パイクスでEVを走らせるには

 今週もパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムの話題ですが、今回は私が同行していた「チームヨコハマEVチャレンジ」のEV「Her-2」と、チームの仲間たちをご紹介します。車載カメラでHer-2の本番の走りもお楽しみください。

「かなり思い切り、しかし効率を考えて走った」とクレバーなEV走行を見せた塙郁夫さんとマシンのHer-02

特殊な環境に合わせてさまざまな対策
 まずはマシンについて。「Her-02」はドライバーである塙郁夫さんが製作したオープンホイールタイプのEVです。コクピットと後輪の間にAC PROPULSION(以後ACPと省略)のモーターやユニット類を搭載し、後輪を駆動するMRマシン。最高出力は268PS、最大トルクは350Nm。

 最高速度は190km/hと250km/hから、走行状況に合わせて選ぶことができます。ちなみにパイクスでは190km/hも出れば十分なのでそちらを選択。今回の最高速度は165km/hでした。ボディサイドには三洋電機のバッテリーを搭載しています。

 Her-02の走行の要と言えるのが、モーターとバッテリーのマネージメントとタイヤです。ACPはEVモーターを造る会社としては老舗で、ACPのモーターを搭載するクルマには「MINI E」があります。モーターはインダクションタイプ。Her-02のモーターもベースはMINI Eと同じユニットと言えますが、一発タイムを狙うこのマシンはMINIのソレとはチューニングが異なります。

 ところでACPのユニットの優れている点は、金色の箱の中にモーターユニット以外の車両管理などのユニットが収められていること。Her-02はそのユニット類の機能の中から、モーターはもちろん、レースに必要な駆動システム、回生ブレーキシステム、充電システムを使っていたそうです。

外板を外した状態のHer-02。ボディ構造は極めてシンプルながら、重量バランスも考慮されている。「まだ空力を意識するレベル(速さ)ではない」と塙さんは言うACPのモーターユニットが入る金色の箱。なぜ金色……? コレを観るたびに玉手箱みたいな特別な何かを期待させてくれた。ブッチ-さんいわく、様々なユニットが収まっている点も優秀だが、そのわりにはコンパクトであるところも優れていると言うバッテリーは三洋電機のリチウムイオン電池を搭載

 そんな優れたACPのモーター&ユニットであっても、パイクスという極めて特殊な環境で誰よりも速く走らせるとなると、テストデータ不足は否めないようです。昨年も課題であったモーター温度の上昇を防ぐべく、今年は冷却能力がアップしていました。レース前にカリフォルニアで行ったテストでは、終始全開走行をしても「コレならいける」という結果が出て、パイクスへの期待も高まったようです。ところが……。

 富士山よりも高いパイクスの標高で3日間の公式テスト走行を行ってみると、ある程度は想定していたはずなのに、それでもまだモーター温度は上昇傾向にありました。いくら外気温度が低くてもダメなんです。標高が高くなるにつれ、空気が薄くなと、空冷モーターの場合は冷却能力も低下してしまう。

 ちなみに空気が薄くなるとブレーキ冷却も空力も低下します。今年6連覇を果たしワールドレコードを塗り替えたモンスター田嶋チームのメカニックの方も、パイクスの空力テストは風洞で行うのも難しいと言います。恐るべし、高山。

 とは言え「温度が上がり過ぎなければいい」ということで、マネージメントをしやすいような対策を講じました。現地で急遽採用したモーター温度計と出力計です。ドライバーが出力に影響するギリギリのところでモーター温度をマネージメントできるようにし、特に標高の高いゴール付近の高速セクションを全速力で走り、タイムを稼げるようモーター温度の温存作戦を決行したのでした。その作戦は大成功! マシンを知り尽くしたエンジニアとドライバーのドライビングによる成果と言えます。

サスペンションはフロントがダブルAアーム、リアはマルチリンク。ショックアブソーバーはKINGを使用リアセクション
塙さん自身が自分のために“Myサイズ”で造ったコクピットステアリングは取り外し式。シンプルながら様々なスイッチ類が並ぶメーターパネル

舗装化に合わせてタイヤも変更
 そして三洋電機のバッテリーは、電動工具などに使われているリチウムイオン電池を使用。18×65㎜(直径×長さ)の「18650」タイプと呼ばれているもので、ノートパソコンやEVなどにも使われる一番ポピュラーなタイプを、6656本使用しています。

 ただし、一口に18650と言っても種類は沢山あり、中身は違うのです。このマシンに使われている“電動工具などに使われているタイプ”というのは、ハイパワーでたくさん電流を流す特製を持っているということ。同じEVでも航続距離を長くしたい市販モデルのタイプは、それとは異なるそうです。タイムアタックが目的のマシンには、ハイパワーな電流が必要。ちなみに容量は37kWh。電圧が385V。充電時間は240V 50Aで4時間くらいでした。

 パイクスの20kmのコースは、ボトム/ミドル/トップ3つのセクションに分けて練習走行が行われます。そこでは毎回走るたびにデータロガーからデータを抜き出し、ドライバーにタイムと温度上昇を伝え、走行パターンを変えてはまたデータを取るという作業が行われました。

