インプレッション

フェラーリ「FF」

フェラーリというクルマのイメージ

 「フェラーリを試乗するお仕事があるんですけれど、ご予定いかがですか?」。まるでいつもの仕事依頼をするかのように、編集部の担当氏は電話口で語りだした。オイオイ、ちょっとまて。こちとら国産車ばかりを乗り継ぎ、普段の仕事だって国産車を中心に試乗している身である。そんな人間にフェラーリの試乗をさせようっていうんだから尋常じゃない。「人違いでは?」と返答しようかと思ったが、やはり乗りたい欲求には勝てず。「スケジュールOKです!」と元気よく答えてしまったのでありました。

 ちなみに試乗が許されるのは朝から夕方まで。短期決戦になりそうである。そんな事前情報を聞いたからには勉強せねば。付け焼刃的にフェラーリの専門書を読み漁る日々が続いた。だがしかし、ハッキリ言って無知である。マニアックな情報が知りたい方であれば「ほかをどうぞ」と断言しておきます。これから綴るインプレは、ファミレスの味を愛する平凡なオッサンが、3ツ星高級料理店の味を語るようなものであることをお許しください。

 ……と、言い訳が終わったところでフェラーリである。皆さんはフェラーリについてどのようなイメージをお持ちだろうか? 僕がフェラーリに抱いているのは、官能的であり、神秘的でもあり、乗れば跳ね馬ヨロシク荒れ狂うような性能を有している、といったところ。実はこれまでに数台のフェラーリに乗ったことはあるのだが、そのいずれにもこんな感覚があったことを思い出す。手綱さばきを間違えればアッという間に裏切りそうな危うい感覚もまた、フェラーリの魅力の1つなのだと勝手に悟ったのだ。

 今回試乗するフェラーリ「FF(フェラーリ・フォー)」も、きっとそんなクルマなのだろうと予測していた。4人乗りで4駆という異色のフェラーリなのだから、これまでの路線とは明らかに違うことは理解できるのだが、そこは跳ね馬。見た目こそピニンファリーナ仕込みの上品さが漂っているが、中身は荒れ狂うほどのポテンシャルがあるに違いない。

FFのボディーサイズは4907×1953×1379mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2990mm。車両重量は1880kgで、前後重量バランスは47:53となっている。装着タイヤのサイズはフロントが245/35 R20、リアが295/35 R20

 それはスペックを見れば明らかだ。V型12気筒6262ccエンジンをフロントに押し込み、最高出力は486kW(660PS)/8000rpm、最大トルクは683Nm/6000rpmを発生するというのである。このパワーを路面に確実に伝えるために「4RM」と呼ばれるトルクスプリット4輪駆動システムを搭載している。

 ただし、その成りではバランスがわるいと4RMはシンプルな造りとすることで軽量化を実現する一方で、エンジンの前側に配置。トランスミッションはデュアルクラッチの7速をリアに搭載するトランスアクスル方式を採用し、重量配分は47:53を実現。車重もV12を搭載しているにも関わらず1880kgに抑えられている。

 スペック上で見ると、我々日本人にも馴染みのあるあのクルマに近いことが見えてくる。それは日産「GT-R」だ。大パワーエンジンをフロントに押し込み、トランスミッションはリアに搭載。同じく4WDで路面にパワーを確実に伝えようとしたところも似ている。現行の日産GT-RはツインターボのV型6気筒3.8リッター「VR38DETT」で、最高出力は404kW(550PS)/6400rpm、最大トルクは632Nm(64.5kgm)/3200-5800rpm(2013年モデル)と、スペック上ではフェラーリFFには劣っているのだが……。

 実はかつて日産GT-Rの初期型を無理して所有していたことがあるのだが、これがまたジャジャ馬だった。サーキットでは4WDをもってしても暴れ狂うし、一般公道でもちょっとその気になっただけで暴力的な加速が襲ってきたのだ。もちろん、それはそれで楽しめるものではあったが、手の内に収めることに必死になっていたこともまた事実である。

許されるなら普段のパートナーにしたい

V型12気筒6262ccエンジンの最高出力は486kW(660PS)/8000rpm、最大トルクは683Nm/6000rpmを発生

 それ以上のスペックを誇るフェラーリFF。一体どんな世界が待ち受けているのだろう? 早速コクピットに乗り込み、ステアリングにあるエンジンスタートボタンを押してみる。するとどうだろう。いきなりV12が豪快な産声を上げるではありませんか。思わずブリッピングをしてしまったが、そんな気にさせるほどに、いきなり官能的だ。

