日下部保雄の悠悠閑閑

2冊の本

ボルボ・カー・ジャパンの木村隆之社長の著書「最高の顧客が集まるブランド戦略 ボルボはいかにして『無骨な外車』からプレミアムカーへ進化したのか」(幻冬舎)はとても興味深い内容だった

 ボルボ・カー・ジャパンの木村隆之社長の著書「最高の顧客が集まるブランド戦略」が幻冬舎から上梓された。とても面白かったので、事務所のみんなにも配った。輸入車のマーケティングについてシンプルな言葉で綴られていて読みやすく、またブランド戦略とは何かを知るにはとてもよい参考書だ。示唆に富むフレーズがいろいろなところに散りばめられており、木村社長がこれまで経験してきた中から抽出したエッセンスが語られている。自伝ではなくビジネス書だが、社長自らの言葉で語られているので腹落ちしやすい。

 木村社長の経歴も興味深いものだ。大学卒業後はトヨタ自動車に入社。工学部出身でありながらエンジニアの道を選ばず、商品企画などのマーケティングの分野で力量を発揮する。海外駐在時代はボク自身も大好きだった初代「ヤリス」の商品企画を成功させて、欧州COTYを獲得。その後MBA取得で米国留学をし、日本に戻ってからはレクサスの日本での立ち上げを担当することになった。

 レクサスブランドは北米では成功していたが、日本では“ジャーマン3”の壁に阻まれたプレミアムブランドに参入するのは難関だった。クルマの性能はもちろん重要だが、プレミアムブランドはサービス業だと早い段階で目標を定めて、営業スタッフのスキルアップ、顧客へのおもてなしなど、徹底した研修を通じてレクサスブランドを磨き込んだ。最初は「トヨタの兄弟車じゃないの」という目で見る向きも多かったが、次第に真摯な取り組みが評価され、レクサスの認知度は急速に上がった。初動の重要性が今につながるレクサスブランドの成功だ。

 社長になるという初期の目標を実現するため、トヨタからファーストリテイリングに転職。ファーストリテイリングでは業界で最先端を行く販売手法を学んだ。通常、自動車では1か月で進める業務改善手法「PDCA」を1週間で進めるというやり方だ。スピード感がまるで異なる。細かい販売分析も新鮮だったという。

 さらに、「社長に」と乞われて転職した日産ではインドネシアを任され、インドネシアの経済成長を見極めて日産の成長につなげている。データを基にした販売実績は見事に実を結んでいる。そして2014年、ボルボ・カー・ジャパンの社長に就任して、これまでの集大成を注ぎ込んだ。

 ボルボはプレミアムブランドかと言えばそうとも言い切れなかったが、スウェーデン鋼のような堅牢なイメージが強く持たれているという強みがあった。その実直なボルボをいかにしてプレミアムブランドに育てたかというストーリーが、この本には余すところなく書かれている。現役のインポーターの社長がかなり踏み込んだ内容にも触れているので、ここまで深堀りしてもいいのかと思ったが、それも木村社長の経営と信念に対する自信の表われだと思う。各章の終わりには同業の小沢コージさんがコメントを付けており、外から見た木村像を浮き出しているのもメリハリが効いていた。

 ボルボ車のスウェーデンらしい上質な仕上がりにも年々磨きがかかり、さらに新しいプラットフォームの投入で品質や性能が向上したことも追い風になっているが、商品がよいだけではなかなか認知されないのも事実だ。トヨタの成り立ちを見るまでもなく、技術と販売は両輪で、それを知っているからこそボルボ・カー・ジャパンの躍進があると再認識した1冊だ。この本はボルボ社内は言うに及ばず、クルマと関係ない業界でも応用が利き、読み物としても面白い。

 もう1冊は奇しくも同じトヨタ出身の高田敦史さんの「会社を50代で辞めて勝つ!」という著書だ。こちらは集英社から出版されている。高田さんは長くトヨタに在籍し、宣伝部、海外赴任、宣伝部を独立させたトヨタマーケティングジャパンの立ち上げ、レクサスグローバルブランディング部長として活躍したが、脂ののりきった55歳を前にトヨタから独立した人だ。トヨタという安定した会社を辞めたタイミングも、転職先が決まっていたというわけではない。自らのこれまでの知識、経験を活かしたフリーランスのマーケティングコンサルタントとして自立するという、意外な選択だった。これも読み進めば分かるが、決して唐突ではなく計画された選択だった。

高田敦史氏の「会社を50代で辞めて勝つ! 『終わった人』にならないための45のルール」(集英社)は決断を促すような内容で、こちらも面白かった

 サラリーマンからフリーランスとして独立するのは大変な決断がいるだろう。これまで会社がカバーしてくれたこと、会社の看板でできていたことをいったんリセットして進めなければならない。面食らうことも多かったと思う。高田さんもフリーランスとして独立するために、例えば税金のこと、事務所のこと、周囲の理解、仕事の進め方など、1つひとつ解決しなければならないことは多かったが、その時の経験と失敗が素直に書かれている。

 この本は独立しようとしている人への応援歌であり、実務書だと思う。50歳を過ぎた時点で、将来につながる人生の生きがいを見つけることは簡単なことではないが、目標を立てられれば踏ん張れると感じた。

 それにしても、奇しくもお二方ともトヨタ出身者で、トヨタ時代に学んだことを十分に活用されている。シンプルで分かりやすい2冊の本にそれが表れていると感じた。ほかのさまざまな会社でも多くの逸材がいらっしゃると思うが、今回は2冊の本を取り上げた。

 たまには本も読んでるんですよ。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/16~17年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。