インプレッション

STI「BRZ tS」

BRZ初のコンプリートモデル

 BRZの登場から約1年半、そろそろ出るだろうと思っていたSTIによるコンプリートモデルがついに現れた。ベース車に対してシャシーを中心に手が加えられているが、エンジンには触れていないため、「S」や「R」シリーズではなく、「tS」シリーズの一員となる。限定500台の販売でベース車の82万円高からという価格設定は、以下で述べる内容を考えるとなかなかリーズナブルという印象だ。

 この1年半、BRZを幾度となくドライブする機会があった。そのたびに楽しいクルマであることを再認識する半面、初めてドライブしたときから抱いている不満点もあり、ここがこうならいいのにと感じた部分が少なからず存在することも事実だ。

 そんな中で発売されたのがこのBRZ tS。思い返せば、これまでにSTIのコンプリートモデルをドライブした経験はいつも感心させられてばかりだった。ワークスチューンによるコンプリートモデルが示すBRZの可能性に期待したいところだ。

「BRZ tS」
「BRZ tS GTパッケージ」

 このクルマの開発にあたっては、現在ともにスバルからSTIに出向している2人の人物が深く関わっている。ベース車のBRZ/86の走行性能の開発にも直接的に携わった渋谷氏が走りを総括し、過去のインプレッサの開発責任者を務めた森氏が取りまとめたという。BRZのことを世界で最も把握しているであろう両氏が理想を追求して開発したのがこのクルマなのだ。

試乗の合間に開発陣から車両解説を受ける
STI 商品開発部 車両実験グループ 担当部長の渋谷真氏
STI 商品開発部 マーケティンググループ 担当部長の森宏志氏

 このクルマに装着されているパーツは、汎用品を除いて基本的に単品では販売されない。走りに直接的に関係する部分では、足まわりにSTI独自のフレキシブルタワーバーとフレキシブルドロースティフナーをフロントに装着したほか、リアサスのブッシュを一部ピロボール化して、ブレーキもブレンボ製に交換している。そして、とても興味深く思ったのがドライブシャフトの大径化だ。前出の両氏がやるべきと判断した上でのことだろうから、その効果は小さくないだろうと想像される。

エンジンルームに設置されたフレキシブルタワーバー
STIのロゴマークが入るフロント側のフレキシブルドロースティフナー
前後ブレーキをブレンボ製に変更
リアサスペンションのブッシュを一部ピロボールに変更。コイルスプリングはSTIのイメージカラーのチェリーピンクにカラーリングされている

大径ドライブシャフト採用の恩恵

 ノーマルのBRZとは違いは走り始めてすぐ明確に分かる。それはアクセル、ブレーキ、ステアリングの操作に対して、すべてがリニアに反応する感覚。先で述べた大径ドライブシャフトも確実に効いているようで、変形がなくなることによりダイレクトな感覚でトラクションを得ることが可能となる。ベース車ではアクセルのオン/オフに対して微妙にシャフトがしなったり戻ろうとしたりする力が働いてダイレクト感が損なわれていたことを、tSに乗ることで理解したとも言える。

 本当にごく小さな動きだろうが、人間の感覚というのは意外と繊細なもので、こうしたわずかな違いも感じ取れる。この働きによってまったく遅れなくトラクションが立ち上がるため、ベース車から変わっていないはずの動力性能まで、微妙にトルクが上がったかのように感じられるほどだ。さらに、この効果でギヤのシンクロが同期されやすくなるため、シフトフィールまでよくなるとのこと。確かにシフトチェンジ時の引っかかり感が薄れてよりスムーズになっている。

 吸気音を控えめ演出にした「サウンドクリエーター」にも好感を抱いた。ノーマルでもやりたかったことは分かるが、原音があまり心地よい音質ではないので、それを強調してもどうかなと感じていた。今回のtSでトライしたぐらいの音量がちょうどよいと思う。

 フットワーク全般も大きく洗練されている。よくストロークしながらもダンピングの効いた足まわりは、ノーマルの“動かず跳ねる足まわり”による硬い乗り味とはまったく異質のもので、乗り心地は圧倒的によい。4輪がしなやかに路面を捉える感覚もある。

