【インプレッション・リポート】
ダイハツ「ムーヴ」

Text by 岡本幸一郎


 スバルが軽自動車の自社開発を断念した一方で、トヨタが軽自動車を扱うことを正式に発表したり、一方で軽自動車には不利な税制がやってきそうな気配があったりと、またしても時代の流れに翻弄されそうな軽自動車だが、とにかく現時点でのトレンドは、登録車でミニバン人気が高いのと同じような現象が起こっていると言えそう。

 スペース系の先駆者であるワゴンRとムーヴは、相変わらず支持されているが、そこにこれほどシェアを上げるとは思いもよらなかったタントが入り、2010年に入ってからというもの、車種別でもついにモデル末期のムーヴを尻目に、月販ではワゴンRをも抜いてトップに立つことたびたびだったのには驚かされた。

 そして、ますます軽自動車専業メーカー色を強め、今後もさらにその色を濃くしていくであろうダイハツは、2010年も3年連続で軽販売ナンバーワンの座を維持。一方、長らくトップだったスズキは、軽自動車に強いことに変わりはないが、より総合自動車メーカー的な性格を強めていきつつある、という事情が見え隠れする。

 そんな中、モデルチェンジの動向が気になる人も少なくないであろうムーヴが、2010年末に4年余りのライフサイクルを経て5代目にスイッチした。

最高出力38kW(52PS)/7200rpm、最大トルク60Nm(6.1kgm)/4000rpmの自然吸気エンジンを搭載するXリミテッド。ボディーカラーはシルキーマルーンクリスタルメタリック
約90度開くドアや、横開き式のバックドアなど使い勝手のよい装備を満載する新型ムーヴ。ホイールベースは35mm短縮されたが、「居住性に影響なし」と開発陣

 ムーヴというのは、もともとワゴンRに近いパッケージながら、装備や品質が上級という性格のクルマだったと思うが、先代でいきなりワンモーションのシルエットになったのには驚かされた。しかし、ハコ型が好みのユーザーからは不評の声も上がり、ほどなくコンテを追加することになったわけだが、5代目ムーヴのスタイリングは、基本的にワンモーションながら、どことなくハコっぽさも加わった印象で、より万人向けになったように思える。

 インテリアは先代に似た雰囲気ではあるものの、センターメーターを踏襲しつつも、あの印象的なブリッジ状のダッシュボードでなくなったのは、ちょっと寂しい気もしなくない。

 ただ、約90度開くドアや、横開き式のバックドアなど、特徴的な好評の部分はもちろん受け継いでいるし、高めのヒップポイントにより、開放感も高い。ピラーがより細くなったので視界もとても良好だ。また、室内幅が従来モデルよりも拡大され、1350mmと軽最大になったのも特徴。そして今回、微粒子イオン「nanoe(ナノイー)」を室内に放出する「ナノイーディフューザー」が設定されたのも、女性にはうれしいニュースだろう。

 改良されたプラットフォームでは、先代が先々代比で100mm延長という究極のホイールベース長を実現していたところ、現行モデルでは35mm短縮されたのが特徴。

 一度大きくなったホイールベースがモデルチェンジで短くなるというのは、あまり前例のない話だが、これには衝突時の歩行者保護の観点と、エンジンルームにもう少し余裕を持たせるためとのこと。ただし、これにより室内が狭くなったり、走行性能に悪影響を及ぼすことはないと開発陣は断言する。また、ボディー骨格で23kg、その他諸々を含め計35kgも車体が軽量化されたのもポイントだ。

最高出力47kW(64PS)/6400rpm、最大トルク92Nm(9.4kgm)/4000rpmのターボエンジンを搭載するカスタムRS。ボディーカラーはスパークリングオレンジクリスタルメタリック
標準モデルよりスポーティな仕上がりをみせるカスタムRS。標準車ともども乗り降りしやすいのも魅力

 試乗したのは、唯一ターボエンジンを積むカスタムRSと、自然吸気エンジンのXリミテッドという、カスタムと標準車それぞれの最上級モデル。今回、KF型エンジンはさらなる低燃費化をテーマに手が加えられるとともに、トランスミッションは、これまでATやMTも選べたところ、CVTに特化した。おかげでマウント類をCVT専用にチューニングすることができ、振動特性が改善されたと言う。

