日下部保雄の悠悠閑閑
瑞雲
2026年3月23日 00:00
ベレット乗りの倉敷の友人から「呉の大和ミュージアムが改装されてるけど、瑞雲が展示されてるよ」とメッセージが来た。レアな機体で現存機はないと思っていただけにビックリした。聞けばレプリカだというが図面も残っていないのに復元するには大変だったろう。
瑞雲は大戦末期に投入された海軍の二座水上偵察機。成功作だった零式水上偵察機の後を受けて愛知航空機に一社指名で開発が行なわれた後継機だ。
水上偵察機は巡洋艦以上の軍艦からカタパルトで射出して敵艦隊などの偵察が目的の機種だ。艦隊決戦を想定して開発されたため長時間の滞空時間が求められたが速度は要求されなかった。零水偵は当時の要求には完全だったが、主戦場が空になると鈍足の水上機は帰還できなくなることが多く、後継機には速度と攻撃能力も求められるようになった。下駄ばきの水上機には極めて要求度が高く、事実開発は遅れた。
戦線の変化に伴い、航空機への要求は超兵器ともいえるような無理難題が増えていくが、瑞雲の完成には技術陣も大変な努力で応えたのだと思う。
並行して航空母艦の不足に悩む海軍は、既存の戦艦の後部甲板を飛行作業甲板に改造して12機程度を搭載できるよう航空戦艦を計画した。もはや戦艦同士の海戦は終焉を迎えていた。
瑞雲はカタパルトで射出され、条件が許せば海上に着水して回収できる。難度の高い急降下爆撃もできる機体剛性と、なくてはならないエアブレーキをフロートの支柱に備え、強力な武装を持った機体は航空戦艦にはもってこいだった。配属が決まったが、瑞雲の量産型が登場した頃にはすでに空母と航空戦艦の組織的な運用は不可能なまでに追い込まれ、瑞雲が艦載機として海に出ることはなかった。
しかし、飛行隊単独で進出したフィリピンでは、滑走路を必要としない基地設営の自由度が高い水上機の特性を活かし、日本の輸送船に脅威だった米軍魚雷艇攻撃に効果的だった。陸上戦闘機が闊歩する昼間は餌食になるだけなので、もっぱら薄暮から夜間にかけての出撃での成果だ。しかし夜間の着水は困難を極め、事故で失われた瑞雲も多かったようで、搭乗員と基地要員の苦労がしのばれる。やがて瑞雲隊も消耗して事実上壊滅してしまった。
フィリピン陥落後の沖縄戦でも瑞雲は最後の活動を続ける。多くの陸海軍の航空部隊が特攻機として出撃したのに対し、瑞雲隊は正攻法での攻撃に徹して終戦を迎えている。水上機が活躍した世界でも稀有な例だ。
総生産機数は約256機。世界にも類を見ない水上急降下爆撃機のレプリカが実物大で見学できるのは貴重だ。写真で見る限り水上偵察機とは明らかに違う締まった機体は瑞雲の性格を物語っているようだ。
休館中の大和ミュージアムは4月28日にリニューアルオープンとなる。実寸大瑞雲の展示は続けられるようで嬉しい。ありがたい。すぐには行けないが見てみたいです。
兵器の展示は当時の最先端技術が見られること。なぜこれが必要になったかの時代背景も考えるきっかけになることだと思う。
かの国にも立派なミュージアムはたくさんあるのに、歴史が書き換えられては駄目ですね。




