インプレッション

ケータハムカーズ「セブン 130」

 ロータスが最初の「セブン」を発表したのが1957年。シンプルな構造、走るために必要な装備だけを積み、クルマの基本である軽量を第一目標に、パワーはなくとも軽量なエンジンでフットワークよく走る。そんなコンセプトは世界中で愛され、ロータスからも多くのバリエーションが誕生した。その後、ロータスによるセブンの生産は終了したが、紆余曲折の結果、セブンの製造権利をケータハムが買い取って生産を再開した。1973年のことである。基本的には初代セブンのコンセプトを継承していくつかのバリエーションを打ち出しているが、基本構造は変わっていない。

 さて、ケータハムは現在、大きく分けて3つのラインアップをそろえている。オリジナルに近い「ロードスポーツ」、軽量でシャシーをチューニングした「スーパーライト」、そして最新のシャシーに独立懸架のリアサスペンションを持ったスーパーモデル「CSR300」である。価格は453万6000円から788万4000円まで仕様によって違いはあるが、風を切って走るワイルドさはどのモデルにも共通している。とは言うものの、263PS/506㎏のマシンにほぼむき出しの身体を預けてかっ飛ばす「スーパーライト R500」の凄まじさは想像するだけでドキドキする。

 そんな一連の“ケータハム・セブン”に、エントリーモデルとなる「セブン 160」が新たに加わった。既存のシャシーを大幅に改造することなく開発コストをセーブし、信頼性とクオリティを確保することを条件に生み出されたセブン 160のプロトタイプ車両には、スズキ・カプチーノのパワートレーンが使われていた。

 その後、このプロジェクトは一気に現実味を帯び、エンジン&トランスミッションには同じスズキのジムニーで使うK6A型エンジンと5速MTが採用され、プロペラシャフト、デフ、ホーシングにはエブリイ用のパーツがスズキから供給されることが決まり、本格的な生産がスタートした。

 当初混乱したのは、この同じユニットを使った「130」「160」「165」という3種類のモデルが存在するということだった。130は日本の軽自動車規格に合わせるため、エンジン出力を64PSの自主規制に合わせたモデル。160はその枠を取り払って80PSにチューニングされたもの。そして165は、英国の排出ガス規制と燃費を満たすために細部をチューニングしたモデルだ。しかし、軽自動車の自主規制は日本メーカーのものであり、少量の輸入車にはあてはまらないことが判明したため、130は消滅して全て160に統一されることになった。

 ところで、今回試乗したのは160になる前の64PS仕様の130だ。実は130と160の違いは、いわゆるコンピューターチューンによるエンジン出力アップ。ハード面の仕様変更は全くない。160はまだ試乗車が間に合わないとのことで、130の試乗になったのはちょっと残念。もっとも、私としてはまだ130も乗っていなかったのでよいチャンスだ。130でもパワーウエイトレシオは7.66㎏/PSになる。

パワートレーンにはスズキのK6A型エンジンと5速MTを採用。試乗車はジムニーと同じ64PS仕様。80PS仕様との違いはECUの制御プログラムのみ
ラジエターとインタークーラーをノーズ部分に立てて設置
バッテリーの前方側に固定されたECU。これを160専用品に入れ替えることで、エンジンが最高出力80PSを発生するようになる
マフラーはボディー左側に設定。ほかのセブンが右側にレイアウトするのと逆になり、黄色いナンバープレート以外で見分けるポイントになる
エンジンルーム内を通過するステアリングシャフト(写真右)。当初は日本とイギリスという右ハンドル仕様の国だけで販売する計画だったが、CO2の排出量によって税金が変化するドイツなどでも「コンパクトなエンジンを搭載する本格スポーツカー」として大きく注目され、あとから左ハンドル仕様も生産されることになった。そのため、ステアリングシャフトが干渉しないよう、逆サイドには凹みを追加(写真右)して対応している
アルミ製のボンネットフードには、熱抜きと強度アップのためにダクト類を設定。「アルミで軽量なので片手でも持てますよ」と笑顔でアピールするのは、ケータハムカーズジャパンの広報氏
ボンネットフードはスプリング付きのフックなどを使って4点で固定

