日下部保雄の悠悠閑閑

フィット ワークショップ

巨大神殿のように見えた荘厳な風洞。扇風機を前から見たところです

 久しぶりに訪れた宇都宮の本田技術研究所は、宇都宮東口からものづくりセンター前までトラムが開通する予定で、その工事が盛んに行なわれていた。

 この日はフィットの1日勉強会だ。

 まずホンダのハイブリッドについて。e:HEVは、i-MMDと呼ばれアコードなどに使われていたタイプの進化版だ。1モーターから2モーターになって、シリーズハイブリッドに近いがエンジン直結走行にもなる。

 e:HEVはシステム整理され、エンジンは1.5リッターと2.0リッター。バッテリーのセルは48セル、その上のクラスでは60セル、さらに上のクラスでは72セルの3種類が用意される。

 フィットの場合は1.5リッター+48セルの組み合わせで、アコードでは2.0リッター+72セルとなる。

 モーターはBセグのフィットに合わせたコンパクトな専用モーターで、その幅はインサイトより12%薄く作られており、フィットの小さなエンジンルームにも収まる。ステーターの巻線に薄い高圧縮ポリイミド被膜を用いて導体面積をアップして電流が多く流れるなど、ホンダのノウハウが詰め込まれている。

 フィットの特徴の1つであるパノラマ視界を開発するために、VRを使った視界の検証が行なわれた。Aピラーをフロントウィンドウのサポートピラーとして細くし、A’ピラーが衝突エネルギーを吸収する役割を担っている。

 視界は先代フィットでは69度だったものが新型では90度まで広がっており、その違いを暗室のVRで経験することができた。普段目にすることができないので興味深い。

VRシステム。VRゴーグルをかけないと二重の画像になりますが、かなりリアルに見ることができます

 ハンドルのないシートに座りVRゴーグルをつけると、目の前にコーナーや交差点が現れる。従来型フィットとの比較で斜め前から来る対向車がAピラーに隠れる角度や、交差点での右折で右から道路を横断してくる人の見え方を確認できる。

 開放的な室内はこのパノラマピラーの効果でもある。また、ワイパーがウィンドウラインの下に隠れるのでダッシュボード上側がフラットに見えることで車両感覚を掴みやすく、高速道路の直線でも視線移動が少なくなる。

 新型との切り替えはオペレーターのスイッチ1つで出来るので、ズーッと見ているとクルマ酔いしそうだが、視野について即座に検証できるので開発時間の短縮に多いに役立つに違いない。

 そして風洞。ホンダが持つ風洞は3か所あり、その中で2020年稼働となった最新の風洞を見せてもらった。1991年に完成した最初の風洞は現在では風切り音などに使い、2009年に「さくら」に完成したムービングベルト式風洞はレース車両にも対応している。

 今回の風洞は5ベルト式ムービングベルト+ターンテーブルを持つ最新設備の風洞で、現在の厳しくなる燃費規制、燃費計測方法WLTPへの世界統一基準の動きの中でのデビューだ。新設風洞の活躍の場は多い。世界的に風洞の重要性は高まっていて建設ラッシュという。

エキゾーストパイプから排出ガスを外に出すことで、より現実に近い動態試験ができます

 風洞構造は温度管理のため二重構造になっており、風洞全体で一定の温度にコントロールされている。そういえば初期の風洞は回しているうちに暑くなって、大変だったと聞いたことがある。

 これだけではなく、風洞に設置したままジャッキアップできることも大きい。意外と単純なことのようだが、車両を風洞に固定するとその後移動させるのは面倒な作業となる。例えばアンダーフロアのパネルを交換するとなるとおおごとだ。新風洞ではあらかじめ実車のジャッキポイントに金具を取り付けておくと、その金具にに向けて自動的に床からポールが出て、簡単にクルマをジャッキアップすることができる。これだけでも大幅に作業効率が向上する。

あらかじめ、アタッチメントをクルマのジャッキポイントに付けることで機械が自動的に計測してジャッキアップでき、作業効率が飛躍的に向上します

 ご存知のようにフロア下を流れる風は重要だ。短時間で多くのデータが取れることは開発時間の大幅な短縮となる。

 そのムービングベルトがある実験室から地下深くの巨大な神殿のような部屋に降りる。奥には直径9mの大きな扇風機が見えた。その瞬間、この神殿に入った全員が息を飲んだ。それほど厳かだったのだ。

 しばらく見入っていると研究所の人に促されてさらに奥に進む。羽の間を通って送風機の裏側まで入ることができたのだ。巨大な建造物を前にちょっと哲学的な想いがよぎったが、凡人にはそれも一瞬。すぐにこれを動かす電気代はいくらなんだろうと、考えがよぎった。

扇風機の羽の裏側。右手から風が循環していきます

 想いは同じだったらしく誰かが質問をした。どうやらとんでもない電気が必要で、稼働させるには管理部門の許可がいるとのことだった。

 この風洞が出せる相対速度は227km/hだったと聞いたような気がするが、とにかくアウトバーンでも通用するクルマの空力が開発できるわけだ。

風に向かって固定されたフィット

 現実に戻って、息をハアハアさせながら実験室のコントロールルームに入って実際に風を回してもらう。まるで宇宙ロケットのコンロールセンターのようでちょっとワクワクだが、実際の計測は粛々と行なわれ、あっという間に超高速までの空力特性が計測できてしまった。

コントロールルームはJAXAの管制センターみたいだった

 ほかにもシャシーやボディ、安全についてのワークショップもあり、1日かけてのワークショップは忙しかったが、得難い時間でよい経験をさせてもらった。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。