日下部保雄の悠悠閑閑

ヌービル選手とHyundai i20 N Rally1 Hybrid

ピットで出番を待つHyundai i20 N Rally1 Hybrid。長さは4100mmと短いけど幅は1875mmと広いのが特徴。乾燥重量1260kgとフォーマット通り

 ラリージャパン2023も終了し、TGRが昨年の雪辱を果たして1-2-3-5という圧勝を飾った。序盤で足をすくわれた勝田貴元選手の怒涛の追い上げで5位をもぎ取ったのはすでにご存知の通り。TGR WRTの活躍は多くのメディアで取り上げられているのでそちらに譲るとして、昨年の覇者、ヒョンデ・シェル・モビスWRTを取材した。ヒョンデはエースのヌービル選手が雨の路面でコースアウト、ソルド選手も勝田選手がスピンアウトしたポイントでコースアウトし、序盤で脱落したのでラッピ選手だけになってしまったが、4位でフィニッシュした。

 ラリーウィークの木曜日、ヒョンデ・チームは今年からWRTを率いるシリル・アビテブール監督とティエリー・ヌービル選手にインタビューした。アビテブール監督は初めてのラリージャパンだが、ルノーF1を率いるなど長年世界のモータースポーツを知る経験が深いプリンシパルだ。最初から難関のモンテカルロだったので大きなインパクトがあったという。「ラリージャパンの特徴はアベレージが低く、天候が変わりやすいこと。でも日本のオーディエンスはF1でもWRCでも非常に素晴らしい、そして来年はタナック選手が加わることでヌービル選手のパフォーマンスもさらに上がると思う。またさらにコンセプトを変えたラリー1を開発している」と話してくれた。

 一方の昨年の優勝者、ヌービル選手は「コースの特徴は落ち葉が昨年以上に多く、ダーティな路面を走るので1日目は不利になるが2、3日目はだいぶ楽になる。日本のコースはテクニカルで難しい。ペースノートも分厚くなり、200mで1ページ使ってしまうほどだ。でもテクニカルなコースは好きで、特にSS9はテクニカルで好きなSSの1つだ。ハイブリッドシステムはウェットの1日目では使うチャンスは少ないだろう」とのコメントだった。

 残念ながらヌービル選手はSS9前に滑りやすい路面でコースアウトしてリタイアになったが、ラリーが終了した翌々日、そのヌービル選手のHyundai i20 N Rally1 Hybridによる同乗走行のチャンスを得た。タイムスケジュールが押してテクニカルなスパ西浦をピットアウト-インという短いが、夢のような時間だった。

 直前までリフトアップされ駆動系などのチェックをした後、いよいよピットロードに引き出された。

フロントサスペンションは強いキャンバー角がついており、リアは反対となっている

 コ・ドライバーズシートに潜り込み、スタッフにフルハーネスを締めてもらった。ここからはフルバケットに沈み込んだドライバーの表情は見えない。ドライバー側には下にディスプレイがあって、いろんな数字が表示されているものの何を意味しているのかは全く分からない。反対にコ・ドライバー側は殺風景で何もない。本番車ではここにディスプレイが付くはずだがネットが張られているだけ。ご存知のようにRally1は頑丈なパイプで組まれた車体に生産車のドアとガラスを取り付けた専用車で、昔のラリー車とだいぶ景色が違うのが新鮮だ。

コクピット。パイプフレームのRally1の仕事場。右の赤いのがリアブレーキレバー、左はシーケンシャルシフトの5速
同乗走行前、何やらエンジニアと打ち合わせをしているところ。何を話してるんだろう?

 直噴4気筒ターボは少し湿った音でアイドリングしていたが、コースインの合図とともにピットロードをユックリ走りだした。しばらくはブレーキを確認するかのように減速を繰り返していたが、タイヤの特性なのか1コーナーからはすぐにアクセルを深く踏み込みだし速い速度で1コーナーに入る。ここは曲がり込んだ下りコーナーでアクセルを早く開けたくなるがアンダーも出やすいコーナーでもある。

 すでにHyundai i20 N Rally1 Hybridはかなりの速度に到達している。シフトレバーで2回減速して全く無駄のないコーナリングラインを取る。車体は高いグリップで素晴らしく自然なライントレース性を発揮し、さらにぐいぐいと加速する。強い下りの左トンネルコーナーもレールのように正確にクリップを捕まえて駆け抜けて、次の右コーナーと左コーナーに向けてグンと速度が乗る。加速Gはそれほどではなく、いつの間にか次にコーナーが迫っているという感覚だ。強めのブレーキとシフトダウンで同時にハンドル操作を行なっているようだ。

ティエリー・ヌービルさん。写真で見るのはいつも本番でのもので繊細さと強靭さが表情に出ていることが多いが、終始穏やかでリラックスしていたのが印象的

 ヌービル選手のドライビングは丁寧で最小限のハンドル操作で済ます。結果コ・ドライバーズシートではバケットシートに身をゆだねるだけで足を突っ張る必要はなく、妙な緊張は全くない。一分の隙もないWRCのトップドライバーのドライビングはHyundai i20 N Rally1 Hybridと一体になってコースを縦横に走り回る。熟成されたHyundai i20 N Rally1 Hybridは手足のように動く。

 前輪に荷重をかけるセオリー通りの走りで巧みに姿勢を変える。このコースでは3速主体で2速と4速との間を行ったり来たりで、レスポンスがよく全域トルクのようなエンジンと巧みな駆動力配分の組み合わせはこれ以上ないドライバーズカーだと思った。

 緩い右ターンではWRCカーらしく鋭い加速でシート左側に押さえられる。シフトアップもすべてレバーで行ない、瞬く間に4速で伸びていく。かなり高い速度になっているがロール姿勢以外は妙な乱れは全くない。

 その直後の小さな右ヘアピンでは2速まで瞬く間にシフトダウンし、減速の最後で右にハンドルを切ってパーシャルでターンインの最後でアクセルを踏み込む。するとアンダーステアのかけらもなく強い加速で3速に入る。

 続く左ヘアピンではラリーカーらしい挙動を見せた。3速では速いヘアピンだったがアンダーが出るとすかさず2速に入れ、たぶんブレーキも使っていたと思うが、テールアウトにしてラインを元に戻してしまった。かなりスライドしたと思うが、その間、ハンドル操作はほとんどしていなかった。

 これがきっかけでスイッチが入ったのか、正確無比のドライビングは変わらず、アクセルの踏み込み量が多くなった気がする。ピットロード入り口まで高い速度で進入し(かなり狭くて鋭角的になっている)、強いブレーキを踏みシフトダウンすると狭いピットロードもコースと同じように駆け抜けてしまった。さすがにハンドル操作量は多くなったが、Hyundai i20 N Rally1 Hybridはヌービル選手の手足のように動く。これぐらい意のままにならないとWRCで戦えないのだろうと強く感じた。

 アッと言う間だったが、WRCのエースドライバーとラリーカーの実力を垣間見ることができた夢のような時間だった。

 アビテブール監督のコメント通りなら来年はGRヤリスRally1と戦うためにさらに進化を遂げたHYUNDAIのRally1を見ることになる。どうやらヌービル選手にシーズンオフはなさそうだ。

コ・ドラからだとこんなふうにしか見えません。殺風景。「ちゃんと前見てろよ」、ということかな?
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。