 味付けとしては、なるべく早くスロットルを大きく開いてポンピングロスを低減しつつ、エンジン回転の上昇を抑えるよう変速比を低く保つことで、燃費を稼ぐようにしたと開発者談。

 ただし、実際にドライブして感じたのは、Xリミテッドは自然吸気のわりに速く、カスタムRSはターボとしては大人しめ、というものだった。もちろんカスタムRSのほうが圧倒的にトルクフルで、それはスペックの数字のとおりなのだが、印象としては意外や接近しているように思えた。

 静粛性については、実用域では「小型の登録車と同等の静かさ」と開発陣が胸を張るとおり。4000回転あたりからはそれなりに騒々しくなるものの、普通に運転しているぶんには3000回転を超えることはあまりないので、合理的な設計といえるだろう。

 今回の目玉であるアイドリングストップについては、ダイハツではミラでいち早くアイドリングストップ車を実用化していたが、2006年時のよりもだいぶスムーズな印象だ。しかも、電動オイルポンプを廃し、補助電源一体型コンピュータを採用するなど技術的に難しいことにチャレンジし、さらに燃費を向上させることに成功しているところもお伝えしておきたい。

 足まわりは、前後スタビライザーの付くカスタムRSの印象がとてもよかった。乗り心地がよく、それでいてロールが抑えられており、安定感も高い。スタビライザーの付かないXリミテッドも乗り心地はよいが、ロールは大きめ。スタビライザーの有無でこんなにも違うのかという印象だが、コミューターとして使うには十分だろう。

 ちなみにカスタムRSでは、スタビライザー装着車のサスペンションをスタビライザー非装着車より柔らかめにセッティングし、スタビライザーを強めに効かせることで、この乗り心地と操安性の両立を図ったとのことだった。

Xリミテッド

 ただ、気になったのは、16インチを履くカスタムRSも、14インチを履くXリミテッドも、ともにやや微振動していることで、これはタイヤに原因がありそう。OEM装着のタイヤが、変形を抑えるためにだいぶ硬めになっているようで、軽い車体に対してやや硬さが勝りすぎているため、路面の影響を受けやすい印象だった。

 そしてムーヴというと、これまでも「軽自動車初」を謳った数々の装備の積極採用もキャラクターの1つだが、現行モデルにも、プリクラッシュセーフティやレーダークルーズコントロールなど登録車顔負けの装備を設定する。プリテンショナー付きシートベルトやオートエアコンは、全車に標準装備される。

 また、先代の途中で廃止されていたVSC(Vehicle Stability Control、車両安定性制御)が復活したのもニュース。しかも、先代では高価なパッケージオプションでしか選べなかったが、今回は単独で6万3000円で選べるようになった。ただし、このVSCやカーテンエアバッグの設定があることは歓迎なものの、カスタムRSのみというのはやはり残念。2014年には軽自動車でも法規で義務付けられるものだし、ダイハツにこそ、そしてムーヴでこそ、いち早く安いモデルにも平等に安全性を与えて欲しかったところだ。

カスタムRS

 そして、ムーヴというと、やはり気になるのはワゴンRに対してどうかということ。先々代までは、価格の安さを訴求するスズキと、品質で勝負のダイハツというメーカーの方向性が両車のキャラクターに反映されていたのは明らか。

 ところが、2008年登場した現行ワゴンRが一気に上級移行してきたので、今こそ本当の「ライバル」になったという印象だ。そして迎え撃つムーヴは、燃費の向上やさらなる内容の充実を図りながらも、ワゴンRに対抗するため、あるいは世の中を反映してか、全体的にだいぶ価格が安くされたところもありがたい。しかもそれを、何かの装備を省くのではなく、メーカー側がコストを切り詰める努力を重ねたことで実現したというのだから、ユーザーにとってはメリットばかりだ。

 やはりムーヴは、一歩先を行く軽自動車なんだとあらためて思った次第である。


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2011年 2月 22日