日下部保雄の悠悠閑閑

インカーから見たラリージャパン2025

エムリットラリーチームのメンバーが全員集合!

 11月6日木曜日、ラリージャパンが開幕した。久しぶりにゆっくりとした朝を迎えたDay1である。この日は本番車の車検もある。WRCの車検は安全面が中心となって厳しい。今回もヤリスCVTはロールケージとボディの間にある配線を指摘され再車検となり、2回目でクリアした。中には遠征チームで車検落ちしたところもあると聞く。

 最初のSSとなる鞍ケ池公園内のシェイクダウンから始まる。これにはラリー1車両以外は参加義務があり、もちろんわれわれも走る。3回のシェイクダウンを行なったが、後で考えるとそのタイムで出走順を決めているようだ。ヤリスCVTの後ろにラリー3や4がいては狭い林道で抜かせるのに苦労する。これで面倒な心配はなくなった。さすがWRC、やり方がスマートだ。この時点でゼッケンと出走順は関係なくなる。

 SS1は鞍ケ池公園の2.75kmのコースを確か3分3秒ぐらいだったと思う。ラリー2とは50秒近い差がある。想像した通りだがkmあたり20秒近く遅い。競技専用車とお買い物クルマの差だが覚悟の上。

 夕方から始まったSS1はすでに夕闇が迫り、我がゼッケン43がスタートするころには真っ暗だった。ペースノートを頼りに走るが昼間と夜ではコーナーの見え方が違い、タイムも6~8秒ぐらい遅くなってしまった。

 SS1を終了後、そのまま豊田市内の目抜き通りを閉鎖して行なわれたラリーショーに誘導される。夜間でも大勢の人が集まり、ピエールさんの軽妙な紹介で壇上に上がったラリー1(プライオリティと言うらしい)のクルーがインタビューに応じる。なかなか素敵な演出で選手と観客が近いのがラリーのいいところだ。ラリー2、3、4と紹介され、われわれ国内参加組もロータリーをぐるりと回って見送られ、この日はトヨタスタジアムの地下でパルクフェルメになる。今年はWRCの認知度が一段と上がっていると肌感覚でもわかった。

 われわれは豊田市内にビジネスホテルを取っていたので15分ぐらいで帰れるのはありがたい。

ラリーショーでは、豊田市内の目抜き通りを封鎖したステージにSS1を終了したラリー車が集まる。ラリー1は各チームがインタビューを受け大盛り上がり。いいイベントでした

 近年のWRCのコースはクローバー型にレイアウトされているので必ず都市(豊田市)に帰ってくる。僕が出ていたころのWRCとは違ってコンパクトで楽だ。サービスもトヨタスタジアムに限定されており、以前のようにサービスがラリー車を追いかけることはない。サービス時間も限定されている。

 ラリーの在り方は都市部を起点としており、リエゾン区間も流れにのって走り、常識外の速度は大きなペナルティを受ける。レッキ車、本番車ともFIAからGPS付の機材を渡されており、イベント中、各車の速度も管理されているのだ。

 レッキ中もリエゾン、SSともに60km/hの速度制限が出されているが、長い下りではつい60km/hを超えてしまうことがあった。前日のドライバーズブリーフィングでも言われており、レッキ中はスマホに入れたアプリから60km/h以上になると警報が鳴ることになっていた。実はわれわれはすっかり忘れてスマホを開いておらず、レッキ1日目終了時にCRO(エントラントの世話係)から呼び出された。HQに恐る恐る行くと、高桑競技長直々に説明があり、罰金を告げられた。48時間以内に入金するようにとのお達しで、しかも高額である。翌日からのレッキはスマホを開いて警報音に敏感になったのは言うまでもない。

 Day2から本格的なSSが始まる。ラリー1がスタートしてから1時間半後。午前中は豊田市の東側の山岳地帯、「イナブ/シタラ1」から始まり「シンシロ1」と名物のトンネルがある「イセガミズ・トンネル1」を走る。

SSを前にした私とコ・ドライバーの奥村久嗣さん。TALEXのサングラスはつらい眼精疲労から守ってくれ、木漏れ日でもよく見えて最高だった

 各SSの前にタイヤを温めるゾーン(TWZ)があり、各車加速やブレーキでタイヤ温度を上げる。ヤリスCVTはやれることが少なく急ブレーキでフロントタイヤを温めることぐらいしかできないが、タイヤ温度が上がってくるのがわかる。