 そしてレース前夜、データと天候を踏まえ、どこで一番アクセルを踏むとタイムを稼げるかを考え、エネルギーを使った分だけタイムに繋がるトップセクション(高速パート)にスパートをかけることに……。当日は“ボトムはボチボチ、ミドルは抑えて、トップでゴー!”の作戦と、見事予定通りのマシンコンディションで、タイムを更新できたのでした。

 タイヤはヨコハマゴムのブルーアースのプロトタイプを装着。このレースが始まった頃はコースの全てが未舗装路でしたが、私にとって初めてとなった2010年のパイクスでも2009年より舗装パートが増え、さらに今年はトップセクションが完全舗装路となり、未舗装パートはコース全体の1/4になりました。

 参加車はこれまで以上に舗装路を意識したマシンセッティングやタイヤ選択をしてきており、中にはスリックタイヤ(溝のないレース用タイヤ)で走行したマシンもいます。塙さん率いるヨコハマEVチャレンジチームは、昨年までオフロード指向のタイヤを使っていましたが、今年は舗装路でのグリップ性能と低燃費がウリの「ブルーアース」というエコタイヤで挑みました。その選択はドンピシャ!

 パイクスへの挑戦はドライバーのスキルや経験のみならず、モーターやバッテリーのマネージメントにタイヤ選択など様々な要素が上手くまとまらなければ成功しません。「エコなEVマシンにエコなタイヤでタイム更新」を狙っていたチームとしては、今回のワールドレコード更新はまさに集大成の後の結果と言えるでしょう。

横浜ゴムの「ブルーアース」はグリップ性能も高いが燃費性にも優れるタイヤ。オレンジオイルを使っている点でも環境意識の高さがうかがえる今年の未舗装路はとにかく滑りやすかったと誰もが言う。舗装路に合わせたタイヤ選択をしているチームも多く、特に今年はなるべくタイム増加を抑える走りが求められた。来年はこのパートも舗装路に変わる予定。土埃を上げて走るパイクスの光景も今年で見納めか……?

 

 

総勢13名の「チームヨコハマEVチャレンジ」。お世辞抜きでチームの雰囲気はとてもよかったと思う

13人のチーム
 ところで今年、パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムで塙さんと一緒に苦労し、歓びを分かち合ったチームヨコハマEVチャレンジのメンバーは13名。ヨコハマゴムの方はもちろん、先にもご紹介したACPや三洋電機のエンジニアにチーフエンジニアのほか、日本から船で送られたマシンをロサンゼスで受け取り、パイクスまで大きなトラックで運び、タイヤサービスまで行うTrack Side Performance(TSP)チームも重要なメンバーです。

 TSPチームは1人の日本人を現場リーダーに、陽気なアメリカ人たちがときにみんなの盛り上げ役となってくれていました。ACPのエンジニアの方は現場にいる分だけ小ネタを提供してくれる熱心な方で、とても協力的。三洋電機の方は「作業している様子を写真に撮って、お顔も含め紹介させていただいてもいいですか」と私が聞くと「会社の代表で来ているだけですから……」と控えめに、いつも静かに黙々と充電作業やデータ分析などを行っていたのが印象的でした。

 Her-02を走らせるためのキーパーソンは、設計をする塙郁夫さんをはじめ、電気のことなら何でもござれのチーフエンジニア“ブッチ-”こと岩渕氏(無所属)、そしてモーターを提供しているACPのエンジニア、バッテリーを提供している三洋電機のエンジニア、ヨコハマゴムのタイヤ設計者の5名。ボディーの骨格や外板を整形する“千葉ちゃん”こと千葉氏まで含めると6名になります。

 チーフエンジニアのブッチ-こと岩渕さんは、エンジニアの方たちやドライバーの塙さんとミーティングを行っているか、PCに向かっているかという状態。

 そしてドライバーの塙さんは、普段は冗談ばかり言っているような方なのですが、自らマシンを製作し、より速く走るための努力、データ分析&収集をしているときやマシンに乗り込んだときの真剣な表情は、見ているこちらの気持ちも引き締まるほど。やはりはるばる日本からやって来て「EVのパフォーマンスを魅せつけてやろう!」という意気込みを感じずにはいられませんでした。

 結果的に昨年よりも1分近くタイムを縮め、パイクスピークでのEVの記録を見事更新することができ、苛酷ながら充実した一週間だったと誰もが歓び安堵のよい顔をしていました。同行していたカメラマン&取材班も、私のみならずチームの皆さんと同じ気持ちだったはずです。皆様、お疲れ様でした。そして来年も頑張ってください!

車検風景。レースウイークは車検から始まる火曜日から始まるレースウイークは水曜日から金曜日までプラクティス(練習走行)。土曜日はお休みになるが、金曜日の夜はダウンタウンでファンフェスタが開催されるマシンを見て「クール!」と喜ぶのは大人も子供も同じだった。記念撮影も大人気のHer-02

飯田裕子のCar Life Diary バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/cld/

(飯田裕子 )
2011年 7月 11日