まるも亜希子の「寄り道日和」
祖母と過ごした足利の思い出
2020年9月10日 00:00
森高千里さんのヒット曲のおかげで、とある小さな橋の名は、一躍有名になりました。それが、栃木県足利市にある「渡良瀬橋」です。この橋から見る夕日がとても好きだと言った彼を忘れられない、でもこの街を離れることもできない、という揺れる女心を描いた、とっても切ない歌詞とメロディが心に響く名曲ですよね。
私が生まれた産院は、母の故郷であるこの足利市にあります。ずっとこの街に住む祖母や叔父に会いに、0歳から毎年毎年訪れて、山やこの渡良瀬川で遊んだ楽しい思い出いっぱいの街。日本最古の学校として知られる足利学校や、縁結びの神様で知る人ぞ知る織姫神社、ここ最近では壮観なふじ棚で有名なあしかがフラワーパーク、映画のロケなどで使う渋谷スクランブル交差点が再現された、足利スクランブルシティスタジオなど、新たな名所もできています。
でも私は今回、100歳で大往生を遂げた大好きな祖母の葬儀、そして納骨のために訪れました。お墓が渡良瀬橋からすぐ近くにあったので、久しぶりにゆっくりと景色を眺めてみたのです。
今にも雨が降りそうな雲で、夕日がきれいに見えなかったのは残念でしたが、橋のすぐ近くには「渡良瀬橋」の歌碑があり、思わず口ずさんでしまいますね。
そしてふと、橋の向こうを見ると、こんもりとした2つの山のてっぺんに、赤いほこらが。低い方の山は、女浅間(おんなせんげんやま)、高い方の山は男浅間(おとこせんげんやま)といって、その1年間に生まれた赤ちゃんの無病息災を願い、おでこに御朱印を押すお祭り、通称「初山ペタンコ祭り」が毎年6月1日に開催される場所なんです。
男の子は男浅間、女の子は女浅間に登るのが慣習で、私は0歳の頃、両親と祖母に連れられて女浅間に登り、祖母に抱かれておでこに鮮やかな御朱印を押された写真を懐かしく思い出しました。このお祭りはもう400年もの歴史があるそうで、ペタペタとおでこが赤くなった大勢の元気な赤ちゃんの姿は、足利の初夏の風物詩とも言えますね。私がこの歳まで大きな怪我も病気もせず、健康でいられたのはペタンコ祭りのおかげもあるのだと思います。
そんなことを考えてしみじみしながら、お墓へ向かうと、その途中に見えてきたのは……。「渡良瀬橋」の歌詞に登場する、「♪床屋の角に ポツンとある 公衆電話 おぼえてますか」の、まさにその床屋さんである「バーバーOZAWA」と電話ボックス。今では公衆電話そのものも珍しくなってしまったので、まるでそこだけ昭和にタイムスリップしたかのような、風情たっぷりの光景です。
歌詞の中では、忘れられない彼の声が聞きたくて、思わず何度も受話器をとってしまった、というストーリーで、私はいつ聴いてもこの歌詞のところで泣けてきてしまいます。大人になれば、誰にでも1つや2つはせつない過去があると思いますが、普段は胸の奥にしまいこんでいても、きっとこの公衆電話を見たらふっとよみがえってくるような。ちょっぴりピュアな気持ちを思い出させてくれる場所かもしれないですね。
足利にはほかにも、美人弁天が祀られていて、参観すると「美人証明」がもらえる厳島神社とか、12月31日に1年間に積もったうっぷんを発散できる、大岩毘沙門天の「悪口まつり(あくたいまつり)」とか、面白い名所や行事がたくさん。ほんとうに、何度も訪れたくなる素敵な街です。北関東道が開通してから、クルマでのアクセスも抜群によくなった足利へ、ぜひ1度出かけてみてくださいね。私も、祖母は旅立ってしまいましたが、きっとこれからもたくさん訪れると思います。