 VSCは全てOFFにしてドライブモードはPWR。このヤリスはギヤ比が低くなるスポーツCVTを装備しており、高回転を維持する設定。リズミカルな上りは変速する手間がないので結構速いが、下りは減速コントロールが難しい。

 シグナルの5秒前からアクセルを少しずつ開け、左足で踏んだブレーキペダルをカウント0でリリースする。と言っても速度が乗るまでに時間がかかりもどかしい。

 17.08kmのSSはアップダウンがあり、左右に溝がある狭い林道。上り下りから広い県道もあり、ここは速度規制のシケインが設けられている。コースの顔は1つではない。しかも全日本でも10kmを超えるSSは少ないがWRCは20kmぐらいが平均だ。長い時間集中力を要求される。

 CVTはエンジンブレーキに頼れないので下りは左足ブレーキで前荷重にしながら走る。しかもラリー1や2はインカットできるところは容赦なく、コース上に泥が出ていることも多い。特に速度の乗ったコーナーで水が出ていると水と泥が混じり合ってフロントが滑りやすい。事前に予想してペースノートに「滑る」コメントをつけておく。それでもズルリと投げ出されるような感触は嫌なものだ。

 ヤリスCVTのJR3クラスはわれわれの1台だけで完走すれば優勝になるが、心理的に手を抜くことはできない。WRCという舞台を全身で受け止めたい欲望の方が強いのだ。安全マージンはいつもより高めに取っているつもりだったがコ・ドラの奥村さんはどう思ったのだろう。淡々とペースノートを読み上げる声がヘッドホンから流れるが、たまにトーンが高くなる。

 無事フィニッシュしてSS3の「シンシロ1」へ移動してTCで待っていると、突然赤旗中止が表示され、迂回路への指示が出た。詳細が分からないが救急車が入ったよう。怪我のないことを祈る。

 SS4は約20kmの「イセガミズ・トンネル1」。グラベルのころは果てしなく長く感じたが、今回はトンネル内の照明が行き届いており、まるで異次元にワープしていくような感覚だった。クルマ1台がやっとの狭いトンネルは世界のラリーでも最もユニークなシーンだ。しかしあっという間にトンネルを出ると右7から左2のタイトターンで林道に突入していく。

 林道は狭く後半はつづら折れが続く。一度速度が落ちると回復するのに時間がかかるので、極力エンジン回転数を上げておく。

 普通はエンジン音も判断材料にするが、ヘルメットにヘッドホンだと外の音は最小限しか聞こえない。それにWRCでは窓を閉じることが求められており、レーシングスーツにアンダーウェアでの車内は暑い。この季節でよかったとつくづく思う。

 そして感謝したいのはリエゾンで多くの人々が手や旗を振って応援をしてくれたことだ。これがどれだけ励みになったことか! 今も思い出すと感動してしまう。

これからSSに向かう前に一息。周囲の家から子供たちも出てきて応援してくれた。嬉しい!

 一度サービスパークに戻り、午後はまた「イセガミズ・トンネル2」「イナブ/シタラ2」をこなして、午前はキャンセルになった「シンシロ2」を走る。すっかり夜になりPIAAライトを点灯して慌てた。下を照らしてばかりで遠くが何も見えない。六角レンチは積んでなかったので途方に暮れたが、試しにグイと手でやってみた。なんと適度に締まっていたバーライトはちょうどいいところで固定されて視界が開けた。

「シンシロ2」も高速、低速入り混じっているが、後半の下りは7と6(高速コーナー)の浅いコーナーが連続し、左足で速度を調整しながら全開で走るが少々気持ち悪い。ヤリスCVTはギヤレシオの関係で125km/h付近までしか出ないが、ラリー1や2はいったいどれだけ速いんだろうか。うらやましさとビビる気持ちが混じり合う。

 暗くなったサービスに戻り、45分の持ち時間でブレーキとCVTを診てもらう。ブレーキは酷使したためシールが溶けかかっており、キャリパーを交換。CVTはオイルを確認し、そしてサスペンションなどの整備を行なってDay2は無事パルクフェルメに入った。Day3は優しく走るようにチーフメカの大橋渉さんから言い渡されるが、その翌日にとんでもないことが待ち受けているなど、このときは知る由もない。続く!

トヨタスタジアムのエムリットのサービスでヤリスは元気を戻す
監督の友田さんと何やら打ち合わせ。マッスルマンも加わっています。何言ってたんだろう?
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。