日下部保雄の悠悠閑閑

星空列車の夜

大井川本線の先にある井川線を走る星空列車に乗りました。千頭駅から奥大井湖上駅まで運行する特別列車です

 まだ駆け出しの時代のこと。練習と称して天城山に通ったときがある。もちろん夜中で、コーナリングラインやブレーキ踏力などいろいろためになった。無謀にも1人で行くことが多く、できたばかりの黒い舗装とガードレールの反射鏡が夢のようなコースを作っていた光景が今でも忘れられない。そしてヘッドライトを消して新月の夜空を見上げると満天の星が広がっていた。少しは星の名前を知っているつもりだったが、2等星、3等星も強い光を放って1等星と区別がつかず、ただただ見とれるばかりだった。冬に比べて夏の星空は薄いと思っていたのは思い込みだった。

 伊豆の夜空はいつでも見られると思ったがあれ以来チャンスはない。見たいと思ったときに行かなければ駄目だと後悔している。

 今年初め、星空列車の企画が2月まであるよ、と家人から耳打ちされた。行きたい! ぜひ行きたい! 早速予約だ!

 寸又峡の先、大井川鐵道で行く井川線「奥大井湖上」駅で見る星空なんて素晴らしい企画だ。気がかりな天気も予約した週末はいいらしい。

 というわけで当日を迎えた。電車に遅れそうになるわ、乗り換えを間違えるわですったもんだとゼイゼイ走りまわった末、やっとたどり着いた静岡駅からはレンタカー。新型プリウスだ。低いドラポジから見える視界は明るい。スラントしたAピラーはボンネットと一体化して飛行機のコクピットみたいだ。百式司偵の3型ってこんな感じなのかな? 独り言です。

今回の足は奮発してトヨタレンタカー静岡駅新幹線口でプリウスを借りた。エッジの効いたデザインは今でもビックリする

 寸又峡まではクルマで約2時間。後半は赤石山脈に入り込む山道に入っていく。レンタカーのプリウスはリアからの突き上げが強めだが、横風が強い高速道路も空気に溶け込んだように走る。山岳ルートはクルマ1台しか通れないような細い山道を上っていく。ブレーキタッチは繊細でもう少しストロークが欲しい……ブツブツ。長い山道に家人も閉口したようだが、やがて寸又峡温泉にたどり着いた。

 ホテルにチェックインしたと思ったら今度はマイクロで今来た道を引き返す。井川線の「千頭」駅から出る星空列車に乗り込むためだ。ここから「奥大井湖上」駅まで約1時間、のんびり走る列車で星の光を浴びに行く……予定だが曇天は一向に回復する気配を見せない。

 一抹の不安にかられながらも今にも分解しそうな音を立てて列車は山を上っていく。

 途中「アプトいちしろ」駅から日本で唯一残っているアプト式区間で大きな専用のディーゼル車に押されて「長島ダム」駅まで一気に上ってゆく。ラックレールに列車側の歯車を噛み合わせて1000分の90の急勾配を上ると、トンネルを1つ越えるたびに谷底が深くなる。

大井川にかかる美しい橋。名前は聞き漏らした。湖面に映る姿もいいものだ
アプト式列車を連結して急坂をジワジワと押し上げる
線路間に引かれたラックレール。列車側の歯車と組み合わせる。ディーゼル列車もパワーが必要で、連結するときは結構大きな音とショックがあった

 星空列車が真っ暗になった接岨湖の奥大井湖上駅に到着するころには曇天どころか雨が降ってきた。なんということか! 不思議に哀れと思ったのか月だけはぼんやり光っている。

 成す術なく、木陰で雨を避けるころには雲の切れ目から星が数個輝いているのが見えた。なんだか得した気持ちになる。同じ列車に乗ってきた人も「よしとしよう」とうなずき合っている。皆さん優しい。

 残念な星空列車だったが、古い列車が頑張って走っているのは応援したくなる。井川線はこの先の井川まで走っているようだが星空列車はここから折り返して千頭へ戻る。

ライトアップされた長島ダム。壮大な建造物は威厳がある

 ホテルでは山の幸を巧みに配した夕食とヌルリとした温泉で身体を温めて、もちろんおいしい静岡のお酒も飲んで泥のように眠りこけた。

 翌日の帰路も曇天でサングラスのお世話にならなかったが、お土産を買おうと思って立ち寄った道の駅は地域の交流施設がメインで売店のスペースは限られていたのがいち観光客としてはちょっと残念。

木材切り出し用のトロッコ列車が走ったのではないかと勝手に推察している天子トンネル。ハイキングコースにあります
夢のつり橋。故あって渡らず。美しい橋でした

 帰路もプリウスは快調。今回は助手席専門だった家人も腰の痛くならないシートに満足していたようだ。往復160km以上しているはずだが、燃料計はほとんど満タン状態。山道を往復した燃費も22km/Lを指していた。いつもながらトヨタのハイブリッドの燃費は素晴らしい。

 予定した新幹線を遅らせて静岡おでんも満喫。ご機嫌の寸又峡への旅、おでんを挟んで次回は昼間に奥大井湖上駅に行ってみたいね、と会話が弾んだのでした。

最後はダシの効いた静岡おでんでシメ。大満足でした
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。