日下部保雄の悠悠閑閑

ホンダ寄居工場

剣道道場のような気合が響き渡る溶接工程。時折火花が散るなど劇画のような気合が入った工程です

 今年はシビック誕生50周年、さまざまなメディア向けイベントを開催しており、その一環としてホンダ最新鋭の寄居工場の一部を見学してきた。

 寄居工場は埼玉県大里郡寄居町の丘陵地帯にあり、丘をゆるゆると登っていくと95万m 2 の敷地にのびのびと広がっている。ここではシビックを生産するだけでなくHonda e、フリード、CR-Vなども同じラインで流れている。と言っても個別に流れてくるのではなく、何台かまとめて流れてくるロット生産方式だ。

 生産する車両が変わるとロボットアームの先の生産治具も変わるが、この治具がクリスマスツリーのようにぶら下がり、ラインの脇にスタンバってロボット自身の手によって変更が行なわれる。このツリーから治具を取り出す様子が見たかったが1日に数回しかないということなので断念。

 工場見学の最初に戻るとまず見学したのは溶接ライン。工場のドアを開けて入るとまるで剣道場の喧騒のような騒ぎだ。キエ~! という気合が聞こえたり、竹刀で撃ち合う音が響いたり、そりゃもう何人もの剣士が道場いっぱいを使って試合をしているような騒ぎだ。

 ところが工場内に人はほとんどいない。すごいスピードで動き回っているのは溶接ロボットやだんだん形になっていくクルマばかり。素晴らしい仕事ぶりで動き回っている。時折溶接の火花が派手に打ちあがり、活気のある現場で思わず見とれてしまう。1台、1台のマシンがそれぞれ気合をかけながら試合に臨んでいるようだ。剣道場を連想したのは当たらずといえども遠からずか。

 それに比べると、スタンピングと呼ばれるプレス過程は想像よりはるかに静かだった。昔見学した他社のプレス工程はすぐ近くで見たこともあり、やかましいことこの上なかった。そりゃそうだ、フェンダーのような大きな部品を何tもある巨大なプレス機で打ち抜くのだから静かなわけはない。もうずいぶん前の話で作業員も多数いた記憶がある。今では安全性の問題もあり作業員は機械のそばにはいないし、大型のプレス機でも静かだった。後刻聞いたら「いや、部署によっては相変わらず騒音は激しいですよ」との答えだったので、もしかしたら他では騒がしいのかもしれない。溶接工程とは違って、ここはドン、ドン、ドンとお祭り前の予行演習のようだった。

 タイプRのサイドパネルを打ち抜く過程では、深絞りのリアフェンダーで割れなどが出ないか、事前のトライアルではシビアな検証が必要だったという。抜き打ち検査では何枚かを抜き出して、スペシャリストがオイルサンドで凹凸を丁寧にチェックしている。どこに待機していたんだろうという5~6人ほどで素早い作業を行なう。

サイドパネルの抜き打ち検査。オイルサンドで丁寧にチェック
完成したフェンダー、深い……

 ホイールアーチのヘリを折り曲げて大きなタイヤも干渉しないようにするきめ細かい加工も生産技術の向上で行なえるようになった。

 実はシビック タイプRはこのような量産車の工程で作れるのがすごいところだ。特別なラインでなくとも生産ラインで流せるようにすることでコストを下げ、かなり特殊の加工も行なえる。

 それでもどうしてもタイプRならではの部分は専用工程が必要になる。例えばフロントサスペンションアッシーはタイプRならではの組み立てが必要で、通常の生産ラインに乗せようとすると他の工程を阻害することになり、この部分を抜き出して専用工程で作った方が効率がよい。見ていると7分のタスクタイムでブレンボキャリパーや大型のローターはもちろん、見る間にドライブシャフトを含めたフロントサスのアッセンブリーができあがる。これによってタイプRのジオメトリーが成立しているという。このスペシャリストは2交代で基本4名、合わせて10名ほどが待機しており、組み付けの特殊技能を持っている。見ていて気持ちいい手際のよさだ。

フロントサスアッシーを組むスペシャリスト。きっちり7分で作業を終えます。お見事
完成して組み付けを待つタイプRのブレーキとサスペンションアッシー

 このように特殊工程を経て作り上げられたタイプRは完成車検査を受けたあと、全車両テストコースで事前のデータに基づいた操作方法で実車テストが行なわれる。

 手のかかったものを効率よくコストを抑えて作る。ホンダらしく、シビックらしいスポーツカーだ。

 従来のタイプRは限定モデルだったが、最新のタイプRはカタログモデルで、受注できれば時間がかかるかもしれないが、手に入るスーパーモデルがリーズナブルな価格で手に入る。

 タイプR、試乗する機会もありそうでちょっと楽しみ。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。