【インプレッション・リポート】 アウディ「A1」 |
「小さな高級車」。自動車の世界では、もはや使い古された慣用句とも言えるだろう。1960年代にデビューした英国のヴァンデン・プラ「プリンセス1100/1300」に端を発し、1990年代にはルノー「シュペール5バカラ」など、絶対数こそ多くはないが、ユニークなモデルが数多く産み出されている。
一方、2001年にはBMW傘下のNew MINIが開拓した“プレミアムコンパクト”のカテゴリーは、“小さな高級車”の21世紀版とも言うべきジャンル。このマーケットは長らくMINIの独壇場となっていたのだが、近年ではアルファロメオ「ミト」やアバルト「500」などのイタリアン勢、そしてシトロエン「DS3」など、スポーツ色を打ち出したライバルが続々と進出したことで、俄かに活況を呈している。
そして2011年も明けて間もない1月、プレミアムコンパクト・カテゴリーが生まれて以来10年目にして、決定版的存在になるとも目される1台のモデルが、日本上陸を果たすことになった。アウディ渾身のコンパクトモデル、「A1」である。
アウディが、念入りなティザーキャンペーンの末にデビューさせたA1。既に発売されているEU諸国では、1.2TFSI シングルチャージャー(88PS)と1.4TFSIシングルチャージャー(122PS)のガソリンに加え、もちろんTDIディーゼルも販売されている。また2010年パリ・サロンでは1.4TFSIツインチャージャー(185PS)も追加発表されたばかりだが、わが国のマーケットに導入されるA1は、少なくとも現時点では1.4TFSIシングルチャージャー仕様一本。トランスミッションも、フォルクスワーゲン「ポロ」やアウディ「A3スポーツバック1.4TFSI」と共用の7速乾式デュアルクラッチAT「Sトロニック」のみの組み合わせとなる。
近年、プレミアムカーの分野で記録的な急成長を遂げ、今や欧州自動車界を代表するビッグネームとなったアウディが、まさに満を持して製作したA1は、果たしてプレミアムコンパクト市場の“台風の目”となり得るのか?
アウディの創る「小さな高級車」を、ここに検証してみることにしよう。
2007年に発表されたA1プロジェクトクワトロ |
■小さいけれど立派にアウディ
2007年の東京モーターショーで発表された「メトロプロジェクト」をほぼそのまま継承したかたちとなるA1のデザイン言語は、新型A8やこのほど本国でデビューした新型A6などにも生かされたもの。直線的でマッシブなウエストラインに、クーペのように丸みを帯びたルーフを乗せたスタイリッシュなプロフィールは、ボディー本体と別カラーで仕立てたルーフアーチによってさらに際立たせられている。
往年のクラシックモデルのスタイリングを現代的に翻訳したMINIやアバルト500、あるいは過去のアルファロメオのデザインアイコンを昇華させたミトに比べると、旧来のヘリテージが手薄なアウディは、頼りにするモチーフが探し難くなるのはやむをえまい。しかしその一方で、過去の遺物に囚われることなく、自由に最新デザインが追求できるとも言えるだろう。
そしてこのA1では、「アンチ・レトロ」を打ち出したシトロエンDS3のごとく、ことさらにモダーンデザインを強調するのではなく、粛々とアウディスタイルを貫いたスタイリングを見せている。このスタイルには、現代自動車界の世界的デザインリーダーたるアウディの確固たる自信が感じられることだろう。
オープンスカイルーフはオプション | ||
ただし、これはあくまで筆者の私見に過ぎないのだが、A1はあまりにアウディのデザイン言語を忠実に再現しているがゆえに、そのスタイリングにいかにも現代アウディ的な、セオリーめいた雰囲気も感じてしまうのだ。ドイツ本国をはじめとする欧州市場では、正式発売の前から若年層のユーザーを明らかに意識したキャンペーンが繰り広げられていたようだが、ファッションやアートなどの記号性をアピールするなら、もっとアヴァンギャルドなアプローチがあってもよかったのでは?とも思えてしまうのである。
一方インテリアについては、本来のセグメント上では格上となるはずのA3スポーツバックにも勝ってしまうのではないか?というほどの高度なフィニッシュに驚かされる。また、このクラスではかなり贅沢と言うべき「MMI」(マルチメディアインターフェイス)も標準設定されるなど、装備の点でも潤沢なものとなっている。
ファブリック内装仕様に設定される「ワサビ・グリーン」のようなヴィヴィッドなカラースキームや、「TT」譲りの丸型エアアウトレットなどにフレッシュなイメージを感じさせるものの、やはりデザイン言語は現代アウディそのもの。とはいえ、アウディの哲学を凝縮したコンパクトカーとしては、これが現時点で考えられる最善の作品と判断されたのだろう。
写真はオプションの本革仕様 | ||
