日下部保雄の悠悠閑閑

ブリヂストンが挑戦するサステナブル

ブリヂストンの開発拠点。イノベーションセンター。ギャラリーは面白いものが盛りだくさんで、学校の見学会もよく行なわれている。機会があればぜひ一度。予約が必要だと思います

 小平市にある世界最大のタイヤメーカー、ブリヂストンのBridgestone Innovation Parkでサステナブルを目指すブリヂストンタイヤの現在地を知る貴重な交流会が開かれた。

 ギュッと詰まったプレゼンはブリヂストンの商品設計基盤技術「ENLITEN(エンライトン)」とモノづくり基盤技術「BCMA(Bridgestone Commonality Modularity Architecture)」の関係に始まり、使用済みタイヤのリサイクル、人間の指のように動くソフトロボティクス、そしてエアフリータイヤの解説と盛りだくさんだがてきぱきと進んだ。その間に普段は入れない技術展示のラボも見学する機会も設けられており、短いながらも充実した時間だった。

マンホールもBSマークとタイヤパターン。さすがです!

 ブリヂストンは8つのコミットメント、EconomyやEcology、Efficiency、Empowerment、Energy、Extension、Emotion、Easeを掲げてサステナブルを進めているが、今回はテーマに沿ってタイヤ開発の将来の説明から始まった。

 まず「ENLITEN」はタイヤの快適性やドライ/ウェットグリップなど多様な性能を向上させる技術基盤。現在のベーシックタイヤはひと昔前のスポーツタイヤぐらいの性能を持つが、考えてみればたゆみない技術の積み重ねが性能の輪を広げている。その輪を大きくしていく技術「ENLITEN」は「暗がりに灯を」という意味があるという。

 一方の「BCMA」はトレッド、ベルト、カーカスなどをモジュール化し、その組み合わせで「ENLITEN」で要求された性能を出すモノづくりの技術。素早く的確に、かつコストダウンして性能を達成する。

「ENLITEN」×「BCMA」で完成したいわゆるジェネレーション1のタイヤはもうすぐデビューする。どんなタイヤなんだろう? 楽しみだ。

 さて、作られたタイヤは最終的には処理しなければならない。回収サイクルが早くから発達した日本では63%が分解して工業用の燃料として使われ、マテリアルとしても再生されているため、実は廃棄されるものは少ない。日米欧のリサイクル率は同じような傾向だが、日本の特徴は燃料として使われるパーセンテージが多いことで、欧米はマテリアルとして再生される率が高い。資源を持たない日本らしい傾向でもある。

 今後の課題は石油ではなくバイオマス由来で循環社会を作ることにあり、ブリヂストンでは2050年に「作る、使う、再生」するという完全循環を目指すという。

 さらに廃タイヤを精密分解する技術も開発が進む。タイヤはスチールや綿、そして膨大な化学製品の集合体。これをケミカルリサイクルの輪に入れる技術も着々と進んでおり、ブリヂストンはENEOSと組んでこのリサイクル技術を進めている。

タイヤを分解するとこんなにたくさんの化学製品が。向こうにグアユールも展示されており、ゴムと変わらない触感だった。ゴム同様ズシリと重さがあった

 ラボで見せてもらったのは砂漠に自生する植物「グアユール」からタイヤに使えるゴムを作る技術で、実際にインディ用タイヤのサイドウォールに活用している実績を持つ。以前紹介した横浜ゴムもスーパーフォーミュラで天然由来のタイヤを生産するなどタイヤメーカーのサステナブルは着々と進んでいる。

 しかし砂漠に自生する植物がタイヤになるなんて夢のある話だ。

砂漠に自生するグアユール。大量に栽培して天然ゴムに近い素材に加工する。CO2フリーのタイヤができる日を目指す

 ソフトロボティクスはエアホースを活用して人間の指のような4本指で繊細なものをつかむことができる面白いロボットを作り、工業化に向けて仲間づくりをしているところだ。

 さてエアフリータイヤは世界のタイヤメーカーが挑戦している技術。2024年にもミシュランが実用化するとリリースを出している。空気はタイヤにとって最良の相棒だが、エア抜け=故障という側面もある。そこで空気を必要としないメンテナンスフリーのタイヤは魅力的だ。

 ブリヂストンが選んだのはホイールに空気と同じ機能を持たせたエアフリータイヤだ。ハブに取り付けるのは金属だがカーカスに相当する部分は合成樹脂で成形されたスポークになっている。写真でも分かるようにスポークが複雑な形状をしている。突起ではこのスポークが変形してショックを吸収する。

エアフリータイヤ。タイヤの側面から向こうが見える不思議な感覚だ。スポーク部の合成素材は着色自由
正面から見るとこんなに細く、四角い
段差乗り越し直前のエアフリータイヤ。スポーク部が微妙に変形していく

 しかしタイヤはクルマが旋回するときには横方向の力が加わる。つまり剛性をもたせなければならず、スポークが複雑な形状をしているのはそのため。横方向に平たい形状となっている。

 合成樹脂の材料はオープンにされなかったが、耐用限度が来たら粉砕してリサイクル可能な材料とのことだった。

 路面と接する部分はパターン付きのゴムで、トレッドはフランジに乗っている様子はなので接着しているようだ。接地面はフラットに接地し、2本の縦溝を中心にパターンが組まれる。

 試乗はイノベーションセンターに併設されたミニコースで行なわれた。車両はモンスタータジマのジャイアン。2人乗りのEVで145/70R12のブリヂストン・スニーカーを履いた標準車とエアフリータイヤを履いた2台のジャイアンで比較する。

モンスタータジマのジャイアン号です。手前がエアフリータイヤ。違和感がない

 直線路で50km/h、コーナーでは30km/hに制限され、テストコース自慢の変幻自在の突起路もメニューに加えられている。初めて乗るジャイアンはロールも大きいが、感覚的には自動車よりカートに近い。設定速度がちょうどいい。装着されたスニーカーは癖のないベーシックイヤらしい安定感がある。

 いよいよエアフリータイヤ。着色自在のスポークは今回ブルーとされ、いかにも新しい時代を予感させるが、意外と自然に見えた。

 走り出すとタイヤがフラットに路面に接触する感触があり、ソールの薄い靴を履いたように荒れた路面では微妙に感覚が伝わる。しかし突起路での乗心地は想像以上によく、大きな段差乗り越しでもショックはほとんどない。スポークがきちんと機能しているのが分かる。細かい凹凸の変化はトレッドから入り、突起になるとスポークが仕事をしている感じで全体のまとまりはよかった。

 一方、タイヤの音はブロックが大きいだけにサイズの割にはゴー音がある。ハンドリングのウンヌンはまだ将来の課題だが、SATの出し方などに微妙なノウハウが込められていそうだ。

 まずはメンテナンスフリーが要求される近距離用車両がターゲット。今は繊細なスポーク形状がキモでリサイクルされるゴムなど、車両に合わせたチューニングが必要とされるプロトタイプだがいよいよ走り始めたな、と感慨深い第一歩だ。

 タイヤの今ある課題と夢のある未来を見て感じた日でした。

月面タイヤ。こちらも考え方がガラリと変わるエアフリータイヤで、荒れた大地を自在に走れて故障しないタイヤだ
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。