オグたん式「F1の読み方」

より幅広く、より低く変化した2017年シーズンのF1マシン

写真はマクラーレン・ホンダの新型マシン「MCL32」

 もうすぐ始まる2017年のF1は、大きな変化が満載の年となる。いくつかの変化のなかで、もっとも目立つ変化が車両に関するレギュレーションで、2009年のレギュレーション変更と同等か、それにも増した大きな変更となる。実際、マシンの「見た目」も大きく変わった。まずは、2017年の主な変更点を挙げてみよう。

「より速く」を目指して、より幅広く、より低く

 2017年の車両規定は、“幅”が増すことが特徴だ。

(A)タイヤ幅拡大

 タイヤが大型化され、性能向上へ。

・フロントタイヤ幅は60mm広がり、245mmから305mmに
・リアタイヤ幅は80mm広がり、325mmから405mmに
・タイヤの直径も10mm拡大する

 これでタイヤの接地面積が増大して、タイヤのグリップが増すことを期待している。

 だが、単純に接地面積を増しただけではかえって単位面積あたりの接地圧が減ってしまい、タイヤ接地面が路面に押し付けられる力が弱まったのと同じになってしまう。すると、タイヤが路面を捉えるグリップ力を低下させてタイヤが滑ってしまい、タイヤの消耗を早める恐れもある。そこで、接地面積拡大にみあうか、それ以上にタイヤを路面に押し付ける力もほしい。そこで、より大きなダウンフォースが必要となる。

(B)車体幅も拡大

 タイヤ幅の拡大に合わせるように、車体の幅も拡大される。

・タイヤも含めた、車体の全幅は1800mmから2000mmへ
・ボディ部分の幅も200mm増して、1400mmから1600mmへ

 車体の幅が増えれば、よりコーナーで踏ん張りが効くようになり、幅広のタイヤの効果をより引き出せることで、よりコーナーを速く通過しやすくなる。ボディの幅が広がれば、車体の底の部分が広くなる。車体の底が広くなれば、それだけ車体の底と路面との間の気流で起きるグラウンドエフェクトによるダウンフォースを増やすことができる。

(C)ディフューザーの拡大と空力装置の規制緩和

ダウンフォースに必要な装置の規制も緩和される

 ボディ幅の拡大に呼応するように、車体の底の気流をダウンフォースに換えるために必要な装置も、規制が緩和される。

・ディフューザーは、125mmから175mmへと後端位置が高くされ、跳ね上げの開始点が後輪の回転車軸の位置から、後輪の車軸より175mm前方へと移動
・サイドポンツーン前のデフレクターは大型化へ

 ディフューザーがより高く、より長くされたことで、気流を拡散して車体の底面の気流をより上手く引き抜けるようになることが期待できる。すると、車体の底面と路面との間の気流がより速くなり、グラウンドエフェクトによるダウンフォースを増すことができるようになる。

 デフレクター類を大型にできることで、フロントウイングやフロントタイヤで乱された気流をよけて、ノーズ中央からの整った気流を車体の底により多く導きやすくなる。すると、やはりグラウンドエフェクトによるダウンフォースを増やす助けになる。

(D)ウイングも効果増大へ

・フロントウイングは幅を200mm広げて、幅1600mmから1800mmへ
・ノーズは前に200mm延長
・リアウイングは高さを950mmから800mmへ下げ、幅は750mmから800mmへ拡大
・装着位置をより後ろに変更

 ウイングの幅を広げることで、ウイングが発生するダウンフォースを増すことが期待できる。とくにリアウイングは幅を広げて低くすることで、ダウンフォース向上とともに「不恰好」と不評だった2016年までの幅が狭く高いものから脱却できる。フロントウイングはより前に、リアウイングはより後ろにして、車体の重心位置から遠くしたほうがより大きなダウンフォースになったのと同様な効果が出せる。シーソーで後ろに座ったほうが、より重い相手を持ち上げられるのと同じしくみだ。

フロントウィングはより前になって後退角がつき、リアウイングはより後になった

コーナリングが大幅に速くなる

 これらの変更によって、2017年のF1マシンは大幅な性能向上が期待できるという。シミュレーションのデータによると、ラップタイムは3秒から5秒も速くなるという。

 2017年は車体の最低重量が702kgから728kgに増える。大まかにいうと、重量が約10kg増えることでラップタイムが0.3秒遅くなる。すると、2017年のマシンの車重では、ラップタイムが0.6秒ほど遅くなるはず。それでもラップタイムが3秒から5秒速くなるというのは、驚異的な性能向上と言える。

