オグたん式「F1の読み方」

2016年のチャンピオン争いの行方

 日本GPが終わり、今年のチャンピオン争いの形勢は大きく傾き始めた。そして、その後のアメリカGPとメキシコGPでもさまざまな動きがあった。

自力チャンピオンが消えたハミルトンの集中力

 メルセデスチーム勢による熾烈なチャンピオン争いは、ニコ・ロズベルグが日本GPでの今季9勝目によって大きく前進。ルイス・ハミルトンにとっては3年連続チャンピオンの自力獲得は不可能になった。

 今季は、開幕からロズベルグの4連勝、中盤戦のハミルトンの4連勝、その後のロズベルグの2連勝など、メルセデスのドライバーたちによる熾烈な王座争いとなっていた。日本GPでも2人は激しく争うはずだった。少なくとも予選までは。ハミルトンは予選で2番手に甘んじたが、ロズベルグとのタイム差は0.013秒という僅差。決勝はどちらが勝つかまったく分からない状況だった。しかし、スタートでハミルトンは大きく出遅れて、8番手にまで転落。

「これまで最悪のスタートをしてしまった」と、スタートを振り返るハミルトンだが、今季の前半にもあったハミルトンのスタートでの出だしのわるさが、重要な局面で再発してしまった。

 今季のF1はスタートのときのクラッチ操作が、よりドライバーの操作に頼るものになった。F1はドライバーが最高の操縦技量を競うものなのに、マシンがほぼ自動でクラッチをつないで発進するのは、F1の本質にそぐわないという考えからだ。この考えは歓迎されるべきものだが、その変化の大きな影響を受けたのがハミルトンだったようだ。

 日本GPの決勝は、前夜の雨で路面の端に濡れたところが少し残っていた。ハミルトンはこれを気にするあまり、スタートで失敗したとしていた。一方で、メルセデスは原因を「調査中」としたが、ハミルトンのクラッチ操作エラーだったとする説が関係者からも漏れてきていた。

 ハミルトンは木曜日から様子がおかしかった。木曜日の公式会見では終始携帯をいじったり、出席した他のドライバーとセルフィーを撮ったりで、メディアから不評だった。たしかにハミルトンの態度は不躾だった。半面、落ち着きがないようにも見えた。「プレッシャー?」とも思った。だが、過去2度もチャンピオンを獲ったドライバーがそんなに弱くはないだろうと、そのときは思っていた。

 だが、決勝スタート前のグリッドでもハミルトンの様子はおかしかった。場内ラジオ放送の実況席で中島秀之アナウンサーとともにハミルトンの様子を見て、「なにかおかしい」と伝えていた。ハミルトンが、自分のマシンのノーズと脇を行ったりきたりしていて、ソワソワした動きをしていたからだ。そして、スタートで大きな出遅れになってしまった。もしかすると、ここでロズベルグに勝たれたら自力チャンピオンがなくなるというプレッシャーが大きかったのかもしれない。

 スタートで大きく出遅れたハミルトンだったが、そこからの立ち直りは早かった。レース前半で次々に前を行くマシンを追い抜き、52周のレースの後半にさしかかろうという35周目には3番手にまで浮上。さらに、2番手のマックス・フェルスタッペンを追い上げ始めた。最終的にはフェルスタッペンを抜けなかったが、3位でゴールしてダメージを最小限にとどめた。

「勝ち続けるしかない」。チャンピオン獲得への選択肢が1つに絞られたハミルトンは、その後のアメリカGPとメキシコGPで2連勝。ハミルトン本来の集中力、強さ、速さを取り戻したように見える。

「最後まであきらめない」。メキシコGP後のハミルトンの言葉には、いつものハミルトンの力強さがあった。

勝ち方を知り始めたロズベルグの強さ

「F1でチャンピオンになるには、勝ち方を知らなければならない」と、3度ワールドチャンピオンになったネルソン・ピケは教えてくれた。それはまずレースの勝ち方を知ること。そして、その次のステップとしてシーズンを通した戦いでチャンピオンシップの勝ち方を知ること。いずれのステップも困難なことだが、これができないとチャンピオンにはなれないという。そして、この「勝ち方」を知り、身に着ければ次のチャンピオン獲得にも自信と力になるというものだった。

