日下部保雄の悠悠閑閑

「月光」と「屠龍」

「月光」前期型の模型。13試双陸戦時代の名残りで背中にこぶがある

 毎日降り続く雨。その梅雨空の満月の夜。今日も雨かと思って空を見上げると、雲の合間から真ん丸の月が顔を出していた。月の光がやけに眩しく見えた。

 しばし月を眺めていると、第二次世界大戦で帝国海軍が運用していた夜間戦闘機「月光」を思い出した。

 月光は数奇な運命を辿っている。最初の発想は、昼間に爆撃機の航続力にも追随して援護できる長距離多座双発戦闘機というものだった。当時、欧州でも双発多座戦闘機はブームになっていたから、日本もそれに倣ったと思われる。しかし、海軍が中島飛行機に出した要求は「到底無理だろう!」という厳しいもの。爆撃機並みの航続力と重武装、ゼロ戦並みの運動性能を備えるというもので、試作機を作ってみると運動性能はゼロ戦の足下にも遠く及ばず、目玉だったリモートコントロール式の後部銃座は重いばかりか精度もわるく、使いものにならなかった。

 13試双発陸上戦闘機(のちの月光)の命運は尽きたかと思われたが、海軍が装備していなかった長距離陸上偵察機に活路を見出した。リモコン機銃を下ろし、武装も簡略化して軽量化。速度も速くて航続距離もあり、航法偵察員や電信員、カメラなどの機材を搭載できる機体は偵察機に好都合で、2式陸上偵察機として採用された。

 これがさらに夜間戦闘機として化けるのは、勇名を馳せていたゼロ戦部隊の台南空に配備されていた2式陸偵だった。戦力回復のためにソロモンの空から内地に帰ってきた台南空は、アイデアマンの小園副長の熱意で上下斜めに配置された斜銃を装備した。当時ソロモンで悩まされていた「B-24」などの夜間爆撃に対抗させようとしたのだ。実際、並走しながら同じ箇所に命中弾を与えることができる斜銃の威力は衝撃的だった。

 半信半疑だった海軍もその威力に驚き、夜間戦闘機として正式採用して、月光の名称を与えた。やがて、対峙する米軍の戦術転換でソロモンの夜空での活動の場がなくなると、対潜哨戒などに使われていたが、戦争末期の本土防空戦では再び威力を発揮する。なかには1回の迎撃で「B-29」を5機撃墜した黒鳥/倉本ペアのような猛者もいた。

同じ11型でも、こぶを整流した月光の後期型

 ロマンチックな名前とは裏腹に、陸上戦闘機から偵察機、そして夜間戦闘機として情況に応じて活躍の場を変えてきた飛行機だった。

 月光の現存機は日本にはないが、米国の国立航空宇宙博物館に修復保管されている。

 夜間戦闘機としては、陸軍の2式複座戦闘機「屠龍」も月光と同時期に活躍した。発想は月光の前身同様だった。海軍と同じように「双発複座戦闘機は速度も速く、武装も充実。しかも航続距離も伸びて爆撃機の長距離援護も可能」という妄想に期待されて登場したのだ。こちらもスタートから苦難の道を歩み、最初の試作機は出力不足と空力特性がわるく、続くエンジンを換装した機体も空力がわるく不採用になり、この種の戦闘機の難しさを露呈した。

陸軍の2式複座戦闘機「屠龍」

 陸軍は諦めずに全面的に新設計を指示し、1942年に正式採用にこぎつけた。しかし、月光同様に当初の思惑とは異なり、単座戦闘機との高機動戦闘では勝負にならず、南方に派遣された二式複戦部隊は苦戦した。だが、対大型爆撃機や対地対艦攻撃には威力を発揮した。陸軍と海軍は仲がわるかったが月光の斜め銃に倣って、上面に斜めに置いた上向き砲(名称まで陸軍独自だった)を装備した機体も登場し、後期には20mm上向き砲を搭載した丁型も登場した。屠龍には胴体下面に対戦車砲を改良した37mm砲装備の機体があり、携行弾数は少なかったが破壊力は大きく、屠龍の特徴でもある。のちには航空機用の軽量な37mm砲も開発され、20mm上向き砲と共に、大型爆撃機に効果を上げている。

迷彩柄の屠龍。こうすると輪郭が分かりにくい。ちなみに、月光と屠龍では月光の方がひとまわり以上大きいのが特徴

 単発戦闘機に対して苦戦しつつ、いずれも対爆撃機戦闘機として活躍した「月光」と「屠龍」。8月を前に2機の夜間戦闘機を取り上げてみた。

平和にTVを眺めるトバ
私に御用? というウメ
泰然自若のサスケ。わが家の平和なにゃんこたち

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/16~17年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。