インプレッション

スズキ「スペーシア」

より万人向けのスタイリングに

 もはやハイトワゴンタイプの軽自動車の「定番」と化したダイハツ工業「タント」や、勢いのある新興勢力の本田技研工業「N BOX」に比べると、前身のパレットはいま1つ存在感に乏しい感があるのは否めなかった。そのパレットのデビューから5年が経過し、モデルチェンジを期に「スペーシア」に改名。基本的にはパレットのキープコンセプトながら、スズキ独自の技術の投入など5年分の大きな進化を果たしている。

 標準車に加えカスタム系の「スティングレー」という両キャラクターを同時発売するワゴンRと異なり、先に発売されたのは標準車のスペーシアのみで、「カスタム」と呼ぶらしいスポーティ系はしばしおあずけのようだ。

 パレットよりもさらにオーソドックなように目に映るスタイリングは、まさに「万人向け」を狙ったのだろう。ルーフ、ドアミラー、ホイールキャップをホワイト塗装とした2トーンルーフ仕様車の設定もニュースだが、なんとなくしっくりこなくて、ホンダほど上手くできていない気がしてしまった。

 進化を果たしたポイントはいくつもある中で、まずは自然吸気エンジンのFF車でクラストップの29.0km/Lという燃費性能に注目したい。

 これには「エネチャージ」「新アイドリンスストップシステム」「エコクール」などによる「スズキグリーンテクノロジー」や、90kgの軽量化などが効いている。今回は燃費計測を行っていないが、確実に実走燃費もよくなっていると考えてよいだろう。

 ドライブしてみると、ワゴンRと同じく13km/h以下でアイドリングストップするのだが、まだクルマが動いているうちにエンジンが止まるというのは、やはりインパクトがある。発進停止を繰り返すシチュエーションでは、少々煩わしい思いをする部分もなくはないものの、エンジンが止まること自体、エコの「演出」の1つとして楽しむことができる。

自然吸気の直列3気筒DOHC 0.66リッターエンジンを搭載する「X」。ボディーサイズはいずれのグレードも3395×1475×1735mm(全長×全幅×全高)で、ホイールベースは2425mm
直列3気筒DOHC 0.66リッターターボエンジンを搭載する「T」

自然吸気とターボはまさに一長一短

 ダイハツのタントの場合、ターボはカスタムのみで、標準系には設定がないところ、スズキはスペーシアの標準モデルにもターボを用意しており、さらに自然吸気エンジン車も含めタコメーターを全車に装備している。実際には6500rpm程度までしか回らないのに、7000rpmからレッドゾーンとなっていて、9000rpmという高回転まで刻まれており、どうしてこんな設定に? という気もしたのだが、「走り」をアピールするためにあえてこのようにしたそうだ。

 パワートレーン系は基本的にワゴンRと同様の進化を果たしており、低フリクション化やタイミングチェーンの細幅化など、ワゴンRにも採用した技術を盛り込むとともに、スペーシアへ搭載するにあたり若干の見直しを行ったと言う。

自然吸気の直列3気筒DOHC 0.66リッターエンジンは、最高出力38kW(52PS)/6000rpm、最大トルク63Nm(6.4kgm)/4000rpmを発生
直列3気筒DOHC 0.66リッターターボエンジンの最高出力は47kW(64PS)/6000rpm、最大トルクは95Nm(9.7kgm)/3000rpm

 微妙な違いを挙げると、VVTの適合をより燃費優先とした。つまりアトキンソンサイクルとなる領域を拡大したことになるのだが、それによりエンジントルクが落ちるのを補うため、電子スロットルやCVTの制御を最適化し、違和感なく運転できるようにしたと言う。

 実際、自然吸気、ターボエンジンともワゴンRではアクセルを踏み込んで実際に加速し始めるまでのタイムラグが大きいことがかなり気になった。燃費向上のためにあえてそうしたとワゴンRの開発陣は述べていたのだが、スペーシアも同様の傾向は見受けられるものの、ワゴンRほど気にならなくなっていた。

 自然吸気とターボでは、もちろん動力性能は大きく違う。ただし、運転しやすさという切り口では、一概にターボが優れるとは言えない。ターボは2500rpmあたりから効き始め、力強いトルク感が出てくる。しかし、普通に流しているとCVTの変速も1300-1400rpmあたりを多用して燃費を稼ぎ、なるべく高回転域を使わないようになっているため、やはり踏み始めのレスポンスは多少遅れる。とくに低回転からの再加速では、過給が立ち上がるまでワンテンポ遅れる。その点では、自然吸気の方が低回転域のレスポンスはリニアだ。

 また、自然吸気エンジンはリニアであるぶんギクシャクしやすいので、なましをかけているほどらしい。ただし、中~高回転域では踏んでも音だけ甲高くなってあまり強い加速が得られない。