 ロズベルグはレースの勝ち方は熟知したドライバーだ。だが、とても人柄がよく紳士で賢いところから、やや強引にしかけられるとその瞬間は引いて接触を避け、着実な結果を重視するところが見えた。だが、これではライバルには勝てなかった。

 今年のロズベルグは、ときにはやりすぎとしてペナルティも受けたが、競り合った局面になっても絶対に引かないという強い意志を行動で示してきた。何か一歩前進して、より強くなったように見えた。日本GPの期間中も、そわそわしたハミルトンとは対照的にロズベルグは落ち着き払っているようだった。そのため、予選での2人のタイムはわずか0.013秒でしかなかったが、2人の間には大きな差があるようだった。果たして、ロズベルグはスタートから独走態勢を築き、終始トップでゴール。自らの力でチャンピオン争いを絶対的に有利な状況に持ち込むことに成功した。

 アメリカGP、メキシコGPではハミルトンの優勝を許したものの、ロズベルグは2戦とも2位でゴールした。アメリカGPでは2位であったことにやや不満な想いも述べたロズベルグだったが、メキシコGPでは2位に納得していた様子だった。ハミルトンが最終戦まで全勝してもロズベルグが2位にいる限りロズベルグが優位でチャンピオンとなるからだ。こうしたポイント計算を落ち着いてしながら、最終戦までマシンをもたせることも考えながら戦えるところに、ロズベルグがさらに成長して「勝ち方」を知り、初のチャンピオンにより近づいているように見えた。

見逃せない最終局面

 ロズベルグ対ハミルトンのチャンピオン争いは、ラスト2戦にかかっている。勝ち方を知り始めたロズベルグ対、本来の強さを取り戻した王者ハミルトンの戦いはきっと素晴らしいものになるだろう。また、これまで激しく争ってきた2人はときには険悪な関係にもなった。だが、メキシコGPの段階では互いに自分の目標に集中すると同時に、互いを認めあうような発言と態度も見られた。最高のレベルで戦うライバル同士にしか分からない、激しい闘志とともに同居する敬意にも似た思い。映画「ラッシュ」のなかでも語られたニキ・ラウダとジェームス・ハントの関係のようでもあった。

 唯一の不安材料は、第16戦マレーシアGP(11月2日決勝)でハミルトンをリタイヤに追い込んだエンジントラブルがロズベルグに起きる可能性もないとはいえないことだ。これまで激しく争ってきた2人にとって、ここからは些細なトラブルやミスが大きな命取りになってしまう。

 日本GPでコンストラクターズチャンピオンを獲得したメルセデスチームだが、自チームのドライバーによる同門対決の緊張感は最後のアブダビGPまで続きそうだ。

鈴鹿で輝いたレッドブルのよさとドライバーのよさ

 鈴鹿サーキットは2本のストレートの間に多彩なコーナーが連続し、それらを連続したリズムでつながないと速く走れない。ゆえに、F1開催コースのなかでもっとも難しく、挑み甲斐があると言われる。その鈴鹿で、レッドブルのマシンとドライバーたちはその実力を開花させた。

 レッドブルのマシンは、TAGホイヤー(ルノー)のパワーユニットの出力でやや不利で、鈴鹿の2本のストレートでもライバルにしてやられるかと思われた。だが、そうではなかった。マックス・フェルスタッペンが、パワーで優るメルセデスのハミルトンの猛追を振り切って2位に入ったからだ。

