日下部保雄の悠悠閑閑
M.C.S.C.ハイランドラリーに行ってきた
2023年10月23日 00:00
日本で一番長く続いているラリーがM.C.S.C.ラリーハイランドマスターズ。今年50周年を迎える。正確に言えば2回キャンセルになっているので52年だそうだ。M.C.S.C.とは松本カースポーツクラブの略で長野県松本市のラリーチームがベースだ。
M.C.S.C.を主宰していたのは故平林武さん。過酷で知られた日本アルペンラリーで異なるメーカー、違うナビゲーターで3連覇を遂げた偉人でもある。そのヒラサンがアルペンの醍醐味を2日間に短縮したのがハイランドマスターズだ。当初は乗鞍岳も激戦の舞台になった。
ヒラサンにはとてもお世話になり、東京から松本には度々遊びに出かけた。もちろんクルマでだ。まだ中央高速が高崎までしかなかったころの話で、とことこ下道を走り峠を越えてほぼ1日がかりの松本詣でだったが少しも苦にならなかったどころかおしゃべりなナビ、田口(当時コ・ドライバーを務めてくれた故田口次郎氏)との会話は実に楽しかった。
ハイランドマスターズにはダイハツの1.0リッターカー、シャレードで参加したことがほとんどだと思う。
M.C.S.C.で印象深いのは川渡り。この川を越えるとフィニッシュが近かった設定が多かった。ヒラサンは川が干上がりそうになるとせき止めて深い川にしたという伝説がある。たぶん本当だ。いつも結構深くて、注意しないとスタックしてしまう。川に入るときは遅すぎず、早すぎず、エンジンを止めないように高回転を保ちながら向こう岸にたどり着くと、何だか達成感があった。
川渡りに慣れていないドライバーは勢いよく飛び込んで電気系が水をかぶって止まってしまうのだ。当時はダイレクトイグニッションではなくディストリビューターから点火プラグに電気を送っていた時代で、デスビにゴム手袋をかぶせるなどの工夫を凝らしていた。
現在のハイランドマスターズは起点を飛騨高山に置きオールターマックのラリーに変身した。昔のグラベルや川渡りの面影はないが全日本の最終戦らしい戦いの舞台が整えられ、ギャラリーステージはスキー場のアルコピアに置かれる。ここだけわずかにグラベルで各車ターマックタイヤで数百mのダートラに挑む。
自分はというとM.C.S.C.の冠スポンサーとなったカヤバのお手伝いでギャラリー向けにコーヒーを入れたり、子供が飽きないように缶バッヂなどのキッズエリアを作ったりとなかなか忙しい。もっとも忙しいのはカヤバの女性陣でこちらは邪魔しないようにあまり動かないようにしていただけ。
土曜日はドライ、日曜日はウェットと変化に富んだターマックラリーだったが、KYB号はJN2クラスでADVANの奴田原選手に続いてクラス2位と上出来の結果で全行程を終えてめでたしめでたし。
往復の足はヴェルファイアのZ Premier。FFの2.4リッターターボというミドルモデルだ。予想外だったのは大きなセカンドシート。ことアルヴェルに至っては家族のミニバンと言うよりも大きなリムジンの要素が強い。ほとんど折りたたんだサードシートもクッションストロークの大きな立派なシートで、言ってみれば荷物の収納よりも人優先の乗り物だ。Lクラスミニバンの使命は変わったことを改めて実感した。
乗り心地は郊外の荒れた路面だと少しバタつくが、持病だったフロア振動は影を潜め、高い重心高にもかかわらず安定性は高い。
そして2.4リッターターボは元気のよさが音に出ている。ハイブリッドとは違ったガソリンエンジンらしい音でここだけ異質の世界だ。トルクもあってたとえフル乗車でもパワー不足は感じないで済みそうだ。
操作系はステアリングスポークの左右の十字スイッチで動かすが、表示がないので最初にマニュアルを読んでおけばよかったと後悔した。ガラケー世代にとってはなかなかハードルが高かった。
往復は昔のように運転は1人。でも少しも疲れることはなかったのはさすがアルヴェルだった。そしてこのクルマで乗り入れると皆興味津々。注目度は高かった。残念だったのは特等席のセカンドシートに乗れなかったことだ。ま、いろいろ面白かったからいいか。