【インプレッション・リポート】 プロトン「サトリアネオ」 |
プロトンという自動車メーカーは日本ではあまり馴染みがない。クルマの説明をする前に、少しプロトンについておさらいしよう。
プロトンはマレーシア最大の自動車メーカーで、1980年当時のマハティール首相の肝入りで産声を上げた同国初の国策自動車メーカーだ。マハティール首相は、「Look East政策」と銘打ち、日本を手本とした経済政策で大きな成果を上げたが、プロトンは三菱自動車工業と資本/技術面で強い結びつきがあり、当初は2代目ミラージュをノックダウンしたような形態で生産を開始した。
三菱との蜜月時代は長く続いたが、プロトンの業績向上に伴いシトロエンとも急接近し、AXをベースにしたプロトンモデルも生産するなどバリエーションの幅を広げた。さらにプロトン車は旧宗主国の英国などを中心として多くの国に輸出されており、マレーシアの経済成長に伴い、英国の名門、ロータスを買収するなどで名を世界に知らしめた。
一時、アジア圏の経済共同体AFTAの影響で、マレーシアの輸入車関税が引き下げられるとプロトンはシェアを落とし危機に陥ったが、最近ヒット車を出すことに成功し、現在は持ち直している。また最近、フォルクスワーゲンとの提携も報道されたが、プロトンの経営危機と重なったために解消しており、実現には至らなかった。
プロトンは誕生の経緯から三菱の技術をベースにしているが、少し前までランサーエボリューションのプロトン版がWRCなどに参戦しており、ホモロゲーションも取れて活躍していた。三菱とプロトンでは全く同じクルマで兄弟車と認められたのだ。
そんなプロトンが生産する今回のプロトン「サトリアネオ」について話を進めていこう。このクルマを日本に輸入するのはラリーで有名なキャロッセ。LSDなどのモータースポーツパーツで有名な兄弟会社のクスコも有名だ。では、何故モータースポーツのプロショップであるキャロッセがプロトンを輸入販売するのか? それは日本車に手軽に楽しめるクルマが激減してしまったからにほかならない。
殆どのクルマがATで、しかもMTがあっても高価でなかなか手が出ない。日本でモータースポーツ全盛、ラリー全盛だったころも、もちろんトップマシンは高価で速かったが(と言ってもたかが知れているが)、実際にラリーを支えていたのは自分で身銭を切って参加していた純粋なプライベーターたちだ。彼らのマシンは一線級のハイパワーカーでもなければスポーツグレードでもない。タコメーターさえも付いていないが、軽量で安価なベースグレードだったのだ。代表的なのは後輪駆動のKP61スターレットや前輪駆動のEP71スターレットで、軽量でパワーもないので安全に、そして着実に腕を磨くことができ、その中からもっと速いマシンのハンドルを握るドライバーが数多く存在した。
そして現在だが、クルマ好きの若者は言われているほど少なくない。しかし、その中からモータースポーツ志向の人々が選べるクルマは限られており、価格も高い。それならばと、キャロッセは自らそのようなクルマを探すことになった。そして以前からラリーを通じて関係のあったプロトン車に、白羽の矢が立ったというわけだ。
今回リリースされるサトリアネオがそれだが、デザインは今の日本車にはない前後のウィンドーを強く寝かしたもので、なかなかスタイリッシュで好感が持てる。元気だったころの3代目ミラージュ(HB)を彷彿とさせる。このようなデザインのクルマを、いつごろから日本で見なくなったのだろう。テールゲートに誇らしげに付けられた「HANDLING BY LOTUS」のエンブレムが懐かしい。ウィンドーを寝かしているためにノーズが長く見え、これもサトリアネオをスポーティに見せる大きな要因になっている。輸入されるのは3ドアだけなので、サイドウィンドーも大きくてこれも格好よい。
サトリアネオのボディーサイズは3905×1710×1420mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2440mm。乗車定員は5名、燃料タンク容量は50L |
駆動方式は2WD(FF)でトランスミッションは5速MTのみ。そしてエンジンは1.6リッターDOHCだが、出力は83kW(113PS)/6000rpmと控えめ。とくに可変バルブタイミングなどの新しい技術は採用されていない。可変バルタイ仕様の「R3」も本国にはあるが、「価格を抑えたベース車両を」というコンセプトのもと、日本にはあえて輸入されない。因みにボア×ストロークは76×88mmの1597ccで、三菱にはこのボア×ストロークはないことから、プロトン独自でモデファイされていることが分かる。燃料はハイオク仕様だ。
2440㎜のホイールベースは奇しくも3代目ミラージュと共通で、プロトン側で近代化したものと推察される。サスペンションはフロントがストラット、リアにマルチリンクを奢ったサスペンション形式を持っている。このプラットフォームはキャロッセ側の見解ではかなりパワーに対してかなりオーバークオリティに作られており、ラリーなどの過酷な競技でも十分にポテンシャルがあるとしている。
