インプレッション
ダイハツ「ムーヴ(マイナーチェンジ)」
Text by 岡本幸一郎(2013/5/29 00:00)
マイナーチェンジでここまでやるか?
軽自動車を手がける4メーカーの中で、ダイハツ工業はクオリティにこだわった印象が強く、装備についても上級なものを軽自動車に最初に設定するのはダイハツの“役目”みたいなものだと思っていた。それを象徴するのが歴代「ムーヴ」とスズキ「ワゴンR」の関係で、かつてはムーヴがワゴンRに対して常に上回っていた。
潮目が変わったのが1つ前のワゴンRの登場だ。それまで“価格の安さこそ正義”としていて、品質はそれなりという印象が強かったスズキが、軒並みラインアップの品質を高めてきた。ワゴンRもそれまでと比べてジャンプアップした。
そこで迎え撃つダイハツがどう出るのか興味深かったのだが、おそらく次でまた引き離すのだろうと思っていた。ところが、2010年末に登場した現行ムーヴの初期型がどうだったかというと、メインテーマは「コストダウン」だったようだ。ただし、コストは下げてもクオリティは落としていないことを強調していたように記憶している。ところが、実際にドライブしてみると、詳しくは後述するが、荒い乗り心地や安っぽい音と振動、いささか頼りない操縦安定性などに、正直なところクオリティのダウンを感じずにいられなかった。その後、何度もムーヴに乗る機会はあったが、その度に同じことを感じていた。
それから2年が経ち、早くも大がかりなマイナーチェンジを実施。正式な発表の前から燃費の向上など「変わった」ことをユーザーに印象づけるよう、多くのタレントを起用したTV-CMを打ったのはご存知のとおり。そのTV-CMを見ただけでも、「マイナーチェンジでここまでやるか?」と思ったのだが、実車を目にし、触れて、さらにその思いは深まった。
走ればすぐに実感する基本性能の向上
リリースには、以下の4点がマイナーチェンジのポイントと記されている。
①29.0km/Lの燃費。クラストップ
②基本性能の向上。操縦安定性、快適性、上質感など
③衝突回避支援システムの設定。しかも低価格
④デザイン
順番は前後するが、まず④(デザイン)について述べると、一足先にフルモデルチェンジし、あまり変わり映えしなかったワゴンRよりも、「マイナーチェンジ」の域を超えて変わったムーヴのほうが、むしろ新鮮味があるように思えたほどだ。
そして、試乗会会場ではまず専用スペースで③の衝突回避支援システムを体験。ボルボの低速自動ブレーキ「シティセーフティ」やスバル(富士重工業)の先進運転支援システム「EyeSight」が火付け役となり、多くのメーカーが積極的に採用するようになった同機構だが、軽自動車での採用は初となる。
横滑り防止装置等とセットで5万円という低価格であり、20km/h以下で衝突を回避し、20km/h超-30km/h未満では被害の軽減を図るが、30km/h以上では作動しないというのが特徴だ。30km/h以上でも何もしないより少しは働かせたほうがよいような気もするが、そこまでカバーするとなると、この価格は実現しなかったそうだ。
助手席のスタッフの指示どおり走ると、危険が迫ると警報が発せられ、20km/hをやや超えていてもしっかり止まってくれた。減速Gはけっこう強めだ。また、誤発進抑制も確実に作動した。ただし、アクセルペダルを強めに踏んだときは作動するが、ゆるく踏めばゆっくり前進するよう設定されている。これは、ペダルを踏み間違えるときは、得てしてブレーキだと思いこんで強く踏むものであり、反対にゆるく踏むのは、ゆっくり前に進みたいという明確な意思とCPUが判断するからだ。そうした条件設定が実態に即しているところもよい。
すでに他社の同様の機構を幾度となく体験している筆者にとっては、驚くほどのインパクトはなかったわけだが、軽自動車にも低価格でこうした有益な装備が用意されるようになったことを歓迎したいと思う。
あらゆることが大きく進化
ついで、今回のメインテーマであり、実際にも驚かされた②(基本性能の向上。操縦安定性、快適性、上質感など)について。現行ムーヴの初期モデルは前述のとおりだが、いくら手当てをしたといってもマイナーチェンジなので、それほど大きく変わることはないだろうとタカをくくっていた。ところが、変わりようは乗ってすぐに分かった。あらゆることが大きく進化していたからだ。
まず静粛性が高い。初期型では気になったパワートレーン系の音の侵入が、かなり薄れた。アイドリングストップによる、エンジン停止や再始動での音や振動も抑えられ、動作がスムーズになった。
ステアリングも電動パワーステアリング本体に変更はないが、操舵力などチューニングを見直すとともに、ダイナミックダンパーを追加して振動を抑えたことで、本当にスッキリとしたフィーリングとなった。
