日下部保雄の悠悠閑閑

水とタイヤの深い関係

3GeV高輝度放射光施設のNanoTerasu。太陽の10億倍の光を作り出す。TerasuはTerraceの誤植ではない。天照大神の「照らす」に由来する

 シンクロウェザーでタイヤの新境地を開いた住友ゴムがAJAJ会員向けに勉強会を開いてくれた。テーマは日本が誇る先端研究施設を活用して誕生した新素材。発表の一端はシンクロウェザーのアクティブトレッドにも関係する。

 産学共同研究を進めている一環として、東京大学の原田慈久教授がテーマとした水の特性の話は目から鱗だった。水は何気なくそばにあり、とっくに研究され尽くされていると思っていたが、まだまだ未解明なことが多いという。その中で世界のトップを走る原田教授の解説は驚きの連続だった。

 勉強会は原田教授の研究には欠かせない仙台の東北大学敷地内にあるNanoTerasu(3GeV高輝度放射光施設)で行なわれた。太陽の10億倍の明るさを可能としたことでナノの世界を照らし出すという施設だ。

蓄積リングを収めている建屋は、東北大学の敷地に建てられたNanoTerasuの一部。巨大だ

 自分のようなアカデミックとは正反対にある人間には難解だがおぼろげながら要約を試みる。

 ナノメートルの世界では水素結合は通常の化学結合の約10分の1。しかし分子間では約10倍の強さを持つ「中途半端」なところが水の特徴という。

 タイヤについては水がほとんど染み込まないと予想されていたが、実際には多量の水が染み込む。新品タイヤの場合は水を弾くが、ユーズドタイヤになると水に触れることで表面が親水化してミクロンオーダーの深さで染み込む。水はタイヤ表面から離れるほど状態が階層的に変化する。しかもタイヤが連続して回転することで水はタイヤ内部に押し込まれるという。回転するタイヤからは水が弾き飛ばされると思っていたのだが逆のようだ。

 今後タイヤと水の解明が進めばウェットの制動距離や旋回力など新しい技術が誕生する可能性も大きい。

 また、水分子の基本構造のH2Oは酸素側がマイナス、水素側がプラスに帯電しており、この電気的な特性がタイヤに及ぼす影響も少なくないとの話だった。なかなか面白い技術だ。

原田慈久教授の講義が始まる。まとめは「クルマの性能と安全性は見えない水に左右される」「NanoTerasuでは水分子の1個ずつの状態をX線で撮影できる」「燃料電池もタイヤも水との付き合い方から次の材料設計が見えてくる」でした。なるほど

 これからは私見。タイヤに染み込んだ水に電気を流すことでタイヤの特性を変えられたら面白い。電子制御タイヤ、なんてね。

 タイヤだけでなく水との深い関係がある燃料電池にも話が及んだ。ご存知のように燃料電池は水しか出さない。白金触媒が反応の過程で水を生成するためだ。ところがその水が白金に付着すると反応を妨げて電圧が0.15V程度低下してしまう。白金と白金ナノ粒子の距離を調整できれば水の付着を制御でき、性能が上がる。ただ、水は少な過ぎるとイオン伝導が落ちてしまうため、触媒性能は水の量とのバランスが重要とのことだった。

 付け加えると水の分析はナノの世界の分析。軟X線というナノの世界を見える化する装置が作られたことで飛躍的に進んだ。その施設もNanoTerasuにあり、現状で世界最先端の施設と言われるゆえんだ。

 タイヤに話を戻せば、水との親和性が進めば、例えばレースの世界では1種類のタイヤで使用範囲が広がり、セミウェットとドライが交互に現れるような路面でもタイヤ交換することなく走れてしまう。いろいろな夢が広がる技術だ。

NanoTerasuの蓄積リングの一部。「スター・ウォーズ」を連想させるような数字ロゴが未来を予想させる
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。