日下部保雄の悠悠閑閑
首都圏外郭放水路
2019年10月28日 00:00
台風19号で被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。
今回は図らずも先日訪ねた首都圏外郭放水路を取り上げる。この施設を紹介するために設けられた「龍Q館」での資料を基にしたものだ。
“地下神殿”と言ったほうが分かりやすい世界最大級の施設は埼玉の春日部にある。この施設は東京東部の洪水を未然に防ぐための壮大な設備だ。
江戸川、利根川、荒川といった大きな川に囲まれている中川・綾瀬川流域の土地は低く水が溜まりやすい地形であり、しかも川の勾配が緩やかで流れにくいという条件が重なって、この地域では過去何度も洪水を繰り返してきた。
具体的には中川、倉松川、大落古利根川、18号水路、幸松川といった中小河川が洪水となったとき、その一部を江戸川に流すことで被害の減少を図ることが目的だ。
施設の構成は「流入施設」と「立抗」、地下河川の「トンネル」、水の勢いを弱める「調圧水槽」、地下から洪水を排水する「排水機上」「排水桶管」で構成されている。先ほどの中小河川が溢れると、それらの河川の堤防に設けられた流入施設から首都圏外郭放水路の施設に水が取り込まれる。
これらの設備は一体となって働くが、中でも大きな役割をしているのが排水機場だ。ここは地下トンネルを流れてきた水を調圧水槽から江戸川に排水する役割を担っており、コントロールルームから各流入施設の状況を集中管理して安全に制御する。つまり、この首都圏外郭放水路の要となっている。
ここに据えられた排水ポンプは1秒間に50m 3 の排水量があるポンプを4台配置し、排水能力は200m 3 /秒にもなる。具体的には25mプールの水を1秒で排水できることになる強力なものだ。
ポンプは航空機用に開発されたガスタービンをベースにして適合されたもので、1万4000馬力の出力を出す。タービンがどう使われるかと言えば、強力な風を作ってインペラを高速回転させることで水にエネルギーを与えて排水するシステムだ。
圧巻なのは“地下神殿”と呼ばれる調圧水槽だ。ここは見学できるので過去何度も紹介されているが、実際に長い階段を辿って現場に下りてみると、巨大な地下空間に何本もの柱が林立する、まさに地下神殿の様相を見ることができる。ライティングされた林立する巨大な柱は荘厳な雰囲気を漂わせる。
調圧水槽は中小河川から溢れ出てトンネルを通ってきた水の勢いを緩め、江戸川に流すのが役割だ。一旦ここに貯めてから、ポンプ運転により安定した排水を行なう。さらにポンプを緊急停止したときに逆流をコントロールする。
調圧水槽は地下22mの深さにあり、長さは177m、幅78m、高さ18mという巨大な地下空間である。この空間にある神殿を象徴する柱は奥行き7m、幅2m、高さ18mもあり、500tあるこの柱が59本も林立する眺めは厳かな気持ちになる。
この柱はもちろんモニュメントとして存在しているわけではない。理由は調圧水槽が周囲の地下水位よりも高い位置にあるため、まわりにある地下水からの揚力で調圧水槽が浮き上がらないようにするためだ。ここが浮き上がるなんてイメージできないが、治水工学ではそのような計算になるのだろう。“ふた”となる天井の上は多目的グラウンドとして活用されているほど大きい。
見てびっくり、そして理由を聞いてまたびっくりである。今さらながら科学の力を目の当たりにした思いがする。
調圧水槽に隣接した設備として「第1立抗」がある。巨大なマンホールを想像してもらえればいいだろうか。各所に広がって全部で5本ある立抗の中で、この第1立抗は各立抗から送られてきた水を調圧水槽に送り込む役割を果たしている。マンホールと言ってもスケールが違い、上からのぞき込むと脚がすくむほど深く巨大だ。
この設備は壮大な構想と長い年月をかけて2006年に完成し、以降、この流域の洪水を大幅に防ぐことができたという。
治水は国の要。日常生活の中ではなかなか想像できない洪水だが、いざという時のための構想を練り、治水工事を行なうことは重要なことだ。東京外郭放水路はその一旦を担っている。
子供のころ、狩野川台風で床上浸水したことがある。川から溢れ出た濁流は見る間に這い上がって畳を浮かせ、そこに落ちてしまった私は床下の濁流に飲まれそうになったが、親に手を引っ張ってもらってほうほうの体で2階に避難した。台風が過ぎた夜中、冷たく光る月の明かりの中、水浸しになった街を泥に長靴を取られながら歩いた光景が今も思い出される。
大自然の前に人間の力は限りがある。それでも力を尽くして被害を小さくするのが治水だろう。水は溢れると手が付けられない。
改めて被害にあった方にお見舞い申し上げます。