日下部保雄の悠悠閑閑

初詣

奥沢神社。右は御神楽殿です。善男善女が参列している先に大蛇が祀られているはずが、いませんでした

 2022年になっても恒例の年末、お正月という感じがしない。カレンダー的には土日が1日~2日になっていたので物足りない気がしているのかもしれないが、それでも毎年もう少し年末年始らしい過ごし方をしていたと思う。大掃除だって覚悟を持ってやっていたはずだが、だらだらと始めたので年内に終わるわけもなく、年を明けても大掃除(らしきもの)は続いた。

 それでも初詣には近所の神社2社と小さなお稲荷さんを詣でた。

 氏神様は奥沢神社で、少し早めに参拝したせいか例年よりも人が少ない。お正月らしく着飾っている人もあまりいない。当方も普段着みたいなものだが、長引くコロナ禍で沈んだ空気は簡単には戻らないのだろう。

 その奥沢神社についてはこのコラムでも触れたが、江戸時代中期に疫病が流行した際に奥沢の大御神のお告げによって大蛇を作り練り歩いたところ、疫病が治まったという言い伝えがある。その大蛇を祀ったのが奥沢神社だ。コロナ前までは9月の大祭前に藁で作った大蛇が奉納され、祭りではその大蛇を担いで氏子が練り歩いたが、不思議と雨になる確率が高い。水のイメージが強い大蛇の霊験あらたかな力なのか。

大蛇の土偶、厄除けの大蛇。大蛇と聞くと恐ろしいけど、のどかなお顔で味があります

 奥沢神社は疫病にご利益のある神様だ。幸いコロナにも感染せず風邪もひかなかったのもそのご利益に違いない。そのお礼と早くコロナが終息しますようにとお願いしてきた。

 さて藁で作られた大蛇はいつも鳥居に巻き付けられ、社の中にも鎮座していたのだが、その大蛇を見なくなって久しい。顔の部分を作れるのは1人だけと聞いていたが、やはり胴体も含めて多くの人の手で作られるはずで、コロナで集まって作業をすることができなくなったのかもしれない。伝統的な行事もコロナの影響で支障が出ている。

 参拝の善男善女の列に並んでいると大木の傍らで御神楽が響き、少しは正月らしい気分になった。

5人の奏者が御神楽を奏でています。どこも人手不足で奏者を募集してました。僕は長い間の正座は腰が痛くなるので遠慮しておきます。どなたかやってみます?

 その足で自由が丘にある熊野神社にも初詣に行った。地元では秋のお祭りで神楽殿での目黒ばやしも有名なようだ。熊野神社にはいつからお詣りしたのか忘れてしまったが、毎年会社の木札をいただくのでずいぶん経過する。

 熊野神社の始まりは江戸時代、那智熊野神社をワンダーランドに見立てて熊野詣でが盛んだったのが当たり前の頃、自由が丘(この時代は谷畑と呼ばれて隣の緑が丘の一部だったらしい)の住人が本宮から分霊され、持ち帰って祀られたのが最初という。

 毎年夏のお祭りでは広い境内に所狭しと屋台が並び賑わっている。人混みは苦手だが、お祭りで食べる串焼きやお酒は嫌いではない。しかしコロナでしばらく屋台は開かれていない。いつになったら夏祭りは再開できるようになるのだろう。

 最後は帰り際にちょこんと祀られているお稲荷さん。おもちゃみたいな社の扉はいつもは閉じられているが1日には開いてお稲荷さん達にみかんがお供えしてあった。お賽銭が無造作に置かれているところもコジンマリとしたお稲荷さんらしくホッとする。

 参拝の列に並んでツラツラ思ったことは、東京全体の緑は神社や寺の面積だけでも広大なものになると聞いたことがある。緑がある街はやはり心安らぐ。公園も少なく、空き地に至っては死語になった東京の大切な緑の空間をいつまでも残してほしい。

伸びやかに立っている木立の先に熊野神社があります。東京の貴重な緑の空間がずっと続くといいですね
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。