 全長はロードスポーツと同じ3100㎜。全幅は軽自動車枠に収めるため1575㎜から1470㎜に狭められているが、出力が抑えられて装着タイヤも細いので特にハンドリングに不都合はない。エンジンはスズキの定評ある660cc直列3気筒ターボで、160の場合は最高出力80PS/5500rpm、最大トルク107Nm/3400rpmにチューニングされており、車重はわずか490㎏なだけにパワーウエイトレシオはスポーツカーに相応しい6.1㎏/PSという値を得ることになる。

 足まわりはセブン伝統のサスペンション形式で、フロントはダブルウイッシュボーン。リアは5リンク+ラテラルロッドのリジッド式。装着タイヤはエイボンの155/65 R14を4.5Jのホイールに履く。

イギリスのタイヤメーカーであるエイボンの155/65 R14タイヤを4輪に装着。4.5Jのスチールホイールと組み合わせる
フロントはダブルウイッシュボーン、リアは5リンク+ラテラルロッドのリジッド式を採用するサスペンション。フロント側はビルシュタイン製のショックアブソーバーが車外からもはっきり確認できる特徴的な部分

“オリジナルセブンの熟成版”と感じる、走りに心惹かれるクルマ

 低いサイドシルをまたいでコックピットに潜り込む。フォーミュラカーに乗るときと同じような要領でなければすんなりとは乗れない。また、足を載せてシートなどが汚れることを気にしているようではセブンに乗る資格はない。座ってさえしまえばシートを前後にスライドさせることは可能だが、リクライニングなどは全く考えられない(そもそもそんなスペースもないが)。そんな狭いコックピットに入るにはスリムな体型でないと苦しいかもしれない。足下も狭いので一般的な乗用車の感覚でいると面食らってしまうだろう。もはや“身体をクルマに合わせる”ぐらいの覚悟が必要で、この感覚はある意味で古典的なフォーミュラカーそのものだ。モモの小径ステアリングホイールも懐かしい。

 ドライビングポジションは足が伸びて、ちょっと腕が曲がったスタイルになる。セブンにはパワーステアリングなどは備わらないので、腕力だけでステアリングを操作するのにこのスタイルは好ましい。シフトレバーは極端に短く、ショートストローク。まだあたりがついていないためか“シフトチェンジは手首の動きだけで”というわけにはいかないが、ダイレクトな感触はほかのクルマにはないものだ。

 ついでに言えば、セブンに乗るときは靴のサイズがちょっと細身の方がよい。足下が狭いのでペダル操作がよりスムーズに行えるからだ。ちなみに、ヒール&トーは意外とやりにくかった。操舵力は重いが据え切りも可能という程度で、駐車場でステアリングを切るときでも困ることはない。走り出してしまえばダイレクト感は変え難いもので、ステアリングレスポンスは軽快でシャープそのものだ。

 クラッチの踏力は重めだが、ストロークがありクラッチミート操作はしやすい。反復操作でも苦にならないので、渋滞でも苦痛は最小限で済みそうだ。ブレーキも同様にダイレクト感があり、制動力もドライバーの感覚とマッチするが、踏力は慣れないと重いと感じるだろう。裏返せば、こうした操作系は“ミスもあくまでドライバー次第”というクルマであるとも言える。

モモの小径ステアリングは固定式で、チルト機能などもとくにない
2連式のメーター。速度計は260km/hスケール
ダッシュボードには、左から燃料計、水温計、油圧計が埋め込まれている
メーターパネルの右側には、ボタン式のホーンとヘッドライトのハイ/ローを切り替えるトグルスイッチを用意
トランスミッションは5速MTのみを設定。エンジンと同じくスズキのジムニー用を採用する
シフトノブにはケータハムのロゴが刻まれる
乗員スペースの全景。標準品はクロスシートで、試乗車にはオプションで8万5100円高のレザーシートが装着されていた。ドライバーズシートのみ前後に位置を調整できる
ブレーキやクラッチの操作にはダイレクト感がある

 市街地に乗り出す。ステアリングの操舵に合わせてサイクルフェンダーも右に左に動く光景はセブンならではの面白さだ。ちなみに最小回転半径は結構大きいので、パーキング操作では切り返しの場面が多くなる。

 運動性能は当然ながら“アスリートらしさ満載”だ。風の巻き込みを防ぐなんて発想はもともとない。フロントウインドーは風が直接顔に当たることを防ぐ程度で、セブンに乗る以上は決して安楽な環境ではないことは覚悟しておいた方がいい。