 空気抵抗のかたまりであるタイヤの幅が広くなり、車体の幅が広くなることから、空気抵抗は2016年車よりも大きくなる。ここから考えると、空気抵抗の影響を大きく受けるストレートでのスピードはさほど伸びないか、パワーユニットの性能の伸びが少ないと、ストレートでのスピードはやや落ちる可能性もある。実際にバルセロナテストでは、ラップタイムは速くなったもののストレートスピードは落ちていた。

 ストレートスピードが落ちてもラップタイムが大幅に速くなるということは、コーナーを通過する際のコーナリングスピードが大幅に向上しているということになる。規定変更の狙いどおり、タイヤの幅が増えてグリップ力が増し、車体の幅(左右のタイヤの間隔)が増して踏ん張る能力が高まり、ボディ幅拡大とディフューザー類の変更と、ウイングの変更にともなうダウンフォースが増えることで、このコーナリングスピード向上がもたらされた。

 だが、コーナリングスピードが増すということは、プラスとマイナスの面が共存する。このプラスとマイナスについて語る前に、F1のレギュレーション変更の流れをちょっとふりかえってみよう。

「より安全に」を目指してきた四半世紀

 この20年あまりの間に、FIA(国際自動車連盟)はF1に関する多くのレギュレーション変更を重ねてきた。その主だったところは下記のとおり。

(A)タイヤの幅と接地面積の削減

・1993年:リアタイヤ幅を18インチ(約460mm)から15インチ(約380mm)へ
・1998年:グルーブド(溝付き)タイヤへ(前は溝3本、後は溝4本)
・1999年:グルーブドタイヤ(前後とも溝4本へ)
・2009年:スリックタイヤ復活
・2010年:フロントタイヤ幅を270mmから245mmへ

 タイヤの幅を削減してグリップ力を落とすことでコーナリング性能を落とそうとして、さらには接地面に溝を入れさせることで、よりグリップ力を落とさせた。スリックが復活したものの、コントロールタイヤで性能を抑制し、フロントタイヤの幅も狭めてグリップ力を制限していた。

(B)車体幅を削減

・1998年:車体幅を2000mmから1800mmへ

 車体幅を狭めて横方向に踏ん張る能力を削減し、これに呼応してボディ幅も狭めたことで、グラウンドエフェクトによるダウンフォースを減らそうとした。

(C)ディフューザーの縮小と空力装置の規制強化

・1994年:ディフューザーの中央より300mm外側の部分はリア車軸までと、短くされる
・2005年:サイド部分のディフューザーの規制をさらに強化
・2009年:ディフューザーをより低く、より短く。高さ175mm、長さはリア車軸から後方に500mmだったのを350mmへ
・2009年:デフレクターの寸法を大幅に制限

 車体底面でダウンフォースを発生させるグラウンドエフェクトのためカギとなるディフューザーを規制し、ダウンフォース発生量を抑制しようとした。

(D)前後ウイングの性能抑制

・1991年:フロントウイング幅を1500mmから1400mmへ
・2009年:フロントウイング幅を1400mmから1800mmにし、地上高を150mmから50mmへ下げるが、翼の枚数を規制
・2009年:リアウイングの高さを800mmから950mmへ、幅を1000mmから750mmへ

 ウイングを規制し、ダウンフォース量を減らそうとした。また、リアウイングが発生する後方の乱気流のエリアを小さくするとともに、フロントウイングは前の車両の後方乱気流の影響を受けにくくした。これでより接近しやすくし、より追い抜きが可能になるようにしようとした。しかし、フロントウイングは隙間を多数設けることで、あたかも多数の翼をつけたのと同じとなり、ダウンフォースは増えたものの、乱気流の影響を受けやすいものになってしまっている。