 レッドブルのマシンは、優れた空力性能でコーナーをより速く駆け抜けられるものになっていた。とくに車体の前傾姿勢がきわめて強いセッティングで、これで車体の底と路面との間の気流で生まれるダウンフォースをより多く稼いでいた。実際、このレッドブルのマシンは車検で車体各部の寸法を計測するために前傾した車体を車検台上で水平にすると、車体を検査装置の限界まで高く持ち上げてもリアタイヤが車検台に当たってしまうほどだった。エンジンパワーでの劣勢をカバーするため、空力性能を高めてコーナーをより速く駆け抜ける。いかにもレッドブルらしい、あるいはロータスから続いた英国のレーシングカーやスポーツカーらしい知恵を駆使した小気味よい設計だった。それでも、メルセデスのマシンの優位は変わらないはずだった。

 だが、レース終盤のフェルスタッペンはマシンの劣勢をまったく感じさせない走りをした。むしろコーナーで速いという利点を最大限に活かした。マシンのコーナリング性能の限界ギリギリのところまで攻めて、コーナーをより速く駆け抜け、続くストレートへの加速とスピードも稼いでいた。おかげで、パワーとストレートスピードで優るハミルトンの猛攻をしのいでみせていた。

 この戦い方は、1993年のマクラーレン・フォードで善戦したアイルトン・セナを思い出させてくれた。当時のセナのマクラーレンは、パワフルなホンダのV12からV8のフォード・コスワースHBになった。しかも、マクラーレンのHBはベネトン(現:ルノー)が手にしていたワークス仕様のHBよりパワーでより劣るカスタマー仕様だった。しかし、マクラーレンはMP4/8を運動性のよいマシンとして仕上げ、セナはその性能を最大限に活かしてコーナーを速く駆け抜け、その脱出スピードを利用してストレートでの優位を守った。

 昨年、17歳と166日というF1史上最年少でデビューしたフェルスタッペンは、その若さで話題となった半面、経験不足ではないかと懸念する声もあった。しかし、トロ・ロッソで入賞を繰り返していた。そして、今季の第5戦スペインGPでレッドブルチームに昇進すると、そこですぐに初優勝。わずか18歳と228日での優勝は、2008年イタリアGPでのセバスチャン・ベッテルによる21歳と73日というF1最年少記録を大幅に塗り替えた。だが、今年のスペインGPでは、スタート直後にニコ・ロズベルグとハミルトンが接触してリタイヤしていた。最強のメルセデス勢抜きのなかでの初優勝だった。

 今回の鈴鹿での2位は、最強マシンのメルセデスに乗った2年連続チャンピオンとのバトルを征してのもの。どんな相手でもひるまない強さ、マシンの性能と利点を最大限に引き出して逃げる優れたドライビングテクニック。しかも、F1全戦のなかで最も難しいと言われる鈴鹿サーキットでこれを成し遂げた。フェルスタッペンの鈴鹿での2位は優勝にも匹敵するものとなった。フェルスタッペンにはまだ粗さが残り、いろいろと言われる部分もあるものの、新たなスターが若さだけでなく正真正銘の実力を備えたものであったことを、鈴鹿であらためて目の当たりにした。

 チームメイトのダニエル・リカルドも着実に表彰台と入賞を繰り返し、メキシコGPではフェルスタッペンよりもリカルドのほうがより輝いていた。

 レッドブルはマシンもドライバーも恵まれたチームで、とくにマシンでは終盤戦にきてフェラーリを1歩か2歩引き離しているように見えた。フェラーリのドライバーたちの苛立ち、とくにメキシコGPを筆頭に最近の無線での激しい言葉を漏らすベッテルの苛立ちの一端はここにあるようにも思える。

マクラーレン・ホンダのよしあしが見えた

 鈴鹿でのマクラーレン・ホンダは大敗だった。

 フェルナンド・アロンソは日本GP前の2戦で7位入賞を果たし、直前のマレーシアGPではバトンともにダブル入賞もしていた。ところが、日本GPではアロンソ16位、ジェンソン・バトン18位という大敗でレースを終えた。「僕たちのパッケージ(マシン)はダウンフォースが足りず、高速コーナーが続く鈴鹿に合っていなかった」と、この大敗についてアロンソは分析。「必ずやり返す!」と力強く語ってもいた。

