日下部保雄の悠悠閑閑

岡山国際サーキットとベレットGT

羽田から岡山桃太郎空港へ。JAL機は離陸してすぐに富士山上空に達した。火口のすぐ上から見たのは久しぶり

 久しぶりに岡山国際サーキットに行った。車両はいつものベレットGTR。ベレットは現在はトラックの専業メーカー、日本の最大手である「いすゞ」が手がけた往年の名車だ。

 いすゞ乗用車は英国のルーツと提携し、ノックダウン生産していたヒルマンが源流だけに、英国流の凝った設計がユニークだった。後輪は固定軸が当たり前だった時代にスイングアクスルの4輪独立懸架としてトラック然としていた乗り心地を大幅に改善し、今では当たり前のフロントディスクブレーキ、ラック&ピニオンのステアリング機構など、日本車としては革新的な技術を取り入れた小型セダンだった。ただ急速な時代の変化に対応できず、マイナーチェンジも決して成功とは言えなかったことも災いし、モデルチェンジできないまま生産中止となったのは残念。

 しかし2ドアクーペのGTは人気が高く、今でも現存するクルマは多い。自分もPR90と呼ばれるクランクシャフトに5ベアリングを使った90PSのGTに運転の基本を教えてもらった。正確なステアリング応答性(当時は)、シフトレバーが直立したカチリと入る5速MT。エンジンもOHVだがSUツインキャブでパワーもあった。

 今回岡山でハンドルを握らせてもらったのはPR90ベースのGTにGTRの1.6リッターDOHCを搭載したGTR。このエンジンは頑丈でレースで酷使してもオーバーホールせずに元気に回っている。これも倉敷の旧車専門のガレージチェックの社長の知識と技術のおかげだ。

一度、大クラッシュしたが復活したベレットGTR。装着タイヤはADVAN A050。ベレットが現役で走っていたころのレーシングタイヤよりもはるかに強力なグリップが今の市販スポーツタイヤ。ワークスベレットも横浜ゴム(GTスペシャル)を履いていたな

 ベレットのスイングアクセルは車高を落とせばハの字に広がる。反面フロントのダブルウィッシュボーンは低くするほど逆ハの字になるというアンバランスな面を持っていたが、レース用ではロアアームを伸ばして立派なゾクシャ仕様になっている。ブレーキやハンドル応答性ではタイヤの接地面が少なくて不利だが、コーナーの限界域は抜群だ。

 さて久しぶりのベレットGTR。前にも書いたがシフトが変わっている。Hパターンの5速の位置に3.5速が入るためシフトするのがややこしい。3速←→3.5速←→4速は左右前後に行ったり来たりするのでこんがらがる。力を入れるとはね返され柔らかく操作するのがコツ。それでもシフトミスすることもあるので力の入れ方が難しい。しかし3.5速があるとないでは大違い。ストレートの伸びが天と地だ。

 ところが決勝前のテスト走行でその3.5速がなくなってしまった。長年の酷使がたたったのか、空回りするだけ。半分諦めたがストレート以外は意外と走れる。ギヤの破片が出ているわけもなさそう。社長も「行けるとこまで行けば」とのことだったので決勝にも参加することにした。

座り慣れたコクピット。7200回転ぐらいにイエローラインがあり、8000回転にレッドラインが入る。油温、水温、電圧計も必要です

 3速から5速に入れるようなものなのでストレートではつらいがなんとかレースになっている。いろいろ走り方にも工夫ができそうで面白い。息子さんの恭一郎君がこのベレットGTRでスプリントレースに出たがうまく乗りこなしていた。さすがです。

ピットの中にはセリカGT、フェアレディ2000(SR311)、ブルーバード1800SSS(H511)、サニー1200クーペ(KB110)、ベレットGTが潜んでいる

 父上でオーナーの日下総一郎さんとの楽しい50分の耐久はあっという間に終わってしまった。1960年代、1970年代のクルマが真面目にレースに取り組み元気よくサーキットを走るのは気持ちがいい。優勝はブルーバードH510。2位はフェアレディ2000(SR311)、3位もブルーバードH510。日産勢が独占だ。わがベレットGTRは7位だった。大真面目に楽しんだ岡山国際の日曜日だった。

MINIの大群に囲まれたホンダ1300クーペはレースの常連。毎回完成度が上がり、速くなっています。工芸品と言われたオールアルミのSOHC空冷の4気筒エンジン。黎明期にはいろいろなトライがあって面白い。その上に今のクルマがあるんですね
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。