 逆に、ターボエンジンは過給が十分に得られている状態ではターボラグもなく、もちろん圧倒的にトルクフルだ。実走燃費についても、自然吸気のほうが必ずしもよいとは限らず、状況や運転の仕方によってはターボの方がよくなると思ってよいだろう。

 というわけで、一長一短ではあるが高速道路を頻繁に使う人や、加速力を求める人は、ターボエンジンを選んだほうが賢明。反対に、運転する大半の時間を60km/h以下で走るという人なら、自然吸気エンジンのほうが運転しやすく、むしろメリットがあるように思う。また、ややピーキーに感じられるターボエンジンに対し、自然吸気エンジンはいたってマイルドな特性なので、女性や年配者にも優しいとも言える。

 「S」モードを選ぶと、エンジン回転を高めに維持するようシフトスケジュールが変わる。音や振動については、燃焼圧力の低い自然吸気エンジンの方が、全体的にレベルが低く抑えられている。どちらも頻繁に使う低回転域から3000-4000rpmあたりまでは十分に静か。そこを超えると、さすがに音も振動も気になるレベルになるが、現実的にはあまり使わない領域なので問題ないだろう。

 また、ワゴンRもそうだったが、このスペーシアも出足こそやや鈍いものの、そのあと流れに乗るまでの加速フィールに独特の軽やかさがある。これは、軽くなった車体や副変速機が付くCVTによる変速比の調整もそうだが、エネチャージの恩恵も小さくないと思われる。

 オルタネーターの負荷は意外なほど大きく、数ニュートンは使ってしまう。とくにスペーシアでは比較的大きめのオルタネーターを用いているらしいのでなおのこと、それに対し、エンジン出力の発電に使われていた部分もフルに加速に使うことができるようになったわけだ。

 ただし、巡航時でも時折充電のための制御は介入する。その際には、アクセルペダルの踏み込み量は一定でも、空気量を増やすことで対応している。瞬間燃費計を見ていると、たまに急に落ち込むときがあるので分かる。

 フットワークにも軽さが生きている。もともと前身であるパレットのときからタントのほうが直進性、安定性、快適性などでは上回っていたところ、操縦性に関してはパレットのほうが上だなと思っていたが、スペーシアはよりその傾向が増したように感じられた。

 直感するのはパレットに比べて剛性感が大幅に高まっていることだ。操舵に対して車体全体がしっかりついてきて、走りに一体感もある。また、このハイトタイプの軽自動車では横転させないようにと、限界域で頑固なアンダーステアにしている車種が見受けられるが、スペーシアは比較的ニュートラルステア。この形状ながら比較的ロールが抑えられていて、ウワモノがぐらつく感覚は思ったほど大きくない。

 電動パワーステアリングは、やや中立付近のフリクション感が大きめではあるものの、接地感もあり、比較的しっかりとした手応えもある。乗り心地に関しては、タイヤの指定空気圧がワゴンRと同じ280kPaと高いわりには頑張っている。それでも、この高い空気圧で得られたわずかな燃費の上がり幅を考えると、快適性に関しては失ったもののほうが大きいように思えるのが正直なところ。少し空気圧を落とすだけで、そのあたりだいぶよくなりそうではある。

ユーティリティ性は向上

 ユーティリティ面では、パレットでは収納スペースが小さいことが不評だったが、スペーシアでは改善されている。ティッシュ箱の入るスペースは多数。前席のウォークスルーは、足下に何も出っ張りがないので移動しやすい。後席フロアはフラットで、前後スライド量はとても大きく、一番前にしてもニースペースは確保できるし、一番後ろにすると300mm以上となる。

 また、Cピラーにある窓が広いので、半円楕円のような形状のタントに対して開放感の点で上回る。どの席に座っても頭上は相当に広く、横方向の圧迫感もない。後席にはサンシェードまで付いている。後席サイドウインドーは半分程度しか開かないが、まあよしとしよう。

 全体としては、パレットのよい部分を受け継ぎつつ、不満のあった部分の問題点を解消するとともに、プラスαを加えたクルマであり、とくに燃費に関してはスズキグリーンテクノロジーが光る。タントやN BOXに劣っていた室内空間の広さや収納スペースについても概ねイーブンとなった。走りについては一長一短だが、軽快感は3モデル中でもっとも上だろう。ライバルに対してどこが負けているかを考える必要はなく、ここが好きだからスペーシアを選ぶ、というクルマになったように思う。

ティッシュ箱の入るスペースが多く用意された
足下は出っ張りがなく移動しやすい
低燃費技術「スズキグリーンテクノロジー」と徹底した軽量化などにより、自然吸気エンジンを搭載する2WD(FF)車のJC08モード燃費は29.0km/Lを達成した
ボディーサイズは「パレット」から数値的な変更はないが、室内サイズは2215×1320×1375mm(室内長×室内幅×室内高)となり、145mm長く、40mm広く、10mm高くなった
Cピラーにある窓が広いため、半円楕円のような形状のタントと比べ開放感は高い
後席にはサンシェードが付く

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。