日下部保雄の悠悠閑閑

電気の未来

ジャガー「I-PACE」のワンメイクレースを観てきた

 香港のフォーミュラEを取材したのは前回も紹介したが、同時開催のジャガー「I-PACE」のワンメイクレースも観てきた。2019年シーズンから始まった世界初のBEV(バッテリー式電気自動車)によるワンメイク・スプリントレースシリーズである。

 I-PACEはジャガーのBEVでEV(電気自動車)を生かしたパッケージングが特徴だ。90kWhの大きなバッテリーを積み、航続距離は470kmと長い。完全にバッテリーアウトすると充電時間も長くなるが、たいていは継ぎ足し充電となるので、それほど難渋することはないと言われる。また、エンジンを持たないので低いエンジンフードと、床下に大きなバッテリーを積んでいるので超低重心が特徴だ。重いバッテリーのために約2.2tもの重量があるが、ハンドルを握ったことのあるドライバーによると、低重心で異次元の走りをすると言われる。このあたりは実際に試乗した時に報告しよう。

各チームにレースごとに貸与される専用充電器

 696Nmの強大なトルクは4WDによる駆動となるが、これでレースをやるのだからなかなか痺れる。実際にI-PACEのキャッチコピーは「シビれる未来」である。

 このレースの車両はジャガーのハイパフォーマンス車両制作部門のSVOで開発されたものを使用する。基本的に生産車に則っているが、余分なものを取り払っているので車両重量は2tを切る1965kgと俄然軽量化されている。さらにFIAのレギュレーションに則って、オールアルミボディは一部スチールになっているが大きな改造はない。むしろレースのためにバッテリーの温度管理や最大電力を長時間にわたって担保するために、チューニングの方が重要だろう。可変ダンパーは各チームごとに調整可能で、ノウハウが出せるところだ。

 このI-PACEによるeTROPHY選手権は全てパッケージングされており、各チームは独自の開発は認められていない。各レースのパドックには華やかなホスピタリーテントが設けられ、ゲストやチームがくつろげるように配慮されている。

タイヤもミシュランのワンメイク。22インチの1スペックだ

 PROクラスとPRO-AMクラスが設定されており、香港では12台のエントリーがあった。レースは管理されている車両によって行なわれるので、ドライバーの比重が高い。狭いコースで全幅2mのI-PACEがコーナーに進入するさまはなかなか迫力があり、必然的に自分のスペースを空けるためガシガシ当たりながらのせめぎあいも少なくない。

 プレスルームでモニターを見ていると最初のタイトヘアピンではオーバーランする車両、イン側から強引にこじ開けて抜いていく車両などさまざまでドキドキする。0-100km/h加速を4秒台で走る加速力は凄いのだが、エンジン音がないのでちょっと感覚がずれる。乗ってみればドライビングにそれほどの違いはないのだろうが、コクピットでは一体どんな感覚なのだろう。

 タイヤのわずかなスキール音と回生ブレーキ、そしブレーキの甲高い音、車両に取り付けられたモニターランプなどが、これまでのレースとは違った未来的な世界を感じた。ウェットレースの難しいコンディションの中、接戦を制したのはRahal Letterman Lanigan Racingのブライアン・セラーズ選手、2位も同チームの女性ドライバー、キャサリン・レッゲ選手だった。現在選手権ポイントのリーダーでもあり、レース運びを観ていても危なげなかったように見える。

 このシリーズはフォーミュラEのサポートレースとして全10戦が開催され、世界各地を転戦する。

 帰った翌日は、メルセデス・ベンツ「EQ」のプレゼンテーションが行なわれた。EQのプレゼンテーションというよりも、BEVと家のつながりを探る中で1つの実験的な展示だった。

EQ Houseの前に並ぶメルセデス・ベンツ日本の上野金太郎社長(左)と竹中工務店の大神正篤副社長(右)

 ちなみにEQはメルセデス・ベンツのFCも含む電動化へのブランド戦略だが、メルセデス・ベンツは2022年までに10のEVを発売予定としている。また、今後のシェアリングの普及を見据えてメルセデス・ベンツ日本も着々と戦略を打ち出しているが、今回のEQ Houseもその延長線上にある。

 さて、BEVは排出ガスがないので家の中にも入れる。家の中に置けるとクルマと家が一体となって機能を共有できる。竹中工務店が実験ハウスとして六本木の「Mercedes me Tokyo」に2年間の期間限定で建設したEQ Houseもその一例だ。

 まったく新しい工法で1200枚のアルミパネルを組み合わせ、溶接で作られた家は窓がない代わりに、アルミパネルにくりぬかれた隙間から外光が入る。ちょうど木漏れ日のような心地よい空間になる。明かりのコントロールはパネルに張られた調光フィルムで行ない、自然環境を積極的に取り込もうとする発想は面白い。太陽の位置に合わせて調光フィルムを可変させることができるので、常に安定した照明が得られる。

 また、AIによって住人の感情に合わせた雰囲気づくり、例えば音楽などをチョイスして流すこともできる。でも2人の仲がわるかったならどうなるんだろう?ということは置いておき、星新一の世界を現実のモノとして感じられるのは感慨深い。

 BEVの「EQC」が入った空間は開閉可能のガラスウォールで仕切られるが、このガラスには手の動きや音声で情報が映し出され、室温や照明などのハウス側のこと、車両の状態などを確認したりコントロールすることができる。

メルセデス・ベンツ「EQC」

 まだ実験的な試みだが、積極的にEVと未来を見せようという試みはメルセデス・ベンツと竹中工務店の挑戦する姿を見て取れ、興味深いものがあった。

 かつて日産自動車は初代「リーフ」と共にセキスイハイム(だったと思う)のスマートハウスを見せてくれたことがあったが、PHEVやBEVになると家とクルマの関係はさらに深化していくことになりそうだ。

 というわけで、電気つながりの話でした。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/16~17年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。