 その言葉を実証するように、アメリカGPではアロンソが今季自身2度目の最上位となる5位に入賞し、バトンも9位に入賞。マクラーレン・ホンダチームにとって今季6回目のダブル入賞を記録した。「今日の結果は、モチベーションという意味で重要だった」とアロンソ。「しかし、今日のペースはまだよくなく、この原因を究明しなければならない」と冷静に語ってもいた。

 そしてメキシコGPでは、また今年の定位置の10位前後に終始していた。コースによって得意不得意が出るマシン。マクラーレン・ホンダは、まだセカンドクラスのチームのマシンレベルでしかないということもよりはっきりした。

 だが、思い出してみれば、マクラーレン・ホンダはこの1年で大きく進歩したことはたしかだ。昨年の日本GPで、アロンソはレース中に無線で「GP2シャシーだ」「GP2エンジンだ、恥ずかしい」と、マクラーレンの車体にもホンダのパワーユニットにも格落ちクラス並みの性能でしかないと伝えた。これは、アロンソなりのマクラーレン・ホンダへの叱咤激励だった。意図的に批判的な言葉を公言することでチームを奮起させる手法は、アイルトン・セナやアラン・プロスト、ミハエル・シューマッハなど偉大なチャンピオンも使ってきたものだった。

 マクラーレンとのコンビで昨年F1に復帰したホンダは、最下位争いが多かった。新型パワーユニットの投入も、昨年はトラブル対応のための交換が多かった。だが、今季のパワーユニット変更は性能向上とより上の成績実現を目指して戦うためものとなっている。

 アロンソはまだ未来に向けて意欲的なコメントをしている。昨年は入賞すらほど遠い状態だったマクラーレン・ホンダが、今年は多少の浮き沈みはあっても入賞圏に達するようになった。今はまだ表彰台は遠いものの、2度のチャンピオン経験を誇るアロンソの技と意欲とマクラーレンとホンダの努力が実を結ぶときも、そう遠くはなくなってきているようにも思えた。

安全とドライバーの意識について

 メキシコGPでいくつかのペナルティが出た。また、最近はコース脱輪のペナルティをめぐって、アスファルトのランオフをなくすべきという声も出てきている。

 しかし、そもそもフォーミュラのバトルは、繊細なマシンを意のままに操り、相手に当てないギリギリのところで戦うからこそ素晴らしく、それが伝統だった。しかし、最近はマシンがより安全になったおかげで、ぶつけたり、相手を押し出したりする行為が最高峰のドライバーが集まるF1でも多くなった。見た目にはエキサイティングだが、こうした行為は危険であり、トッププロのドライビングとしては手本にもならない、憧れにもならないものにもなってしまう。

 また、アスファルトのランオフエリアをやめて、グラベル(砂利)によるランオフに戻せば平気で脱輪するものもいなくなるという声もある。だが、自動車レース用としては、グラベルのランオフはアスファルトに比べて減速効果が低いことがFIAの実験ではっきりしていた。また、グラベルのランオフは今年の開幕戦でのアロンソのクラッシュのように、コースアウトした車両を転覆させる恐れもある。さらには、転覆した車体の頂部のロールオーバー構造が埋まったり折れたりすることで、ドライバーの頭と首に危険も増していた。そこで現在のようなアスファルトのランオフが増えたのである。

「グラベルを増やせ」というのは安易だ。わずか10年か15年の間にどうしてグラベルが減ったのか、もう一度思い出すべきだろう。また、こうしてコースの改修工事を訴える声を出すものの大部分が、その工事費の負担には関係ないものである。コースの改修工事は多大な費用がかかる。その費用を負担するのはサーキットである。そして、最終的には観戦チケットの代金にまで跳ね返ってくるはずだ。

 今一度ドライバーたちには、世界一を争うトッププロとしての高い自覚と誇りを持ち、コース脇の白線から逸脱せず、相手を強引に押し出さず、相手にぶつけず、常にフェアで、ときには大胆で、ときには繊細かつエレガントで、格好よく、尊敬と憧れを集める走りをすることが求められるべきではないだろうか。

小倉茂徳