インプレッション

ポルシェ「パナメーラ GTS」

 ある意味、ポルシェの新時代を最も体現する「パナメーラ」は、3年前、2009年の上海オートショーでワールドプレミア。同じ年の夏には日本マーケットでも正式にローンチされた、ポルシェ製の量産モデル史上初の4ドアサルーンである。

 パワーユニットは、現代ポルシェの法則に従って全車直噴エンジンとされ、「パナメーラS」と「パナメーラ4S」には400PSを発生するV型8気筒DOHC 4.8リッター、「パナメーラ ターボ」には500PSのV型8気筒DOHC 4.8リッターツインターボが組み合わされる。

 2010年には、300PSを発生する自然吸気のV型6気筒3.6リッターを搭載するスタンダード版「パナメーラ」と4WDの「パナメーラ4」も追加。さらに2011年には3リッターV6+ターボディーゼルを搭載する「パナメーラ ディーゼル」(日本市場未導入)と、「カイエン S ハイブリッド」と共通のパラレル式ハイブリッドシステムを搭載する「パナメーラ S ハイブリッド」も用意されることになった。

 駆動方式は、「Sハイブリッド」と「ディーゼル」はFRのみ。そして日本に正規導入されているV6/V8自然吸気モデルではFRと4WDが選択できるが、最高性能版のターボは4WDのみの体制となっている。

 そして、2011年のロサンゼルス・オートショーで世界初公開されたのち、同年の東京モーターショー2011において、ジャパンプレミアを果たした「パナメーラ GTS」が、この秋から、ようやく日本国内でのデリバリーを開始することになった。

現時点では最強の自然吸気パナメーラ

 「GTS」のネーミングを冠したポルシェは、これまでにも複数のモデルが存在してきた。その開祖となったのは、1964年に約100台が製作された純粋なレン・シュポルト「904 カレラ GTS」。そしてその名跡を継承したのが、2代目カイエンのモデル末期に設定された「カイエン GTS」から始まり、そののち歴代カイエンや997系911のモデル末期にも設定された一連の「GTS」である。

 このほど日本に上陸したパナメーラ GTSは、明らかに後者、すなわち現代版GTSのフィロソフィーを継承したモデルの1つと言うべきだろう。単一モデルとしての販売時期が佳境に入った時期に現れる、最も熟成された究極的なバージョン……という意味合いの「GTS」なのだ。

 パナメーラ GTSのベースとなったのは、V8+4WD版の「パナメーラ4S」。つまり、パナメーラ GTSの駆動レイアウトもフルタイム4WDとなる。一方、パワーユニットとして選ばれた4.8リッターのV型8気筒DOHC自然吸気エンジンもパナメーラS/4S用をベースとするもので、最高出力はS/4S用よりも22kW(30PS)高い316kW(430PS)/6700rpmを発生。最大トルクも20Nm高められて520Nmとなった。

 ドライブトレーンは7速デュアルクラッチトランスミッションの「PDK(ポルシェ・ドッペルクップルング)」、および4WDシステム「PTM(ポルシェ・トラクション・マネージメント)」との組み合わせ。そして静止状態からわずか4.5秒で100km/hに達し、最高速度は288 km/hにも及び、少なくとも現時点では「最強の自然吸気パナメーラ」となる高性能を手に入れるに至った。

 そしてこの動力性能アップに負けることのないよう、GTSではシャシーにもブラッシュアップが図られている。「アダプティブエアサスペンション」と「PASM(ポルシェ・アクティブサスペンション・マネージメントシステム)」には、セルフレベリング機能やライドハイトコントロール機能、可変バネレート機能に加えて、より固められた電子制御ダンパーを装備。サスペンションは15mm低められたほか、パナメーラ ターボと共通の大容量ブレーキシステムに換装されている。

 タイヤは前255/45 ZR19、後285/40 ZR19を標準装備とするが、さらに今回のテスト車では前後とも20インチの「RSスパイダーデザインホイール(25万3000円のオプション)を装着していた。

 エクステリアでは、専用デザインのフロントバンパーにブラックアウトされたサイドスカートとテールパイプを装備。また、パナメーラ全車に標準装備される速度感応式リアスポイラーは、ほかのNAバージョンがシンプルなワンピース型であるのに対し、GTSではターボと共通となる、左右が分割してポップアップする「4Wayリアスポイラー」を標準装備する。

 またキャビン内についても、シェイプの深いバケットシートやシフトパドルを備えたスポーツデザインのステアリングホイール、そしてダッシュパネルやコンソールなどもすべてブラックレザーとアルカンターラで仕立てた「エクスクルーシブGTSレザーインテリア」が奢られる。

 特に直接手の触れる部位はステアリングホイールをはじめアルカンターラが使用されるなど、上質なマテリアルをふんだんに使用しつつ、ポルシェの伝統であるストイックな雰囲気のまま仕立て上げているのだ。

