インプレッション

アウディ「A3 スポーツバック e-tron」

アウディ初のPHEV

 欧州の自動車メーカーが、続々とハイブリッド車のマーケットへと参入の動きを見せている。特に顕著なのは、やはり自動車大国であるドイツのブランドで、今やメルセデス・ベンツもBMWもポルシェもハイブリッド車の“オーナー”だ。そしてそれらに共通をする特徴が、いずれもがプラグイン、すなわち外部充電に対応した機能を備えるプラグインハイブリッド(PHEV)であることだ。

 もちろんそこには理由が存在する。実は、NEDCと呼ばれるヨーロッパ地域で用いられる燃費測定法には、EV走行が可能なハイブリッド車は、通常のハイブリッド車よりも有利にカウントされるという特徴があるのだ。

 充電に用いられる電力がいかなる手法によって生み出されたかに関わらず、そこでのCO2排出は「なかったもの」とされる。それゆえ、EV走行可能距離が長いほどに表示される燃費は向上。すなわち、長い距離をEV走行できるPHEVはCO2排出量を劇的に減らすことが可能となって、ひいてはそのブランド全体のCO2排出平均値を低下させることに大きく貢献をするというわけなのだ。

 この先、罰則付きのブランド別CO2排出量規制が強化されて行くことが決定済みの欧州では、PHEVはまさに救世主。ここに紹介する“アウディ初のPHEV”が謳われる「A3 スポーツバック e-tron」も、そうした背景の下に生まれたと考えられる中の1台だ。ちなみに、日本の測定法であるJC08モードによる燃費データは23.3km/Lだが、前出NEDCでの値は1.5L/100kmというもの。これを“日本式”の表示に改めれば、実に66.7km/Lというデータに相当する。

アウディブランド初のPHEV「A3 スポーツバック e-tron」。ボディーサイズは4330×1785×1465mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2635mm。駆動方式は2WD(FF)。価格は564万円だが、最大61万円のクリーンエネルギー自動車等導入促進対策費が適用される
フロントグリルや前後バンパー、サイドスカートなどはA3 スポーツバック e-tron専用のもの。撮影車はオプションのLEDヘッドライトやルーフレール、パノラマサンルーフなどを装着
足下は専用に新開発された15スポークの17インチアロイホイールに、225/45 R17サイズのコンチネンタル製タイヤの組み合わせ。タイヤもe-tron専用開発のもの
フューエルリッドはボディー右側に備わる。使用燃料はハイオク
リアまわりでは水平基調のクローム加飾が与えられるマットブラックのディフューザーなどを装着
最高出力110kW(150PS)/5000-6000rpm、最大トルク250Nm(25.5kgm)/1500-3500rpmを発生する直列4気筒DOHC 1.4リッター直噴ターボエンジンを搭載。これに6速DCT「Sトロニック」と一体化したモーターを合わせたシステム出力は150kW(204PS)/350Nm。モーターのみで52.8kmの走行が可能になっている

 そんなA3 スポーツバック e-tronに搭載されるハイブリッドシステムは、実は日本でもすでに発売済みの「ゴルフ GTE」に搭載されたものと同じソリューションによるもの。150PSの最高出力と250Nmの最大トルクを発生する1.4リッターの直噴ターボガソリンエンジンを、やはり最高で80kWを発するモーターと一体化されたフォルクスワーゲン内製の6速DSGと組み合わせ、システムトータルでの最高出力は204PS相当。リアシート下に搭載される駆動用バッテリーは、容量が8.7kWhのリチウムイオン式で、欧州では「最大50km」と表示されるEV走行可能距離は、日本の場合、国土交通省による審査値が52.8kmという値とされている。

 充電は、フロントグリル上部の“4シルバーリングス”背後に画されたポートにジャックを差し込んで行う方式。フル充電に要する時間は100V電源で約9時間、200V電源で約3時間と発表。充電量が不足した場合には通常のハイブリッド車として走行が可能で、また必要とあらば余剰なエンジン出力を用いて走行中に充電が可能な“ハイブリッド・チャージモード”を備えることもあり、敢えて急速充電には対応していない。

フロントグリルのフォーリングスを左側にずらすと充電ポートが出現。バッテリー(総電力量8.7kWh)の充電時間は200Vで約3時間、100Vで約9時間

 ちなみにそんなシステム・モードは、モーターパワーを最優先とする「EVモード」に、エンジンとモーターパワーが自動的に使い分けられる「ハイブリッド・モード」、そして充電残量をキープしつつハイブリッド走行を行う「ハイブリッド・ホールドモード」、一般的なハイブリッド走行を行う「ハイブリッドオート」と、全部で4パターン。さらに、シフトセレクターでSレンジを選択した場合にも制御が変更され、このポジションではアクセル線形がよりシャープになると同時に、Dレンジでは惰性状態となるアクセルOFF時の挙動が、より強い減速Gを伴う強力な減速エネルギー回生が行われるようになる。

