日下部保雄の悠悠閑閑

さくらトラムに乗った

鬼子母神参道。“キシボジン”だと思っていたら“キシモジン”と表記してあるところもありました。参道の入り口のアーチです

 ゴールデンウィーク、皆さんユックリできましたか? 天気に恵まれた日に東京で最後に残った都電「都営荒川線」、通称「さくらトラム」に乗りに行った。都電に乗るなんて何年ぶりだろう。このところ潮干狩りに続いて懐かしいイベントが続いています。

 子供の頃の東京には都電が至るところに走っており、おかげで東京の空は架線だらけになっていた。自動車が増えると道路の真ん中を走る都電は自動車と相容れなくなり、次第に姿を消してしまったが、確かに都電のレールは石畳にあり、当時のトラックベースの国産車では子供心にもひどい乗り心地だったし、バイアスタイヤはレールに乗るとクルクルとよく滑った。雨が降ると事故が多かったのは当然だ。

 まだ自衛隊の戦車がキャタピラのまま都内を自在に移動していた時代で、真昼間、神田橋の交差点をドリフトしながら何台も右折していったのは強烈な印象だった。今考えると米軍払い下げのM4だったと思う。

 で、さくらトラム。「乗りに行く!」という覚悟がないと乗るチャンスは訪れない。計画性ゼロで早稲田から三ノ輪橋まで全線乗ることが目的と言えば目的。どうやって乗るんだろうから始まって、調べるとわが家からだと副都心線で雑司ヶ谷まで行くと都営荒川線(さくらトラム)の鬼子母神前はすぐ近く。そこで、行ったことない鬼子母神に初参拝することにした。

 GWでもケヤキ並木の参道は静かで、お店も閉まっているところが多くていささか拍子抜け。鬼子母神とは怖い名前だが、安土桃山時代から雑司ヶ谷の地にあると言われ、安産、子育ての神として信仰を集めてきた。鬼子母神堂は大きなイチョウの木に守られるようなたたずまい。珍しいのは境内にお団子屋さんと駄菓子屋さんがあることだ。今は1軒だけだが、昔は多くの団子屋が並び、参拝者の楽しみだったとか。その1軒も今では時間が限られる。運よく買えた数量限定のお団子をお土産に、鬼子母神前からいよいよさくらトラムに乗車。車内で乗り降り自由の1日券を買う。400円とお得だ。連休とあってか車内はなかなか混んでいた。

境内に1軒だけある団子屋さん。境内にあるだけでも珍しい。「おせんだんご」という名前も歴史を感じさせます。時間限定、本数限定です
鬼子母神堂の境内にあるお稲荷様。お参りしたくなって鳥居の中に入ってみました。おろそかにしちゃいけない気がします

 さくらトラムは昔の都電のように道路を走る部分は少なく、列車と同じく専用レーンを走っている、それもあってか廃線の憂き目に遭わず、人々の手軽で便利な交通手段として親しまれているようだ。1両のみの運行だが、かなり頻繁に来るので、駅での待ち時間は少なかった。

 次は巣鴨のとげぬき地蔵にと思い立って巣鴨新田で降りた。名前が巣鴨だからいいだろうとの理由だけである。Google マップを頼りに20分ほど歩くといきなり白山通りにでて、多くの人でにぎわっている。外国人も多いとげぬき地蔵商店街である。幅の広い通りの左右には衣料品、食事処、雑貨など多くの店が立ち並ぶ。縁日には多くの露店が並ぶらしい。にぎやかで活気に満ちたさまが目に浮かぶようだ。

 とげぬき地蔵尊にお参りしてから商店街をさくらトラムの庚申塚駅まで歩く。ちょっと疲れたが甘味どころはどこもいっぱい。王子に行けば何かあるだろうと、すぐに王子駅で下車。オキツネさんには会えなかったけどね。1日券は有効に使ってます。

 王子あたりでは明治通りに入り自動車との混走になった。都電の隣にクルマが走る。郷愁を感じさせる光景だ。今では当たり前になったラジアルタイヤのおかげで、レールでのスリップ事故はほとんど聞かない。この頃になると渋滞もあり、すぐ後ろで次のトラムが待っている。

王子駅付近の荒川線は自動車との混走になります。昔はこれが普通だったけど。荒川線はいろいろな年代のカラーリングで工夫されてます

 さて甘いケーキとコーヒーで元気になったところで、王子駅前からさくらトラムの旅は続く。終点の三ノ輪橋まで直行。都電は停留所の間隔が短く、荒川車庫では多彩なカラーの都電を眺め、停留所のそばにある荒川遊園では親子連れが楽しそうに降りていった。いってらしゃ~い。

 三ノ輪橋停留所は高度成長期の昭和をイメージして時間を感じさせる作り込みがされており、「元気ハツラツ! オロナミンC」なんてホーロー引きの看板もある。今ならレッドブルだけど。日本は先を行ってましたね~。

 また、停留所周辺の線路脇には地元の人達の手によって素晴らしく行き届いたバラが植えられており、都電とよく似合っている。ほのぼのとした雰囲気に包まれる。

三ノ輪橋停留所。レトロな昭和を存分に感じさせます。手入れの行き届いたバラがとても美しい

 三ノ輪商店街は左右に鮮魚店や雑貨などが並び、なかには通路まで商品を並べている店もあって下町情緒にあふれる。ただGWのせいなのかシャッターを下ろしている店が多くてちょっと寂しい。

三ノ輪商店街の過ぎたところにちょこんと祭られていた弁天様。大正時代に創業された「元弁天湯」の脱衣場中庭に置かれて親しまれていた弁天様だそうです。何だか親しみやすくて、地域の人に大事にされてきたのがよく分かります

 帰りは三ノ輪駅から早稲田まで全線に乗る。待望の約55分である。荒川遊園からの乗客も多く、都電は超満員。こちらは始発からだったので座っていたが、移り行く景色を眺めるのも申し訳ないぐらいの混雑だ。

 早稲田に着く頃にはうっすらと日が暮れかかり、その中の面影橋付近は絵のように美しかった。

 沿線はもっと楽しめるところがたくさんあるはずだが、初荒川線のファーストインプレッションは好印象でした。今度はもっとプランを練って行こう。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。