日下部保雄の悠悠閑閑

富士モータースポーツミュージアム

幻のトヨタ7。ミュージアムでは幻のCan-Amカーが出迎えてくれる。エンジンはスペアエンジンをリビルトしたものが搭載されている。咆哮を聞いてみたかった

 富士スピードウェイの西ゲート脇にある富士スピードウェイホテル。その1階にモータースポーツミュージアムがある。常時展示は約40台。1階から3階まであり、モータースポーツ発祥の原点となったクルマから近年のル・マンカーやスーパーGT、アメリカンレースまで幅広く展示されている。こちらは以前にも紹介したことがあるが、今回は日本モータースポーツ記者会(JMS)の企画で、小宮山シニアエキスパートの解説付きの贅沢な見学だ。小宮山さんは東富士で長い間レーシングエンジンと向き合ってきた人だけに興味深い話を聞けた。その中からいくつかを紹介する。

 ル・マン24時間に代表されるWEC。2012年からハイブリッドシステムが導入され、トヨタはTS030 HYBRIDで参戦したル・マンでは2013年に2位と4位に入り安定性を高めた。

 一番の関心事はこれまで思ってもみなかった感電。ピットイン時にまず行なうことは高電圧のバッテリを遮断するのだそうだ。何が起きているか分からない不測の事態を防ぐため、バッテリに設けられたカットオフスイッチの役目をするプラグを抜くのだという。専任のメカニックが感電防止のフル装備でプラグを抜くと、それまで赤だった信号がブルーに変わり、初めてメカニックがボディに触ることができる。さすが安全管理の徹底したトヨタらしい。このシステムはその後も続いた。

 2014年、トヨタが投入したTS040 HYBRIDは初戦から快調でル・マンでも優勝候補のトップに挙げられており、中嶋一貴選手が日本人、日本車で初のポールポジションを獲得した。しかしその裏ではエンジンのオイルシール不良が疑われ、夜の飛行機で東富士からル・マン見物にいくつもりだった小宮山さんは急遽、業務に変わった。オイルシールを届けることになったのだ。本来は税関検査の必要があるが、フランスの税関はル・マンに寛大でスルーで通過。大特急で届けることができたという。

 ところで、予選が終わってエンジンを分解しているのだからFIAに目を付けられるのは当然。翌年からエンジンは封印されることになった。この年、中嶋選手の7号車はリタイアし、8号車は序盤のアクシデントを克服して3位に入った。ル・マン攻略は容易ではない。

 2015年はライバルチームが強力になり、トヨタは2016年に向けて2.4リッターV6ターボのTS050 HYBRIDを投入することになった。

TS050 HYBRIDに搭載される800Vのバッテリ、フロントモーターの実物。2018年の優勝車の搭載位置に展示されている

 ボディのセンタートンネルのドライバー横に800Vのバッテリが収められ、モーター出力はフロント200PS、リア300PS、エンジンはV型6気筒2.4リッターツインターボで500PS。トータルで1000PSの出力を誇るモンスターだ。このパワーユニットはトヨタ最高の42%の熱効率を誇っているという。ガソリンエンジンとしても素晴らしい。

 さて、2016年のル・マン。トップを快走していた中嶋選手のドライブする2.4リッターV6ターボは、燃費の良さを活かしてレース後半を支配し、フィニッシュまで残り5分を切ったところ突然パワーを失う。

 原因はターボとインタークーラーをつなぐダクトが抜け、出力を失ったことだ。スロー走行で走り切ったTS050 HYBRIDだが完走とは認められなかった。前年24時間を全力で走り切れなかったことが悔やまれ、トヨタはまたしても勝利の女神から見放された。

 ダクトはカーボンだがアルミとカーボンをつなぐのは接着剤しかない。長時間の熱と振動で接着がはがれたのだ。

 ここから接着をより完全にするためにエポキシの量や乾燥時間など製造工程を全て見直し、台上試験はもちろん、実車でも30時間以上走らせて強い接着剤を生み出し、この後、同じトラブルは二度と出ていない。

 そして活動を始めたころのレーシングエンジンはある種職人の技術、手加工でもあったが、今ではすべての部品をシリアルナンバーで管理して、機械加工によって新人でもすぐに同じ性能のエンジンを組むことができるという。均一で高性能なレーシングエンジンが作れる技術はすごいことだ。

 ただ、今は亡き土屋春雄さんのような創意工夫の達人もやっぱり魅力だなぁ……。

 面白い話をたくさん聞けたので、いつかまた続きを。

 このミュージアム、案内看板はない。ハイアットリゾートが運営する富士スピードウェイホテルのエントランスから入るのでちょっとハードルが高い。しかし入場料は平日1800円で11時と15時に簡単な説明をしてくれるガイドが付く。これから期間ごとにテーマを決めた展示内容も検討中で面白くなりそうだ。

CART用V8エンジンのRV8F。インディ参入初期のころは連続高速回転にエンジンブローが相次ぎ、オイルまみれになる主催者からクレームがあったという
いすゞ・R6スパイダーとクーペは、いすゞが乗用車を量産していた時代に国内レースにプロトタイプで参戦した。最初はクーペ、次にスパイダーで出走。今見ても美しいデザインだ。ワークスドライバーの米村さんはクーペは身体に合わなくて乗りにくかったと話してくれた
グループBの次に始まる予定だったグループSに向けてトヨタが用意していたMR2。グループBで悲惨な事故が多発したため、急遽量産車に近いグループAになった。もっと速いモンスターの時代が来なくてよかったと思う。でもこのマシンはどんな走りだったのだろうか。詳細が展示されている
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。