相反する方向性

 1994年にF1では大きな事故が続いた。サンマリノGPでは3件の出来事で死者2名、重傷1名、次のモナコGPでも重傷1名だった。これを受けてFIAは科学的な安全研究のための組織を立ち上げ、これが今日のFIAインスティテュートになっている。当初の研究のなかで、高速コーナーはマシンがなんらかの理由でコントロール不能になったときにきわめて危険であることが分かり、F1開催コースすべてをコンピュータ解析した。結果、27カ所のコーナーが危険として安全対策が施された。なかには、スパのオールージュからレディヨンへの登り区間に大胆なシケインを設けさせるなど、極端で一時的なものもあったが、この研究の結果からサーキットのCAD図面から安全性を解析して安全対策を見つけるソフトウェアのCSAS(キャサス=サーキット安全解析システム)が生み出され、現在はこのデータをもとに、ランオフエリア、バリアの種類と設置方法などが決められている。

 以上のように、FIAは1994年以降、安全向上のためにダウンフォースやコーナーでのタイヤのグリップ力を削減させることで、コーナリングスピードを抑制しようとしてきた。

 また、2000年代に入ってなかなか追い抜きができない状況を打開するために、FIAと主要F1チームによる追い抜きが増やせるマシンの共同研究が始まり、フェラーリなどが協力して風洞実験やCFD解析を行なった。その結果が、2009年から2016年までのレギュレーションとマシンになった。

 さて、2017年の規定はというと、これまで約四半世紀のFIAの姿勢とは真逆になっている。この文中にある2つの(A)~(D)の項目をもう1度それぞれ見くらべていただくと、あらためてその大きな転換ぶりがよく分かるだろう。

 たしかにこの四半世紀の間に安全性は飛躍的に向上した。たとえば、2016年の開幕戦でのフェルナンド・アロンソのケースでも、あれだけ激しい事故にもかかわらずドライバーはろっ骨を傷めた程度でマシンから自力で降りられるほどだった。安全対策のすばらしい成果だった。余談ながら、あのケースではあらためてグラベル(小砂利)によるランオフの危険性も現れた。ランオフがグラベルになったところで前輪と車体の一部がグラベルにやや埋まるようにつかまり、そこが支点となって車体をひっくり返して回転させるようになってしまったからだ。結果、より大きな摩擦抵抗を適度に分散してタイヤや車体にかけて減速できるアスファルト舗装によるランオフエリアをより広く、より多くすることが世界的に増えるようになった。

 話を戻すと、車体側の安全対策はかなりできた。コース側もそれまでのマシンに対応できる安全性になってきていた。だから2017年からより高速なコーナリングでよりエキサイティングな走りにしようとした。

 では、ウイング類を2008年以前に近くしたことで、乱気流による追い抜きへの影響はどうするのだろう。開幕前のテストの段階でドライバーたちからは乱気流の影響が強くなり、接近が難しくなったという声も出てきている。エンジニア達のなかにも、この問題を危惧する声があった。それでも、リアウイングのフラップの前縁を上げて空気抵抗を減らすDRS(空気抵抗減少システム)とそのルールが、2011年の導入以降、F1での見かけの追い抜きを増やしてくれたことで、これに頼ることはできるかもしれない。この追い抜きとバトルについては、開幕戦以降の実戦を見てみる必要がありそうだ。

 一方で、今回のFIAによる過去と真逆の方針は、もう1つ問題を含んでいた。それは、サーキットの負担を増やしてしまったということだ。

 2017年のF1マシンはコーナーでの通過速度が向上することに対応するために、オーストラリアGPはFIAからの勧告に従い、タイヤバリアとテックプロバリアを追加すると1月に報じられた。テックプロバリアは樹脂製の連結式バリアで、きわめて高い安全効果があり、F1の開催コースで急速に普及している。だが、これはそう安いものではない。オーストラリアGPでは、FIAから高速コーナーのターン12にこれを追加することが求められたが、この部分のテックプロバリアだけで10万豪ドル(約8600万円)もの費用がかかっている。

 さらに、2017年のF1マシンのコーナリング性能が高まることで、FIAからはこうした改修措置がすべてのF1開催コースで必要とされた。

 コース改修は莫大な費用がかかる。この改修費用をサーキットだけがかぶるのは経営に大きな負担をかけることになり、F1開催も長続きできなくなるか、最悪、サーキットの存続にかかわりかねない。すると、こうした費用もチケットへと転嫁されて、より高い観戦チケットになりかねない。サーキットはなんとかチケットの値上げを避けようと努力するだろうが、経営上の限界もある。