直列4気筒DOHC 1.6リッターエンジンを搭載し、最高出力83kW(113PS)/6000rpm、最大トルク148Nm(15.1kgm)/4000rpmを発生 | グッドイヤー EAGLE NCT 5を標準装備。タイヤサイズは195/55 R15 |
サスペンションはフロントがマクファーソンストラット式、リアはマルチリンク式が奢られる |
さてお待たせしました、いよいよ試乗! インテリアも外観にマッチしてスポーティでよくデザインされているが、質感は高くない。スイッチ類の節度感も低い。シートのホールド性もそれほど高くなく、長距離のドライビングではやや疲れそうだが、シートなどはドライバーの好みで交換してもらおうという意図である。なにより、モータースポーツのベース車両にとってはどうでもよいことだろう。
試乗コースは、丸和オートランド那須に隣接する「ドライビング パレット那須」で、簡単なジムカーナ場のようなところ。エンジンを一杯に回すと2速で吹けきってしまうほどのコンパクトなコースなので、勢い全開で走りたくなる。
ヘルメットを被るとルーフとのクリアランスがギリギリになるが、昨今のハイルーフスタイルの日本車にはない味だ。クラッチは適度な重さで、ミート幅も広いので扱いやすい。5速MTはシフトレバーの長さが適当で、スッキリと軽く操作できるのが嬉しい。
エンジンは最高出力の113PSを6000rpmで、最大トルクの15.1kgmを4000rpmで出す。スペックどおりオーソドックスで、パワーバンドは中速回転で元気になるタイプ。しかし低回転でもロングストロークで粘り強いトルクを出している。エンジンの回転フィールはシャープではないが軽く回ってくれる。トップエンドは6400rpmからレッドゾーンだが、6000rpmを超えると勢いで回るものの力はない。しかしながら燃費重視型のエンジンとは違った素直な出力特性が好ましい。ギアレシオは2速の守備範囲から推察するとワイドレシオのようだ。
トレッドはフロント/リアともに1470㎜。リアサスペンションは前述のようにマルチリンクで、タイヤは路面のアンジュレーションに対してフラットに接地している。ハンドリングのセッティングは最近の安定志向とは違ってアクセルのON/OFFでタックインを起こす。しかし急激なタックインではないのでコントロールは自在だ。リアサスペンションの形式だけではなくそのブッシュ類の特性もあるが、このあたりのチューニングはマルチリンクのポテンシャルを活かしてかなり大きなセッティング幅がありそうだ。
ステアリングは油圧式で、できのわるいEPS(電動パワーステアリング)のような操舵力変化はない。ロック・トウ・ロックは2回転半で操舵力、切れ角とも妥当なところである。ブレーキはノーマルではペダル剛性が足りない感じだが、パッドの選定や軽い補強でかなりしっかりしたものになるだろう。制動力そのものはタイヤやパッドなどでかなり差があるので今回の試乗では問題としない。おっと、言い忘れた。サトリオ・ネオにはABSは装備されない。今の常識では理解できないかもしれないが、ダートを走るラリー車では邪魔になることが多いのでこの仕様を選んだようだ。
2速一杯からのタイトターンではノーズが軽くスッと向きを変え、ハンドルワークで容易にリアを振り出すことができ、コーナーの立ち上がり方向にノーズを向けることができる。リアスライドを多用すると失速するので加速には苦労したが、これにLSDがあればまたドライビングの幅が広がり、なかなか面白そうだ。
続く2速でクラッチを蹴っ飛ばすようなS字では、ステアリングの切り角とアクセルのコントロールで姿勢変化を容易につけることができる。とにかく素性がなかなかよいのだ。しかもこれらの一連の動きはドライバーが十分にコントロールできる範囲で起こるので、いつまでも遊んでいられる。
ちなみにこのサトリオ・ネオ、販売価格は150~160万円を目指して販売されるようだ。フルラリー車にしても300万円程度を目標としている。こんな価格で手に入れることができるのは、1.6リッタークラスとしては今の日本では夢のようなことだ。
キャロッセでは、シーズン初めからサトリオ・ネオのラリー車を全日本ラリー選手権とアジア・パシフィックラリー選手権に参戦させ、パーツ開発を行う予定だ。すでに試乗会当日もラリー仕様の開発が同時進行で進められていた。販売はキャロッセと特約契約を結んだお店で行われる予定で、すでに30~40店舗が名乗りを上げていると言う。
キャロッセではサトリオ・ネオの販売を主としていない。安価に遊べる車を提供したいという熱い思いから踏み切っている。私の古くからの友人で、尊敬していたキャロッセ創業者、今は亡き加勢さんを思うと今でも切ない気持ちで一杯になる。しかし、彼のモータースポーツへの情熱は、現在のキャロッセにも脈々と受け継がれており嬉しい限りだ。
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(Photo:堤晋一)
2011年 2月 16日