動することでアンダーステアを最小限に抑えるというこのシステムの効力はテキメンで、総重量216kgという、排気量を考えれば相当に軽量なエンジンがもたらすノーズの軽さも相まって、まるでよくできたFR車のようなハンドリングを見せてくれるのだ。

 かつてのクワトロ系各モデルと言えば、カーブのR(曲率)よりも格段に大きな舵角でコーナーリングする強アンダーステアのハンドリング特性が、あたかも代名詞のようにも語られてきたことをご存知の向きも多いだろう。しかし現代のRS 5は、筆者が公道で走らせられる程度のスピードレンジでは、ニュートラルステアか、ごく軽微なアンダーステアに終始する。この事実一つとっても、RS 5という車は「アウディ・クワトロ」という世界に冠たるブランドにとっても、革命的な一台と思われるのである。

 ただ個人的な意見を言わせてもらえば、たとえ一般道のスピードレンジであっても、もう少しだけドライバーが“仕事”をする余地があってもよい気はする。とは言え、やはり450PSという怪物的パワーを安全に発揮させるには、マージンをたっぷり取ったこのチューニングが最適というアウディの見識によるものであろう。

 ともあれ、あらゆる点から見てもRS 5はクワトロ30年の歴史の集大成であるとともに、近未来のクワトロ像を指し示す、エポックメイキングなスーパークーペと言えるだろう。そして、美しくエモーショナルな一方で、独特の獰猛さも兼ね備えた魅惑的なスタイリングに、こちらも魅惑的なパワーユニットと官能的なフィールのトランスミッションを組み合わせる。アウディ持ち前のクールな魅力を充分に湛えつつ、時おり見せる情熱的な一面を見せるこの車は、現代のアウディの豊饒さを体現したモデルとなっていた。

 エコロジー技術の点でも世界をリードする彼らが、一方でこんなエンスー的な車を魅力たっぷりに仕立ててくるところを見るにつけ、プレミアムカー業界に於けるアウディの天下は今しばらく揺るぎそうにないと確信させられてしまったのである。

2010年 10月 28日