 もともと重心が低く、ステアリングワークに対して俊敏に反応する楽しさを持ち合わせているBRZだが、中立付近にやや遊びがあり、舵角に対する正確性に欠ける感があった。ところがtSではステアリングがピタッと1発で決まり、フロントが旋回を始めた瞬間にリアのグリップも立ち上がる味付けで、与えた舵角に対してきれいに狙ったラインをトレースしていける。修正舵はほとんど必要ない。

 これにはサスペンションチューンや諸々のパーツの追加に加えて、ステアリングギアボックスの取付ボルトを貫通させ、動きを抑えたことも大きいと思われる。ノーマルのBRZに見受けられる少し頼りないステアフィーリングは、このあたりにも原因があったようだ。

 また、前述の大径ドライブシャフトは加速時だけでなく、エンジンブレーキも遅れなく生じさせるので、旋回中の加減速がよりダイレクトなフィーリングとなってコントロール性が高まる。ハンドリングに対してのよい影響も小さくないのだ。

 WRX STIからキャリパーとローターを移植し、ピストン径を下げるなどの変更で最適化を図ったブレンボ製ブレーキは、動力性能に対してキャパシティに余力を感じさせるもので、タッチの剛性感、コントロールしやすさともに申し分ない。

STIのコンプリートモデルなればこそ

 60万円高の「GTパッケージ」を選ぶと、ドライカーボン製リアスポイラーやレカロ製バケットシートが付き、アルミホイールがシルバーからブラック塗装となる。GTマシンを彷彿とさせるリアスポイラーは、BRZの個性的なスタイリングによく似合う。さらに単品で用意されたフロントのスカートリップ、サイドアンダースポイラー、リアサイドアンダースポイラーなどのアイテムを装着すると高まる。

 シートはレカロの「スポーツスター」をベースにアレンジしたもの。しかも、「STIのクルマとして出すからには、ベース車に付いている安全装備をなくすという選択肢は思想としてありえなかった」と森氏が述べるように、わざわざサイドエアバッグを内蔵させているのが特徴だ。また、一般的にアフターパーツとして販売されているスポーツシートを装着すると、ヒップポジションが上がってしまうことも多いのだが、低いポジションを維持しているあたりもさすがはコンプリートモデル。説明によればギリギリまで低くなるよう工夫し、ベース車のリフターで最も下げた場合と同じ位置を実現したとのこと。これも開発陣のこだわりが大いに表れた部分だ。

 さらにGTパッケージには先で述べたとおりドライカーボン製スポイラーも付く。これを30万円と見積もるとして、シートも定価が約25万円で、レールやエアバッグを含めると1脚30万円と仮定すると、これだけで合計90万円。GTパッケージの60万円高という価格設定はいかに買い得感が高いかご理解いただけるかと思う。

特徴的なドライカーボン製リアスポイラー
タイヤサイズなどに変更はないが、GTパッケージではSUPER GT参戦車両のイメージを受け継ぐブラック塗装に変更される
スポーティなイメージを高めてくれるスポイラー類を追加
サイドエアバッグを装備したレカロ製バケットタイプフロントシートを採用

 インテリアもカーボン調のパネル類が与えられ、シルバー加飾のパーツをダークキャストメタリック加飾に変更。ドアトリムにアルカンターラを配するなどによって雰囲気を変え、ベース車から感じるちょっと安普請な印象が一変している。

高級本革巻ステアリングを採用。メーターバイザーはアルカンターラ張りとなっている
260km/hスケールの専用スポーツメーター
MT車のシフトノブ(写真)、AT車のセレクトレバーともにSTIロゴ入りの本革巻きとなる
インパネの加飾パネルはカーボン調に変更
ベースモデルではシルバー加飾のエアベントグリルやドアグリップなどはダークキャストメタリックに変更されている
ドアのアームレストトリムをアルカンターラに変更
ベースモデルで赤いステッチを黒に変更

 今回のtSは、ベース車では量産ラインに乗せるためにいろいろ制約のあったところに適宜手を加え、本来のポテンシャルを引き出すとBRZもここまで変化するということを、ワークスチューンによるコンプリートモデルの第1弾として見事に証明してくれた。そして1台のスポーツカーとして見てもドライブして本当に楽しく、完成度の高さを実感させられる仕上がりであった。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:高橋 学