 クローズドタイプのスポーツカー以上にセブンは体感速度が速いので、セブン 130の64PSのパワーでも十分以上に満足できる。これが80PSの160になれば0-100km/hを6秒台で走れるというので、きっとさらに面白いだろう。セブン 160は速いのだ。

ドアもなく、開放感の高いオープンボディー
ボックス形状のリアコンビランプ。車体下側に設置されているのは後退灯
フロントマスクにかわいらしい印象を与える丸型のヘッドライト
ブレーキはフロントがディスク式、リアはドラム式となる
自動車のフロントウインドーとしては珍しい、平らなガラスを使用。ワイパーブレードも直線状の独特の形状
ミラー類はフロントウインドーに固定されている。ミラー支持部の少し上にある黒いパーツは、ソフトトップ&ドアを装着するときに使うキャッチ部分

 搭載されたスズキ製660ccターボエンジンは低速トルクがあり、車両重量が軽いためにスピードはグイグイと伸びる。ただ、トップエンドは6000rpmほどで、それ以上は回転の上昇が伸び悩む。その代わり神経質な面はなく、低速回転からノビノビと走ってくれる。例えば、高回転をキープしてクラッチミートし、狭いパワーバンドに合わせてシフトチェンジを繰り返すというのもスポーツカーの醍醐味だが、セブン 130/160はもっと日常に優しいスポーツカーだ。

 誤解されるといけないが、セブン 130/160がライトウエイトスポーツカーの素質がないというわけではなく、むしろど真ん中にあることに変わりはない。フットワークのよさ、軽快さなどは兄貴分のロードスポーツ以上かもしれない。前後重量配分は、軽量なエンジンの採用によってわずかにリア荷重が大きく、ステアリングレスポンスも上々だ。それに伴うグリップ感もちょうどよい。強大なグリップ力は持ち合わせていないが、もともと車体が軽量なのでバランスに優れた好ましい前後グリップ感があって、まさに軽快という言葉がぴったりなフットワークを持っている。

 5速MTのトランスミッションは、前述のようにまだあたりがついておらず、シフト操作にはちょっと力が必要だがゲートをミスするようなことはない。ギヤ比は比較的ワイドな設定で柔軟性はある。とはいえ、どのギヤでも走れるというほど鈍感でもないので、スポーツカーらしく走らせるにはそれなりに頻繁なシフトチェンジを要求する。

ステアリングを操作すると、サイクルフェンダーを備えるフロントタイヤも同じように左右に動く
少しステアリングが近いレイアウトだが、パワーステアリングがないクルマなので力を伝えやすく好ましい

 走行中には風がびゅんびゅんと巻き込んでくるので乗員はそれなりの装備をしていなければならないし、キャップやマフラーは必需品かもしれない。ゴミも容赦なくぶつかってくるので、ゴーグル替わりにサングラスの使用もお勧めする。また、2人乗り時には手荷物を置けるスペースが皆無なので、荷物はまとめてトランクスペースに放り込む必要がある。

 セブンの操作系と格闘しながらドライブしていると、まるで自分が風の一部になってしまったような優しい気持ちになれる。道行く人も、心なしかセブンを見る目は優しい。セブン 130/160の運動性能やスポーツカーとしての素質については疑いの余地はなく、ワインディングから市街地まで、高速道路以外ならどこでも楽しめるクルマだ。

 ダッシュボードから生えたウインカーレバー、同様のホーン、現代的な至れり尽くせりというクルマの対極にあるのがセブンで、ドライブ後では体力を消耗していることも覚悟しなければならない。それでも、またステアリングを握りたいと心惹かれるのがセブンだ。とくにセブン 130/160は、エントリーモデルというよりもオリジナルセブンの熟成版と表現したほうが適切だろう。

使わないときはシート後方のスペースに折りたたんで収納する「ソフトトップ&ドア」。オプション設定で23万7000円高

 セブン 130は今後すべて160になる。そしてセブン 160は税金面で軽自動車と同じ恩恵が受けられ、価格は円安情勢によって想定よりちょっと高かったが、8%の消費税込で394万2000円のプライスタグがぶら下げられている。

 基本はオープントップだが、23万7000円でオプション設定される「ソフトトップ&ドア」は、慣れると約2分で装着できる。こんなクルマがガレージにあったらきっと素敵だろうなと思う人は多いだろう。今から半世紀以上前の若者が抱いた興奮は、今も受け継がれている。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会長/12~13年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:安田 剛