日下部保雄の悠悠閑閑

高まる電気熱。香港で観たフォーミュラ E

香港でフォーミュラ Eを初めて観てきた。写真は今シーズンからフォーミュラ Eに参戦している日産自動車のピット風景

 日本モータースポーツ記者会(JMS)が、フォーミュラ Eのワークショップを開催するという情報を聞きつけ混ぜてもらった。フォーミュラ Eは日本でも開催の動きなどがあり興味深い。

 ワークショップは2018年~2019年に開催されるシーズン5の第5戦 香港である。現地集合すれば、取材のお膳立てはしてくれるというありがたい心遣いである。JMSの高橋事務局長、ありがとうございました。そして谷川編集長に大変お世話になりました。重ねて深謝。

 香港に着いた翌日の土曜日、さっそく香港フェリーターミナル付近に設置されたコースとプレスセンターに向かい、申請してあったプレスパスを受け取る。

 この日は走行がほとんどないので、各チームを回って囲み取材を行なうのが主な目的だ。そう、なんとフォーミュラ Eの香港戦は日曜日に予選から決勝までを行なう1DAYレースなのだ!

 何しろフォーミュラ Eは見るのも聞くのも初めてなので、すべてが新鮮である。ドライバーもアンドレ・ロッテラーやセバスチャン・ブエミ、フェリペ・マッサ、ネルソン・ピケJrなどの懐かしい名前や、ストフェル・バンドーンなどの新進気鋭のドライバーまで、計22名のドライバーがグリッドに並ぶ。

 コースは完全な市街地。1周1.8kmに、こんなとこ曲がるの!?と言うようなヘアピンも含めて10のコーナーがある。マカオを彷彿させるようだ。コンクリートブロックなどを積んで作られたコースは幅が狭く走りにくそうだが、そこはプロフェッショナル、競争となると関係なさそうだ。

 フォーミュラ Eといえば電池容量の関係で1人のドライバーが2台の車体を使って飛び移る不思議な光景が有名だったが、今シーズンから1台の車体で走り抜く普通のスタイルになった。

 45分+1ラップのスプリントレースだ。つまり45分走ったトップ車両から1ラップ目の先頭車両が優勝となる。

 モノコックはカーボンとアルミハニカムのワンメイク(ダラーラ製?)。そして、モーターや52kwhのバッテリーもワンメイクとなる。面白いのは予選では250kWの出力を1ラップ使え、レース中は200kW、レース中2回(各4分間)使えるアタックモードでは225kWhまで出力アップできる。

 また、タイヤもミシュランのワンメイク。しかも市販ラジアルに極めて近い。2014年~2015年の開幕時には「パイロット スポーツ 4」だったが、今シーズンからは将来の市販タイヤのベースとなるパイロットスポーツになる。サイズはフロント245/40 R18、リアも305/40 R18とF1に比べると細くて大径だ。もちろん市販ラジアルのようなパターン付きで、1スペックである。

シャシーやバッテリーだけでなく、タイヤもワンメイク。ミシュランのエンジニア サージュ・グリサン氏の後ろに積まれているのがマシンに装着するタイヤだ

 狭い市街地コースだけに接触もよくあるが、タイヤがカバーされているので、前車に乗り上げて飛んでしまうことは少ないようだ。ミニ4駆的に見える外観もそう思うと納得がいく。

 予選は4グループに分けられて各6分間、1ラップだけアタックできる。真剣勝負だ。さらにトップ6が1ラップにかける“スーパーポール”というシステムでグリットが決まる。

 予選では気まぐれの雨で各ドライバーが翻弄されたが、やはり見ているとマシンのセッティングが合い、それを上手にコントロールしているドライバーは順当に上位にきている。

 アウディチームの取材では日本にもなじみ深いブノワ・トレルイエ氏が対応してくれた。彼はアウディの開発兼リザーブドライバーというポジション。スーパーフォーミュラとの違いは圧倒的なダウンフォースにある。フォーミュラ Eは効率を求められるので、マシン作りの方向性がまったく異なるという。ダウンフォースを大きくすると、当然抵抗も大きくなるので効率が落ちる。ドライバーに求められるものも、エネルギーをセーブできる能力だという。

 また、香港は長い直線からハードブレーキングで低速になるので、エネルギー回生が優れていると言っていた。市販車の回生量とは比べ物にならない。高速コーナーが連続するコースはエネルギー効率がわるく、サーキットによっては電欠したチームも少なくなかったという。トレルイエ氏はまた日本でレースするのが夢だと嬉しいことを言ってくれた。

アウディチームのブノワ・トレルイエ氏。また日本でレースするのが夢と言ってもらえて嬉しい

 さて、プレスセンターのモニターにはエネルギー回生やインカーカメラ、定点カメラなどからの映像が映し出され、その気になれば各チームのピットとドライバーとの会話も聞こえる。自分の場合は、あくまでも聞こえるだけで、何を言っているのかは分からない……。

 見ていると、ロッテラーは小刻みにステアリングを振ってマシンの挙動を出しているようだが、姿勢が大きくふらつくことはない。サム・バードはセッティングが合っているのか、グリップの限界点で小刻みにステアリングを入れて旋回速度を上げている。

 コースは狭いうえにウェットで接触が絶えないが、マシンのダメージは最小限で済むようだ。ここで行くのか!というシーンをいたるところで見た。

 それでも45分レースで3回のフルイエローコーションが出たのは、状況を考えると仕方がないかも。

 レースは4番手から上がり、レースをリードしていたバードの隙をついてトップに立ったロッテラーが、巧みなライン取りで勢いのあるバードをブロックしていたが、後半はかなりタイヤにも負担がかかったのか、ときおりふらつくようになった。3回目のイエローコーションで残り3ラップぐらいになった時、バードは最後の勝負に出た! しかし、フロントノーズがロッテラーの右後輪を引っかけてパンクさせてしまった。この接触でレース後にバードに5秒のペナルティが科せられ、トップチェッカーから5位に後退してしまった。ペナルティが決まる前の勝利者インタビューでバードの表情が暗かったのは、この結果を予想していたからだろう。

勝利者インタビューを受ける3人。中央がトップを獲得したサム・バード、左がエドアルド・モルタラ、右がルーカス・ディ・グラッシ。この後、バードはペナルティが科せられて5位に後退してしまった

 ロッテラーの初優勝を見ることはできなかったが、実際にフォーミュラ Eを観ると非常にコンペティティブなことが分かりレースを堪能することができた。

 ドライブシャフトやコントロール系のトラブルでストップしてしまうマシンもあり、スプリントレースではアクシデント以外のマシントラブルも多かったように感じた。

 そして、電気特有の回生音とギヤノイズがしているだけで、内燃機のようなエキゾーストノートが皆無なことに、今さらながら感慨深いものを感じた。いつスタートしたか分からないし、コースマーシャルもマシンの来し方を音で判断することができないので、違う感覚が必要だろうと余計なことまで考える。

 フォーミュラ Eには来シーズンからメルセデスも本格的参入を表明しており、今後電気熱(?)はますます高くなるはずだ。いろいろと勉強になった香港フォーミュラ Eツアーでした。

市街地での開催なので、サーキットからは綺麗な夜景が見えた。いろいろと勉強させていただきました!

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/16~17年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。