日下部保雄の悠悠閑閑

個性的なサソリの毒

ご先祖さまのABARTH 695 SSと。1969年に登場したモデルです

 ABARTH(アバルト)と言えば、小排気量のフィアットにハイチューンした高性能エンジンを搭載した「ジャイアントキラー」だ。山椒は小粒でピリリと辛いを地で行ったチューナーだった。

 最初に知ったABARTHは高性能エンジンの冷却のため、FIAT 500のトランクリッドを開いてロッドで固定したただ者ではないヤンチャ小僧だった。「なんだこれは!」と心躍った!

 その後のFIAT傘下でのABARTHの活動はよく知られている。多くのABARTHと名の付く名車の中でも好きだったのは「124 ABARTH RALLY」とそれに続く「131 ABARTH RALLY」だ。

 124 ABARTH RALLYはモンテカルロラリーでの姿が格好よく、131 ABARTH RALLYはフォード「エスコート」と繰り広げられた激闘が心に残る。モンテの124 ABARTHはカメラマンの佐久間健くんが撮った逸品がしばらく仕事部屋を飾っていた。ABARTHに心惹かれるボクら世代は多いと思う。

131 ABARTH RALLY、1980年のモンテカルロ、FIATフランスからエントリーしたアンドリュー/ビッシェの131です

 そんな古い名車たちに乗ることはできないが、現在、日本で販売されているABARTHのすべてに乗ることができるとなれば、それは素晴らしいチャンスだ。用意されたのはABARTH 124 SPYDERと500をベースにしたABARTH 595シリーズで、まず久々にABARTH 124 SPYDERに乗った。ご存知のように、NDロードスターをベースとしてABARTH流にアレンジした2シーター。しかし「アレ!」と思うほどNDと違うスポーツカーに仕上がっており改めて見直した。

アバルト124スパイダー

 ABARTHの代名詞だったマフラーはバリバリと勇ましい音を上げ、4本出しのエキゾーストパイプは象徴だ。ハンドリングもロールさせながらヒラリヒラリを走るNDとは趣を変え、ハンドル操作に対するゲインが高く、リアはその分、踏ん張らせた感じで、伸び側を締め上げたショックアブソーバーのダイレクト感が好ましい。ABARTHらしい味に仕上がっていた。

 ボディも1.4リッターのターボエンジンのトルクに合わせてブレースが入って一体感が高い。そのエンジンは普段は少しモッサリしているが、シフトを繰り返しながら走らせると面白い。また、SPORTモードにすると例のバリバリ音と共にがぜん元気になる。メリハリが効いているのだ。NDとは全くキャラクターが異なり、別のクルマであることを再認識した。

 残念ながらABARTH 124 SPYDERはすでに生産を終了して、販売が終了するまであとわずかになってしまった。今のうちである。

 楽しかったABARTH 124 SPYDERの次にはチンクエチェントをABARTH流にチューニングしたABARTH 595シリーズに乗せてもらった。

ABARTH 595 コンペティツィオーネ。優しくないけどサソリの毒にやられそうです

 ABARTH 595 コンペティツィオーネはシリーズの中でもっともハイパフォーマンスで、5速MTのクラッチも180PS/230Nm(SPORTモードでは250Nm)に合わせて重い。FFのハイパワーモデル、しかもショートホイールベースとあって、サスペンションはガッチリと固められて、路面からの突上げもゴツゴツくるが軽薄に跳ねる感じではない。

コンペティツィオーネの大径ブレーキ

 ちょっとヒップポイントが高い独特のドラポジを取るとハンドルを上からねじ伏せるようなスタイルになり、「いっちょやったるぜ!」といった雰囲気になる。これもABARTHマジックだろうか。

 コーナーではロールも少なく、ハンドル操舵に反応して水平にスイと動く感じ。正直、ドライバーには少しも優しくない。操舵力も重めでうまくコーナーに合わせて、LSDが効くタイミングでアクセルを踏むとスイと曲がっていく。

 ABARTHに試されているようなのが595 コンペティツィーオネだった。

サソリの心臓

 一方、ABARTHの方から手を差し伸べてくれるようなモデルがPistaだ。エンジンは同じだが出力は165PS/210Nm(SPORTモードでは230Nm)と少し穏やかになり、同じく5速MTでもクラッチ踏力は軽く、サスペンションもソフトに設定されている。乗り心地も程よい硬さで、凹凸も滑らかにこなす。山道では適度にロールし、グリップを感じて走らせることができた。

Pistaは優しいサソリでした

 エンジン特性はワイドなトルクバンドに支えられて、ある程度回転が上がっていればグイグイと走る。試乗車はCだったのでキャンバストップはリアウィンドウの位置までオープンになって気持ちよかった。

オープンにすると真後ろが見えなくなるけど気持ちいい!

 ツーリズモはABARTH 595の中でもロングツーリングをイメージしたモデル。試乗車はシングルクラッチの2ペダルで、これがなかなかこなれており乗りやすく、変速ショックもあまり感じない。ダラ~と走りたい時はATモードで、ABARTHの本領を発揮するにはマニュアルモードにする。SPORTモードならさらによい。パドルシフトを使いシフトアップ/ダウンを繰り返しながら走ると、これがなかなか面白い。この場合パドルで変速しない限りギヤはホールドされるので、マニュアルドライブを満喫できる。

 ABARTH 595は心憎いバリエーションを用意しており、スペック、内外装もイタリア車ならではのアレンジで、イタ車ファンでなくても心惹かれるものがある。

 サソリの毒は怖いぞ。

我が家に居候していたウメ。実家に帰ってホッとしているところです

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。