 コーナーを高速で駆け抜けるのは、迫力がありとても魅力的だ。が、そのためにはより広い視野に立って考えるべきではないだろうか? サーキットの改修とそれにともなう費用負担とは無関係なチームやエンジンメーカー側が主導してルール案を策定するのは、未来にとって本当によいのだろうか? 今後のルール策定の段階で、お客様にもっとも近いサーキット側の声がもっと反映させるようにすべきではないだろうか。

とはいっても見どころはある2017年シーズン

 だが、これで2017年規定のF1がすべてダメというわけではない。魅力的な部分、見どころはある。

 コーナリングスピードが向上したことで増す横Gに耐えるため、ドライバーたちは冬の間例年以上のトレーニングをしてきているという。高性能化したマシンとそれに対応したドライバーによる究極の走りはとても魅力的だろう。とくに、予選のアタックではこうした面がとてもよく出てくるはずだ。また、ラップタイムがどこまで向上するのかも、見どころの1つ。かつての規制が甘い時代に出されたコースレコードに迫るか、それを破ることも増えるだろう。もしも、乱気流でレース中の追い抜きがより難しくなるならば、スタート位置が重要になり、より予選での走りと速さが追求される。結果、予選はさらに魅力的になるだろう。

 同様に、追い抜きが難しいとなると、レース中の戦略がより重要になり、ピットストップを含めた知的な戦いの魅力も増すだろう。

 F1マシンの歴史は、コーナーを俊敏に速く駆け抜けるマシンの歴史といっても過言ではない。この点では、2017年のルールと規定はF1らしさをより高めたとも言える。開幕戦のアルバートパークのターン11、12、13の高速コーナー区間や、スパ最大の難所とされるプーオンやオールージュからレディヨンへの登りなどを筆頭に、コーナリングはとても刺激的になるだろう。なかでも鈴鹿サーキットは、2017年からの新F1マシンの走りの凄さと魅力がほぼコース全域にわたって見られるサーキットになるだろう。1~2コーナーからS字、逆バンクからダンロップ、デグナー、スプーンカーブから西ストレートをはさんで130R、最終コーナーの立ち上がり。どれも、より速く、より迫力が増すはずだ。

 コーナリングスピードが速くなるのはテレビなどの映像でも分かるはずだが、実際にサーキットで見ると、よりはっきりと目と耳と体に伝わってくる。2017年のF1マシンの速さを知るには、ぜひサーキットでの観戦をおすすめしたい。

規制緩和のなかで、さまざまな空力デバイスが復活

写真はマクラーレン・ホンダ 新型マシン「MCL32」

 2017年のF1はかなりの規制緩和が行なわれた。さらに、2009年規定で廃止させられたフィン類が一部戻り、縮小されたバージボード類も再び大型化された。各チームのエアロダイナミシストたちは、厳しい冬のあとに暖かい春を迎えた草花や、冬眠から目覚めた動物たちのように、さまざまな空力デバイスをここぞとばかりに復活させてきた。

 とくに目をひいたのは、シャークフィンの復活や、翼端板やターニングベーンにスリット(隙間)を追加してきたことで、これらはいずれもコーナリング時に車体の向きが気流に対して角度がついたときに、より高い空力性能を維持できるようにという想いと意図が伝わってきた。シャークフィンも一見リアウイングに気流をまっすぐ当ててダウンフォースを増やすもののように見えるが、それ以上に車体が気流に対して角度がついたときに車体の安定とタイヤへの効果を増す装置なのである。これは、WECのシャークフィンやNASCARのルーフフェンスに近いものである。これについては次回ご説明したい。

 いずれにせよ、2017年のF1マシンの細部を見ると、よくぞここまで詳細にやってきたものだと思えるもので、エアロダイナミシストの熱い想いと鼓動が伝わってくるようだった。

 2017年のF1マシンは、新車発表のあとに合計8日間行なわれたバルセロナテストの間にもさまざまなものが着けられてテストされていた。そして、開幕戦までの間にまた改修が施されるだろう。

 今回はレギュレーションの変化でいっぱいになってしまったので、開幕戦か序盤戦のあとに、2017年の各チームのマシンと動向をまとめてお伝えしようと思っている。

写真はマクラーレン・ホンダ 新型マシン「MCL32」

 2017年の変更点の図と説明(英文ながら、図は分かりやすいもの)は、F1公式サイトやマクラーレン・ホンダなどで公開されているので、そちらも参照していただきたい。

F1公式サイトによる変更点の図

マクラーレン・ホンダによる変更点の図

小倉茂徳