MMIの6.5インチディスプレイはリトラクタブル式。ダッシュボードに格納できる | エアコン操作パネルの上がMMIのコントローラー | カーナビのルート案内はメーターパネル中央の「DIS」(ドライバー・インフォメーション・システム)にも表示される |
■走りもプレミアム
そしてエクステリアとインテリアから受ける印象は、実際に都内をドライブさせても変わることが無かった。柄は小さいが、とにかくよくできたアウディなのだ。もちろん、「よくできたアウディ」というのは、現代自動車界に於ける最大級の賛辞と受け取っていただいても構わない。また「よくできていて当然」のように思われてしまうのも、アウディにとっては辛いところかもしれないが、それでも衆人がアウディに期待するだけのクォリティと質感は、充分以上に備えたコンパクトカーとなっていたのである。
パーキングからオフィス街に車を進めると、すぐに感じたのがスムーズな加速感。かつてフォルクスワーゲン ゴルフ用のDSGとして初採用された当初は、若干のもたつき感も感じさせた乾式デュアルクラッチ7速ATだが、このA1用「S-トロニック」では、あたかもトルコン式ATのようなスムーズさを見せる。
そして、この上質なスムーズ感をさらに増長させるのが、1.4TFSIユニットの力強さである。どこでアクセルを踏んでもリニアに反応してくれるレスポンスも相まって、基本を一にするポロ 1.2TSIよりも確実にトルクフルで、走りから受けるクォリティも高質に感じさせたのである。
また、アウディでは初採用のアイドリングストップ機構「スタートストップ システム」も、実に秀逸なできとなっていた。フィアット/アバルトやアルファロメオ ミトでもかなり優れていると感心したのだが、こちらは再始動にかかるクランキング時間がさらに短く、ミトのように坂道発進時の後方に下がりそうになってしまうような不安もまったく無いなど、明らかに一枚上手と感じられたのだ。
7速Sトロニックのシフトレバー。シーケンシャルMTモードを備えるが、パドルシフトはない | スタートストップ システムのキャンセルスイッチ。アイドリングがストップするとDISに表示される |
そして、高級車としては重要な項目となるエンジンノイズは、高回転まで回わしてしまえば若干元気のよいものとはなるが、シティドライブ程度のペースであれば、あえて指摘するほどのレベルではない。
ところがその一方で、路面からの透過音については残念ながらA4並みとは言い難いものとなっていた。これは試乗車にオプション装着されていた17インチタイヤのせいかもしれない。
ただ、首都高の高速コーナーを愉しんでいると、やはり17インチを選びたくなる理由がルックスだけでないことも分かってくる。日本仕様には設定の無い、超軽量1.2TFSIエンジンに比べれば24kgほど重い1.4TFSIユニット(それでも120kg台に収まるのだが……)をノーズに積むせいか、ボディーサイズの割にはドッシリとした重厚なハンドリングマナーを見せるのだが、それでもトルクフルでレスポンシブな直噴ターボエンジンを利して速度域を上げていくと、ドライビングが本当に楽しいのだ。
もちろん、高速域のスタビリティはアウディそのものというべき素晴らしいもので、結局A1については、最後まで目立ったウイークポイントを見つけることなど不可能。ただただ、感服されっぱなしのテストドライブとなったのである。
■プレミアムコンパクトの真打登場
かつて「小さな高級車」と呼ばれた先達たちは、豪奢なラジエーターグリルに代表されるエクステリアや、レザーやウッドを使用したインテリアの設えによって高級車を演出するのが精一杯で、車そのものの成り立ちやたち振る舞いは、残念ながらベースとなる小型大衆車から大きくは離れていないものが多くを占めていた。
しかしアウディA1は、たとえカジュアルなファブリック内装の仕様であっても、そのシッカリ感から走りっぷりに至るまで、高級車に望まれるに充分なクォリティと質感を見せてくれた。これは、企画の初期段階から真の高級感を意識して開発に取り組んだ成果と言えよう。
“レトロ”vs“アンチ・レトロ”と理念こそ正反対ながら、ともに先鋭的なデザインを身上とするMINIとシトロエンDS3。いかにもイタリア的にスポーティかつ扇情的なアルファロメオ/アバルトと、個性を鮮明に打ち出したライバルたちによって、既に確固たるマーケットが形成されているプレミアムコンパクト・カテゴリー。そんな中、最後発に割って入るかたちとなったアウディA1は、車としてのできばえはもちろん、クォリティでも一頭地を抜いた仕上がりで存在感を見せつけるのだ。
プレミアムコンパクト市場に於ける“真打”ともう言うべきアウディA1が、日本マーケットでいかなる横綱相撲を見せてくれるのか?非常に楽しみなところである。そしてこの車が真に受け入れられるならば、今後の高級車のダウンサイジング・ムーブメントにも大きな影響を及ぼすことになるだろう。
■インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/
2011年 2月 23日