 ただし、走り出しはあくまでスマート。ツインクラッチのギクシャクした感覚もなく、スルスルと地下駐車場から脱出していくから拍子抜け。唯一気を使ったのは1953mmもある全幅くらいなもので、それ以外は他のATのクルマと何ら変わらない印象なのだ。ハッキリ言って「これでホントにフェラーリなの?」と疑いたくなるほどの扱いやすさなのだ。その後はステアリング内にあるボタン式のウインカーにアタフタしながらも何とか都心を駆け抜けて行く。

 その道中、信号待ちでアイドリングストップすることを発見。やはりフェラーリと言え、イマドキに仕上がっている。おかげで燃料消費量は15.4L/100km、CO2排出量は360g/kmを確保。決してエコという数字ではないが、6.3リッターのV12でこの数値は大健闘ではないだろうか。

ステアリングの右側にある「マネッティーノ」用スイッチ。「ESC OFF」「SPORT」「COMFORT」「WET」「SNOW」の中から走行特性の切り替えが行える

 都市部ではステアリングホイールにあるマネッティーノをコンフォートで乗ってみる。これは5つの走行モードが選択可能で、「ESC OFF」「SPORT」「COMFORT」「WET」「SNOW」のレンジが用意され、ESCの介入度合からセンターデフのロック率、シフトスピードの速さ、サスペンションの硬さなどが瞬時に変更される。COMFORTモードではあくまでスムースに、そして乗り心地もよく走る印象で、スーパースポーツ的なスパルタンな乗り味は皆無。エンジン回転も1500rpmあたりでウロウロするくらいで、静かすぎるくらいに感じてしまうほどだった。

 だが、後に高速道路に乗り、試しにSPORTモードに入れてみるとたちまち本領発揮! クルマはシャキッと引き締まり、巨体が手の内に収められたかのように意思通りにピタリと動いてくれる。大柄な全幅も全長もこれなら気にならない。一体感はかなり高い。その上でシフトをマニュアル操作すれば官能的な世界が襲ってくるから心地よい。もちろん、すべてを楽しむにはサーキットが必要になることは間違いないが、例え法定速度内であったとしてもそのよさは十分に感じられる。

 それは自らが求めた操作とクルマの動きがみごとにリンクし、さらには調教されたエンジンレスポンスがあるからだろう。決して暴力的ではなく、右足のミリ単位の動きを反映してくれる反応のよさはみごととしか言いようがない。だからこそ飛ばさなくても楽しいのだ。よき調教師に育てられた最近の跳ね馬は「跳ね具合もドライバー次第」といった感覚。そのしつけのよさに官能のサウンドがついてくるのだから言うことなしである。

 さらに言えば、高速安定性も見どころの1つ。ピタリとどこまでも安定したその姿勢は、ホイールベース2990mmであること、そして重量バランスに優れること、さらには豊かなトレッド(フロント:1676mm、リア:1660mm)も効いているのだろう。最高速335km/hを誇るだけのことはある。それも許される環境ならきっと確実なのだろう、そのことはちょっと真っ直ぐ走っただけでも容易に想像がつく。フロント245/35 ZR20、リア295/35 ZR20を装着しながらも、ワンダリングを受けずに突き進む感覚は見どころ。これぞフェラーリFFの真骨頂と言えるだろう。

 こうして走行性能を知った後にリアシートの乗り心地も確認。頭上高もしっかりと稼ぎ、さらにはグラスルーフを採用することで圧迫感なく過ごせるところは意外な一面だった。さらに感心したのはお尻の下にあるはずのトランスミッションについて、存在感を感じることがなかったことだ。荷物の積載性も含めてあくまで普通に4シーターしていたところに、フェラーリの新しい一面を感じたのだ。

 はじめはフェラーリだからと敷居を高く感じていた今回の試乗だったが、値段以外は実に馴染みやすかったことが印象的。許されるなら普段のパートナーにしたいと思えるその仕上がりこそ、このクルマが切り開いた新たなるフェラーリの姿ではないだろうか。

Photo:安田 剛

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。