日下部保雄の悠悠閑閑

フォード「フィエスタ」

 フォードが日本から撤退して早くも2年以上が経過する。「え?なんで!」というほど突然の発表で、フォード・ジャパンでもそれを知ったのは直前だったというから、どこかの国の政権ばりの気まぐれさでショックだった。だって、実は私、フォード車のオーナーなのである。

 フォードのファンになったのはやはりラリーの世界、そして「フォード GT40」だ。レースではフェラーリの買収に失敗するや、GT40を短期間で開発し、登場してから3年後、アメリカ的に力で押しまくってル・マンでフェラーリを凌駕した。動機はわがままで誰かみたいだけど、そのデザインは平べったく直線的。とにかくフェラーリの艶っぽい曲面とは対照的で新興(?)メーカーらしく格好よかった。ついでに言うとGT40の意味は全高40インチ、つまり1mとチョビットという低さを表したものだ。

1969年のジョン・ワイヤー氏が率いた「フォード GT40」。デビューは1964年だから、5年後のル・マンウィナー。栄光のマシンです

 また話が逸れた。ラリーの世界では「エスコート」。なんの変哲もないブレッド&バターカー、1.2リッタークラスの正真正銘の大衆車だ。シンプルなFRのエンジンフードの下に1.6リッターツインカムエンジンを押し込んで、RSのサブネームを付けてモータースポーツフィールドに打って出た。そのあとMk IIになってRSツインカムモデルは排気量も1.8リッター~2.0リッターになり、世界中のラリーを駆け抜けた。フォードはラリー、レースを問わずプライベートサポートもしっかりしていたので、多くのサテライトチームがワークス同様の活躍ができたのも好印象だ。

 実はエスコート Mk IIラリー車のハンドルを握ったことがある。ダートでもハンドルは半端なく重く、きっかけを作ってアクセルで曲がっていかないと、ただアンダーステアなだけ。腕力で曲げてはいけないのだ。しかし、慣れるとウェーバーキャブレターの吸気音の響きと共に何ともびっくりするほど戦闘的に走れ、アドレナリンは出っぱなし。いかにもジョンブルが作ったラリー車だった。

 で、やっとフォード フィエスタの話である。

 ラリーではポルトガルのラリー・デ・モルタグアでTOYOTA GAZOO Racingのラリーチャレンジプログラムで活動する新井大輝選手(コ・ドライバーはG・マクニール選手)がフィエスタ R5で総合優勝を飾ったのも嬉しい話だが、今回話をしたいのは自分のフィエスタ、純粋なオーナーカーである。

フィエスタのカタログの写真。ボクのフィエスタと同じホットマゼンダカラー

 フィエスタは欧州フォードらしくなかなか硬派で、小ぶりで硬めのドライバーズシートにアップライトに座り、太めのステアリングホイールを握ってドライビングポジションをとっただけでシャッキとするのだ。サスペンションも硬め。ごつごつしたところはないが、決してふわりと包み込むようなところはなくメリハリが効いている。爽快だ。ハンドリングは「コンパクトカーは“コーイウモンダ”」と言わんばかりのキビキビしたフットワーク。ロングコーナーのライントレース性やタイトなグイと曲がりこむようなターン、左右に切り返すようなコースもスイとこなしてなかなか楽しい。それでいて、高速道路もふわふわしたところはなく安定感があり、長距離ツーリングも苦にならない。ただ、スポーティなタイヤは結構硬く、ロードノイズも大きい。が、ここまで望むと贅沢だろうな。

 エンジンは1.0リッター3気筒ターボ。2012年と2013年のInternational Engine of the Yearを受賞している優れものでパワフル。1.0リッターであることをすっかり忘れて、高速道路でさらに追い越しをかけた時にその排気量を思い出すぐらいだ。もっとも、出力がある半面、燃費はそれほどでもなく、市街地が多い使い方では通算燃費は10km/Lぐらいだ。高速クルージングが多ければもっともっと伸びるだろう。それに3気筒ながらエンジンの回転振動が小さく、音質がわるくないのも好印象だ。

 トランスミッションはゲトラグ・フォード製の6速デュアルクラッチ。トルコンやCVTのような滑らかさはないが、その分、ドライバーがクルマの息遣いを感じて操作する必要がある。それがまた面倒でもあり、可愛くもある。

 そして、欧州コンパクトカーらしく収納力は大きい。トランク下にも大きなスペースがあって、フルに活用するとかなりの荷物が積める。大人4人と結構な荷物を乗せて長距離移動した際も、同乗者から驚きの声が漏れるほどだった。

 強力なコンペティターのいる欧州で勝ち抜くためのアイテムをしっかりと持っているのがフィエスタだ。

白文字の熱線マークがフロントのヒーテッドウィンドウのスイッチ

 そのフィエスタにはフロントウィンドウに熱線が入っている。日本ではほとんど見かけないが、リアウィンドウ同様に曇り止めになるのはもちろん、エアコンの風で目が乾くこともない。それに降雪地帯では外に積もる雪や氷を解かすこともできる。寒冷地仕様の海外向けラリー車には装備されていた曇り止めだが、こんなところにも心惹かれてしまう。ただ、その代わりフィエスタのエアコンはそれほど強力ではないのだが。

 そう、つまり気に入っているのだ!

 と力んでみても、フォードは無情にも日本から撤退してしまった。サービスは引き継いだ別ブランドのお店で受けられるので問題ないが、ぶつぶつ言いながら3年以上乗り続けているのであった。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/16~17年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。