 メカニズム、エクステリア/インテリアともに格段のスポーティ化を図ったとされるパナメーラGTS。伝統の「GTS」の名を冠するに相応しいポルシェとなっているかどうか、このあとじっくり検証させていただくことにしよう。

ハンドリングと乗り心地を完全両立

 パナメーラ GTSについて、おそらくほかのいかなる要素よりも関心を集めているだろうエンジンについての第一印象は、とにかく自然吸気のよさが感じられる佳作ということ。レスポンス・吹け上がりともに極めてシャープで、ジェントルな印象が強かったパナメーラS/4Sよりも明らかにスポーティなフィーリングを持つ。

 その一方で、太いトルクを保ったままナチュラルに回転を重ねていく感じは、大排気量NAならではのもので、パナメーラ ターボの、思わずアクセルを踏む爪先が怯んでしまうかのような加速感こそないが、回転フィールやマナーはターボよりも緻密。それゆえ、古くからのファンが愛してきた「ポルシェらしさ」という点では、ターボよりもGTSに軍配を上げたいと思うのだ。

 ただし唯一最後まで馴染めなかったのが、標準装備の「スポーツエグゾーストシステム」から聞こえてくるV8サウンド。コンソールのスイッチで「SPORTS」および「SPORT PLUS」モードを選択した際、あるいは任意のスイッチ操作によって迫力ある排気音に変わるのだが、あくまで個人的な意見ながら、筆者にはこの音がいささか演出過多、あるいは迫力過多に感じられてしまったのだ。

 もはや懐古趣味的な発想に違いないだろうが、筆者が思うポルシェのサウンドは、精密機械を思わせるような精緻なスムーズさを表現したもの。それゆえ、同じV8でも、アメリカンV8を連想させるようなドロドロ感よりは、例えばE92系BMW M3のような、精緻なエキゾーストノートを求めたくなってしまうところである。

 しかし、このクルマのワールドプレミアの場となった北米に加えて、今や最大マーケットの一翼を担う中国やロシアなど新興国のテイストを勘案すれば、このV8サウンドはアリ、と考えられたのであろう。

 しかし、エキゾーストノートについて稚拙な感情論に耽っていた筆者を完全にノックアウトしてしまったのが、シャシー性能の素晴らしさである。歴代カイエン GTSに代表される従来の「新世代GTS」は、いずれもかなりハードなシャシーセットに驚かされたが、他方このパナメーラ GTSは至って快適。完全なフラットライドを実現し、その気になればショーファードリブンだって可能と思えるほどの乗り心地を披露してくれたのだ。

 しかもこれだけ乗り心地がよければ、ハンドリングはかなりのコンフォート指向になっているかと思いきや、実際はその逆。実は今回のテストドライブに当たって、10月末に開催された「浅間ヒルクライム2012」と同じコースをかなり本気のペースで走らせるチャンスを得たのだが、試乗車にはオプションの「PDCC(ポルシェダイナミックシャシーコントロール)」が装着されていたこともあり、コーナーのRの大小を問わず、ロールはほとんど体感できないほどに軽微。これまでのパナメーラ各モデルをさらに上回る切れ味のハンドリングに驚かされてしまうことになったのである。

着られるパナメーラ

 日本のベテラン・ポルシェ・ファンの間で、「ポルシェを着る」という独特の言い回しがあることを知る者は、今ではすっかり少なくなってしまったかもしれない。往年のポルシェファンが「356」やナロー「911」の時代から愛してやまなかった、独特の一体感について語ったものである。

 ホイールベースが2920mm、全長×全幅×全高が4970×1930×1410mm、そしてウェイトは1940kgもあるパナメーラGTSには、たしかに旧きよき356やナロー911のごとき、カミソリのような切れ味は望むべくもない。また日本の狭い市街地や駐車場では、その巨大なボディを持て余すようなシーンも少なからずあったことから、どう見てもリアルスポーツカーとは程遠いという先入観を抱いてしまっていた。

 しかしその先入観は、ヒルクライムコースにノーズを向けた瞬間から完全に払拭されることになった。まるでクルマがひと回りどころかふた回りも小さくなったような圧倒的に心地よい一体感が、巨大な全身を支配する。これは「着る」ことができるパナメーラと呼んでしまいたいのだ。

 ポルシェ自らが「ポルシェエンジニアリングの粋を結集したスポーツカー」と称するパナメーラ。これまで乗ったいかなるバージョンについても、そのスローガンに偽りがないことは確かに証明されていたと考えている。しかし新しいGTSは従来の資質をさらに高め、単なる追加バージョンに留まらない、パナメーラの世界観をも昇華させる決定版になったと断じてしまってよいだろう。

 これも日本のポルシェファンの間では言い古された名言「最良の911は最新の911」を勝手に引用し、「最良のパナメーラは最新のパナメーラ」と言わせていただくことにしたい。

(武田公実)