 ハイブリッド・システムの採用による上昇が避けられない価格を、装備品の充実というオブラートに包む目論見もあってか、ゴルフ GTEの場合には外装や内装のさまざまな部分に“GT系モデルの一員”としての表現が用いられた。しかし、A3 スポーツバック e-tronの場合にはそうした演出は最小限という印象だ。

 それでも、クローム処理を多用したフロントグリルや前後バンパー、さらにサイドスカートなどは専用のデザイン。インテリアでは、通常モデルでのタコメーターと入れ替えで採用されたパワーメーターがe-tronならでは装備品。一方、エンジンの運転状況は、メーターパネル内中央のマルチディスプレイ上に表示が可能なタコメーター機能で知ることができる。

 乗車前のエアコン作動や充電のタイマー設定、充電レベルやEV走行可能距離の確認などを、スマートフォンや専用サイト上で遠方から行うことができる”アウディ コネクト”のサービスも、e-tronならではだ。

撮影車はオプションの「S line Package」を装着。インテリアではS lineのエンブレムが入ったフラットボトムマルチファンクションステアリング(パドルシフト付)や、S lineロゴ入りスプリングクロス/レザーのシート、ブラックのヘッドライニング、マットブラッシュトアルミニウムのデコラティブパネルが与えられている
ラゲッジスペースは280Lの容量を備え、後席の背もたれを倒すことで最大1120Lまで拡大できる
エネルギーフローやe-tronの統計値などe-tron専用の情報を表示できるMMIナビゲーションを標準装備

スポーティカーとしても十分なパフォーマンス

 今回テストを行った車両はご覧のように、プロモーション用の派手な装いからそれが“特別なクルマ”であることが明白。しかし、逆にそれがなければ大方の人にとって特別なモデルであることがまず判別ができないであろう見た目のA3 スポーツバック e-tronに乗り込んで、早速システムを起動させる。

 真下を向いていたパワーメーターの指針が水平の位置にまで跳ね上がることで、システムが目覚めたことを知らされる。とはいえ、もちろんそれが”無音”の中で行われるのが、まずはこのモデルなりの大きな特徴だ。

 Dレンジをセレクトするとクリープ力がごく自然に立ち上がり、さらにアクセルペダルを静かに踏み込むと、実にスムーズな加速がスタート。その際、モーターが発するいわゆる“電車音”もほとんど耳に届かないが、特に意識を集中していると、ごくわずかなノイズの変化からDCTが変速を行っていることを知ることは可能だ。

 モーター出力が最高で109PS相当と、トヨタ「プリウス」の99PSをも上まわる大きさであるだけに、充電状態が良好である間の街乗りシーンでは、その大半をモーターのみの走行でこなすことが可能。その状態での最高速も130km/hに達するので、クルージングシーンであれば高速道路上でも、基本的にはエンジンに頼らない完全なEVとしての走行を続けることができる。

 当然ながら、そんなEV走行時の静粛性はすこぶる高く、しかもフットワークのテイストもなかなかしなやかなので、その乗り味は極めて上質。と同時に、さらなるパワーの要求に応じたエンジン始動の場合も、うっかりしているとそれに気付かないほどにその動作は静かで滑らか。「なるほど、これは確かにアウディというブランドに相応しい仕上がり」だと、多くの人をそう納得させられるに違いない走りの質感の持ち主と言ってよい。

 ただし、そんなこのモデルの走りで唯一気になったのは、ブレーキング時のフィーリングにわずかなラバーバンド感を伴うこと。具体的には、踏力に対してイメージした減速感と実際に発生する減速度の間に、わずかなズレが生じる感覚。このモデルの減速Gは、“発電ブレーキ”と通常の油圧ブレーキの双方によって生み出されるが、その協調にまだ多少の課題が残されている印象だ。同様のシステムがすでに多くのハイブリッド車に採用されているが、そのフィーリングの自然さという点では、やはり歴史の長いトヨタの作品に一日の長があるようだ。

 こうした、モーター走行メインの走りの状態が、このモデルの“静”状態だとすれば、さらにアクセル踏み込み量が増してエンジンパワーが上乗せされたシーンは、まさに“動”の状態。何しろそこでは、0-100km/h加速をわずか7.6秒でこなすという加速力が発揮されるのだから、それはスポーティカーとしても十分なパフォーマンス。こうして、エコカーだからと言っても決して「燃費だけのクルマ」などに仕立てないところは、なるほどいかにもドイツの作品という印象だ。

 こうして、乗れば乗るほどにその上質さと高い走りのパフォーマンスが両立されていることに感心をさせられるこのモデルの、最大の懸案事項と言えるのはやはり価格面。本体価格で564万円、Sライン・パッケージやサンルーフなどのオプションアイテムを加えた今回のテスト車の仕様で639万円という価格は、正直なところ多くの人を躊躇させるに十分な高額さという印象を禁じ得ない。

 もちろん、大きな補助金の適用を受けられるというメリットがあるものの、それでもまだ高額な印象は免れない。そんな価格面と、特に集合住宅での充電設備の設置の難しさが、今後も課題として残っていきそうだ。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

http://blog.livedoor.jp/karmin2/

Photo:中野英幸