乗り心地もよい。初期型で自然吸気エンジンのカスタム以外の標準モデルにはスタビライザーを付けず、ロールを抑えるためスプリングレートを高めていた。そして自然吸気のカスタムはフロントに、ターボのカスタムRSは前後にスタビライザーを装着していた。
そして今回、全FF車の前後にスタビライザーが与えられた。スタビライザーを含むサスペンションセッティングは、駆動方式とターボの有無による区別のみとなった。サスペンションブッシュはソフト化されている。タイヤの空気圧も、最近ではやたらと高い設定の車種が増えているが、ムーヴは240kPaを死守した。また、車高を下げたり、補強部材をできるだけ低い位置に配したりしたことで、重心高も低まった。結果、ロールが減り、乗り心地がよくなるとともに、コーナリング姿勢もよくなり、安定感が増した。やや重厚感のある上質な乗り味は、軽自動車としては望外なほど。基本性能の進化の大きさを実感させられた。
かたやスズキの主力車種であるワゴンRがフルモデルチェンジし、本田技研工業も登録車を凌ぐことを目標に開発した「N-ONE」を発売するなど、ライバル勢が努力する中で、ムーヴはやや取り残された感があったところ、これで再び総合力ではトップに返り咲いたかと思う。いや、元々はそこがダイハツのポジションだった。本腰を入れて頑張り、本来の場所に返ってきたということだ。
新たに採用された技術について
最大の訴求点であろう①(29.0km/Lの燃費)について、この日は燃費計測を行っていないが概要をお伝えしたい。
整理すると、2010年の現行ムーヴの登場時に、10・15モード燃費は27.0km/L、2011年の改良で10・15モード燃費は30.0km/L(JC08モード燃費で27.0km/L)を達成。そして今回、JC08モード燃費は29.0km/Lに達した。
これを実現するため、エンジンやCVTの基本的な部分は変わっていないものの、燃費向上のための新機構を追加や制御の変更などを行っている。
新たに採用した「サーモマネージメント」は、言葉のイメージからすると早めに温めてフルードの粘度を下げて抵抗を小さくするように思うところだが、実際はまったく逆。
エンジンの暖機過程で、従来のCVTでは常に熱交換しており、CVTフルードの温度は上がるが、エンジン水温の上がり方がわるくなる。すると燃費は悪化してしまう。そこで、暖機過程での熱交換をシャットアウトし、まずエンジンを温めて燃費がよい状態になったところでCVTフルードを温めるという手法を採ることで、暖機過程の燃費を向上させることに成功した。
また、新「エコアイドルストップ」は、車速が9km/hを下回るとエンジンを停止する。「ミライース」では7km/hだったところ、2km/h上がったとはいえ、かたやスズキは13km/hを実現している。一見スズキのほうがすごいように感じるところだが、開発者に聞くと「必要ない」そうだ。
というのは、スズキはCVTとエンジンのロックアップを13km/hまで行っており、減速時には13km/hまで燃料噴射をカットし、それ以下の車速ではアイドルストップする。これに対しムーヴでは、ロックアップを10km/hまで行っているので、それ以下の車速でアイドルストップするようにすれば、同様に燃料を噴射することはない。
さらに別の問題として、あまりアイドルストップする車速が高いと、エンジンのON/OFFが切り替わるところでギクシャクしやすくなるといった煩わしさも実際には出てくるので、低燃費と運転しやすさを両立するためには、アイドルストップする車速を9km/hに上げるのが妥当と判断したのだと言う。そしてそれを今後、ロックアップする車速と同じ10km/hまで、もう1km/h上げることで、まったく燃料を噴射せずにすむよう努力しているところとのことだ。
アイドルストップ自体に関しては、先に述べたとおり振動や音も改善されて、非常にスムーズになっていたことを改めて念を押しておこう。
ただし、新しい技術の多くは自然吸気のみで、執筆時点ではターボを搭載するカスタムRSには採用されていない。開発者もターボはスズキに負けを認めているのだが、今後はターボにも展開する予定があるようなので、ターボ派も期待してよいだろう。
という具合にムーヴは、現行型になってわずか2年でマイナーチェンジと思えないほどの進化を遂げた。これにはワゴンRやN-ONEなどライバルの台頭が大きく関係しており、「危機感を覚えた」と率直に表現していた。しかし、ただの「脅威」ではなく、ムーヴの開発者にとってはむしろ社内的な調整など含め、“やりたいことができた”のだと言う。それが通常では考えられないほど濃い内容のマイナーチェンジにつながったというわけだ。しかも、全体的に値下げまでされているのだからたいしたものだ。これからムーヴを買おうという人は、大いにトクをした気分になってよいのではと思う。